20話 マルティナの告白1
「え? 何で?」
思わず声が出た。
急にマールが現れた意味がわからない。しかも何でセレス様を殺そうとまでするの?
不思議に思うが、マールは私を一瞥するだけでセレス様に話し始める。
「エミリアお姉様はいつでも病弱な私の側にいてくれたんですよ? 私のお願いなら何でも聞いてくれてたのに、わがままだって聞いてくれたのに」
マールはセレス様の方に向かって尚も話し続ける。私は二人の話しがもっとよく聞こえるように少しだけ側に近づいた。
「学院に入学してなかなか会えないのはわかってたの。でも卒業を間近に控えたある日、自分は王都に残る、セレスティアル様と一緒にいるの、と嬉しそうな顔で言われた私の気持ちがわかりますか?」
泣きそうな顔で訴えるマール、セレス様はガクガクと震え膝をついて話しを聞いている。
何だかセレス様の様子がおかしい。
「私にはお姉様しかいないからだめだと言ったの。でも困った顔しかしなかったわ。決して私のこの願いを聞いてはもらえない、直感でそう思ったの。だから、いなくなるなら今一番大事にしてるものを私にちょうだい、そう言ったわ」
被っている麦わら帽子をセレス様の目の前に突き出してヒラヒラさせながら、もう一度被って呟く。
「お姉様は、大事なものはセレス様だからあげられない、と答えたの。私から全てを奪っていくセレスティアルという人が憎らしかった。だからセレスティアル様が困ること、悲しむことで意地悪をしてあげようと考えたの」
マールはしゃがみこんでセレス様の顔を覗きこみながらくすっと笑い、立ち上がるとその場から見下ろすように喋りだした。
「たくさん、たくさん考えたわ。そうして一番悲しむことを思いついたの」
「……何をしたっ」
「まずはゆっくりと狂わせることにしたの。今王都でみんな使ってるでしょ? あれを会う度に飲ませたわ。ただ頻繁には会えなかったから、思い切って大量に飲ませたの」
「何ということを……それで臥せってしまったのか」
剣が手から滑り落ち、荒い息で肩口を抑える。私は焦ってセレス様の元に行こうとしたが、
「あなたはそこに居なさい。毒矢が狙っているわ、動くとあなたも餌食になるわよ」
と静止された。毒矢? セレス様の肩は毒矢を受けたってこと? やだ、早くしないと大変なことになってしまう……
「あの時が一番幸せだった。私の隣で眠るお姉様をずっと見ていられるのだもの。でも意識を取り戻すとやっぱり私のことは気にしてくれなくなる。じゃあどうする? 永遠に私の元に居てもらうためには」
マールはセレス様の体をとんっと後ろに突いて倒した。どさっと倒れ、呻き声を出しているのだが、助けにいけない。
「殺したのか、どうやって。 刺された後はなかったはずだ」
「最後に双頭鷲の内臓を乾燥させた粉を飲ませたのよ。ちょっと強すぎたのか、色んなとこから血がでてきて……お姉様の全身がこの麦わら帽子の飾りリボンのようになったの。ほら、この細かく編み込んだ何筋もの糸のように、綺麗だったわ」
その時のことを思い出しているのか、うっとりとした表情で遠くを見ている。そして、おもむろにセレス様の髪を掴み上げて、先ほど取り落としたナイフでザクザクと切っていき、腰まであった長い髪と髪留め用の紐を手に入れる。
「あなたが身につけているこのリボンだって本当は私のものだったの。出来上がりを楽しみにしていたのに、最初にあなたに渡すんですもの。お姉様がすぐに麦わらに合うリボンを作ってくれたけど、あなたにあげたこのリボンが私は欲しかったのよ」
「その紐が欲しいならくれてやる。さっさと持っていけ」
くすっと笑って赤い紐を胸に抱えるとセレス様に向かってこう言った。
「そうね、これを手に入れるためにアリスに近づいたんだもの」
「え? 友達になったのもその紐……リボンのため?」
