21話 マルティナの告白2
マールが言っていることは確かに理解できる。自分の欲望のままにできたら気持ちが満足するだろう。
でもね……
私は自分の胸元でキツく手を握り、マールに向かって言った。
「独り占めする愛情は虚しいだけだよ? 奪うだけの冷たい愛情よりも、与えて、与えられての愛情の方が温かいの。エミリア様だって、あなたへの愛情が全くなくなったわけではないと思うわよ?」
「うそよ、私への愛情は全てこの男が奪ったのよ。ひとかけらだって残してはくれなかったわ」
「愛情は一つじゃないわ、いくつにも分かれるのよ。セレス様への特別な愛情とは別に、あなたへの愛情も残したはずよ?」
セレス様が荒い息の中でマールに話す。
「エミリアは王都に従姉妹を呼んで一緒に住みたいと言っていた。三人で住むのだと。ギリギリまで内緒のプレゼントだ、とも」
「え? そんなの知らない。素ぶりだってなかったわよ。王都に残るって」
「だから言っただろう、内緒だと。そのための準備を整えていた」
「そんな……私は一人置いていかれると思って……それじゃ何のために私は……」
愕然として目を見開いたまま、私たちから距離をとろうと後ずさり、口元に手を当てている。
「私といる時のエミリアはいつもティナ、君のことばかり話していた。あの子がこう言った、あれをした、と。それを私に教えてくれる彼女を今の君に見せたかった」
「ああ……あ……お姉……さま……」
口元を押さえながら涙を浮かべるマール。そしてその手が力なく口元から外れ、ガックリと項垂れて、まるで幽霊のように立ち尽くしている。
「私はエミリアお姉様が王都に行ってから、周りの全てが憎らしかった。この世から私だけが切り捨てられた気がしたの。ようやく一人に慣れて、寂しさが薄れてきた時、お姉様がいた王都がどんなものか、確かめに行ったのよ。そして楽しそうなあなたたち二人を見つけたわ。アリスの中にエミリアお姉様を見ていたのは私も一緒なのかもね。だからアリス、あなたにも近づいたし、取られまいとしてセレスティアル様を憎んだのかも」
呟く姿と声には、後悔の思いが込められているような気がした。
その時、体を煽るような風が山からビュンっと吹いてきた。
「あ……だめ……持っていかないで、お姉様の……」
マールの麦わら帽子が風に煽られ崖の方に流されていく。
彼女は慌てて振り返るような体勢で片手を伸ばし、ギリギリで帽子を掴み胸に抱え込むと、そのままの状態で崖から落ちていった。
一瞬の出来事だった。
私はマールを助けることもできなく、ただその場で膝立ちになりながら彼女に向けて手を伸ばすことしかできなかった。
「マールっ!」
地面から足が離れる瞬間の彼女と目が合ったが、その顔には満足そうな表情が浮んでいた。
「ぐっ……ハァ……」
ハッとしてセレス様の容態を確認する。
顔色がどんどん悪くなり、もう呻き声しか出なくなってきた。私は慌てて懐からビーノ師にもらった癒しの魔石を傷口にかざし、何とか毒を消し去って、と願い続ける。
「なあ、それの解毒剤持ってるんだけど使うかい?」
唐突に声を掛けられて、びっくりしてそちらに顔を向ける。そこには十歳くらいの男の子が立っていた。手には変色した矢じりの弓矢を持っているので、その子がセレス様を傷つけたことは明白だった。
私はセレス様を守るように背中に隠し男の子と対峙した。
「何? とどめを刺しにきたの?」
「違うって。俺の依頼人はさっきのお嬢さん。依頼人が居なくなっちまったから契約が解除されたんだ。狙う理由がない」
「だったら何で顔出したのよ、そのまま消えればいいでしょ!」
私のキツい口調に男の子は軽く笑って弓矢を地面に置き、両手を前に出して近づいてきた。
「近寄らないで!」
「大丈夫だって、助けたいんだろ。その石だけじゃ間に合わない。俺の懐にある薬を半分に分けて、塗るのと飲ませれば助かる」
いぶかしむ私を安心させようとしてなのか、右手だけでゆっくり懐に手を入れて薬をとりだし、見えるように差し出した。
「この薬を使えば助かる。ただし契約が条件だ。俺の依頼人は金払う前に消えちまったからな、一族にバレたら俺が怒られる。その分をあんたが肩代わりしてくれるんだったらこの薬やってもいい」
迷ってたら間に合わないかもしれない。気ばかり焦るが信用できる内容でもない。でもセレス様をこれ以上苦しめたくもないのだ。一か八か、この子に賭けてみよう。
「わかったわ、契約する。だから早くして」
男の子は素早くセレス様の傷口に薬を塗り込み、更に水で溶かして口に流し入れる。
「これで少ししたら楽になるはずだ。あんた今金持ってるのか? それとも後からか?」
今は手持ちがないので、王都のセレス様の屋敷と私のお店のどちらかにくれば支払いできると伝えた。
「俺たち一族は依頼人としか会わない。だからお前さんが一人の時にだけ顔をだす」
「お前じゃないわ、アリスよ。あなたは?」
「俺らに名前はない。さっきのお嬢さんは俺に『ヤン』て名前を付けたけどな。あんた……アリスお嬢さんも好きに呼べばいい。一般的には『影』と呼ばれている」
そんな話しをしているうちに、セレス様の荒かった息が楽になってきてるようで窮地を脱したことが見てもわかるようになってきた。様子を確認するために一度顔を見て私は安心の深いため息をついた。
「ところであなたへ連絡するためには……」
と男の子ーーヤンーーの方を向いた時、既に彼は消えていた。音も立てずに消えてしまったので、唖然として今まで彼が立っていたところを凝視する他なかった。
そうしているうちに、ガヤガヤと人の気配がして、私たちは救助された。
すぐに追いつく、と伝言した騎士さんが、なかなか戻ってこない私たち二人を心配して引き返してきてくれたらしい。
セレス様が簡易担架で運ばれていく直前、私を手招きして呼び寄せた。
弱々しい息をしながらも、これだけはやって欲しいとお願いされたこと。
「あの赤い紐はマルティナに届けてくれ。それはもう彼女のものだ」
私は、崖の側に落ちていたセレス様の髪と結わえていた紐を持ち上げた。緩い風がバラバラになったセレス様の髪の毛を少しずつ崖に運んでいく。そして最後に手許に残った赤い紐を思いっきり崖の向こうに投げ込んだ。
山からの風は、それを受け取るかのように遠くへ遠くへと運んでいく。
風に流されながら落ちていく紐の向こうに、マールの笑った顔が見えたような気がした。