私はマールに聞いた。今度は私に向かって話しを始める。
「そうよ、あなたといるとまるでお姉様と一緒にいるように感じたわ。でもね、アリスを見るセレスティアル様を観察して思ったのよ。あの時のお姉様と同じ目をしているって。そうしたら急に憎らしさが戻ってきたの。私からエミリアお姉様を奪った男なんて一生苦しんでいればいいのよ」
「そんな……関係ないじゃない。エミリア様はセレス様と同じくらいあなたに愛情を注いでいたはずよ?」
「同じくらい? 結局心はセレスティアル様にしかなかったのに? 笑わせないで。だからセレスティアル様が大事にしている王都とアリス、あなたを完膚なきまでに壊したかったのよ」
「壊す?」
「どういう事だ?」
私たちは二人それぞれにマールに説明を求めた。それに対し彼女は得意げな表情で私とセレス様の周りをゆっくり歩きながら話す。
「お姉様とあなたが暮らすはずだった王都の、そこに住んでる人々にスピーディを提供してあげたわ。みんな無くなったからすぐ欲しいって何度も何度ももらいにきてね。あの娘、フローラだっけ? が一番頻繁に会いにきたかな。最初は面白半分でね、最後の方はもう必死よ、目が狂人だったもの。顔つきが変わっていくところを見てると、まるでこの国が壊れていくのを見てるようで……楽しかったわ」
思いもよらないこの告白に、私は衝撃が強すぎて立っていられなくなり、力なくその場に崩れてしまった。
自分のすぐ側で事件が起きていることに気づけなかったことに怒りを通り越して哀しみの感情しかでてこない。
「それってスピーディの犯人はマール、あなたってことだよね。私にも飲ませようとしたってことなの? ねぇ、何でよ」
「言ったでしょ? この男が困れば何でもよかったの。だから周りの子にうまく根回ししてあなたに飲ませようとしたのに、絶対に口にしなかったわよね。おかげで直接手をかけるしかなかった」
マールは遠くを見ながら独り言を呟くように喋り続ける。
「アンフィーサであなたをベッドから連れ出して塔の前に放置したわ。あのおばさんに殺されてくれるかと思って。でも失敗。だから今度はこの男を直接殺そうかと思って赤い髪をみせたの。ここだったら弱らせて突き落とせばいいから」
「そんな……そんなことしたってエミリア様は喜ばないわ。お願い、セレス様を助けてあげて」
私はマールを説得するように話しかけてみた。
「嫌よ、言ったでしょ? 一生苦しむのがいいって。別に突き落とすのはあなたでもいいのよ、アリス。でもお友達だから許してあげる。この男が死んだらね」
「だめよ、そんな考え方は」
「あなただって、いずれ解るわ。自分が愛されていないってことを。愛されているのは、あなたの中のエミリアお姉様なの。そう思ったら憎らしくなってくるでしょ? さあ、私と一緒にこの男を苦しめましょう?」
痛い、と思った。確かにセレス様が私自身を見てくれている、という自信がない。だからこそ、後見人と被後見人という関係とその距離でいよう、と決めたのだ。
突きつけられる事実を言葉にされると、自分の心に想像以上のダメージを受けたのがわかった。
「あなたはまだ理解できていないだけよ。この男から愛されていると思ったらだめ。だって愛してるのはお姉様なんだもの。この男の心はエミリアお姉様が持っていってしまってるわ。エミリアお姉様の心はこの男が持っているの。わかる? この男を殺せば、お互いに欲しい心が手に入るわ。さあアリス、私の手をとって?」
悪魔の誘惑のようにささやきながら私に向かって手を差し伸べてくる。
「よく考えて。自分の心が何を望んでいるか。あなただって全てを自分のものに、全てを思い通りにしたいでしょ? 愛情の独り占めができるのよ?」
……心を手に入れる……
……全てを自分のものに……
あと2話で第2部終わりになります。




