5話 これからの私
「お話しがあると伺いました。アリスです」
「どうぞ」
部屋に入ると、扉を開けてくれた人は先日話しをしてくれた騎士様だった。
「こんにちは、私はリアン。この護衛隊の副官を任命されています。隊長は今所用で席を外されておりますので少しお待ちください」
ソファに案内されながら「体調はいかがですか?」と聞かれたので、問題ないことを告げた。
この執務室とか建物、ずいぶんと立派だわ。隣村がちょっと大きめだって聞いてたけど、こんなに整備されてるなんて初めて知ったよ。だから騎士様が滞在してるのかもしれないね。
村というより町レベルだよ、これ。
もしかして、この町だったらルークの大工仕事もあるんじゃない? 私達の生活拠点、ここだったらいけるかも!
そう言えば、倒れた時に騎士様に運んでもらったって聞いたんだけど……重くなかったかな……
くわぁっ! 恥ずかしいよぉっ
頭を抱えながら悶えてしまった。
少し余裕がでてきたので、周りの様子も伺うことができるようになったし。
そんなことを考えていると、隊長さんが書類を片手に部屋に入ってきた。私の前まで来て礼儀正しく挨拶する。
「お待たせして失礼。私が隊長のセレスティアルです。ご家族は残念でした。気をしっかり持つように」
「はい、ありがとうございます」
セレスティアル様の気遣いが胸に沁みる。
お茶を勧められて、粗相のないようにいただく。
「君の今後のことなのだが……」
おもむろにセレスティアル様が話し始めた。
私達の村は復興を断念して廃村にする方向になったとのこと。
……そうだよね。村に誰もいなくなったし。
「アリス嬢には王都に来てもらいます。既に迎えの部隊も今晩には到着の予定です」
唐突に言われた言葉に頭が追いつかず、豆鉄砲を食らった様な顔になった。
「ええと……どうして王都に行くことになったんでしょうか?」
「ヴォルフ殿の話しによれば、君は記憶持ちだとか。間違いないですか?」
「記憶持ちって……別の人格の記憶があるってことですよね。ルーク達にも話してなかったのにセレスティアル様は何故ご存知なのですか?」
ん? しかもヴォルフの話し?
待て待て。何でヴォルフが話しなんかするのさ。そんなんできたらファンタジーだぞ?
それに私だって話せればとっくに話してるけど?
「リアン、説明してあげなさい」
「承知致しました」
首を捻りながら話しを聞く私に、リアン様が詳しく話してくれた。
私が寝込んでいる間、セレスティアル様とヴォルフとで『心話』を交わしたそうだ。
『心話』とは、古代からの契約のひとつで、王族が知性ある魔物と言葉を交わす能力だそうだ。
ほう、ここにもファンタジー。
この能力によって私が記憶持ちということを知った、とのこと。
記憶持ちの特徴として、魔物を惹きつける独特の匂いがあるようで、ヴォルフはそれで私を記憶持ちだろうと判断したらしい。
私も例外ではなかったので、他の魔物を寄せ付けたり、襲われたりしないようにずっとヴォルフが守っていたのだが、私の発する匂いを抑えるのがそろそろ限界だったらしく、護衛隊と王族の到着を待っていたという。
王族の庇護を受ければ少しは魔物を回避できると考えていたようだ。
そこでまた疑問がでた。何で王族がいれば魔物を回避できるのか?
思ったことを素直に聞くと、知性のある魔物とは、かなり魔力が強い生き物で、大半の魔物が従うのだそうだ。その知性ある魔物と契約を交わしている王族は必然的に同等の扱いになるらしく、ほぼ歯向かう魔物がいないのだそうだ。
今回の襲撃は、村に残る私の痕跡を辿って双頭鷲がやってきたのではないか、という結論に達したとのことだ
ショックだった。村が襲われたのは私のせいだったのか。
私が居なければ村は無事だったのだろうか……
よくない考えが頭の中をグルグルと渦巻くように通り過ぎ、呆然としてしまった。
「魔物の通り道にあたる全部の村が被害に遭うことはなかったので、不幸中の幸いだとお考えください。貴女が前向きに生きることが大切なのです」
リアン様から慰めの言葉をもらい、何とか気持ちを立て直すように頑張った。
「過去にも記憶持ちの方がいらっしゃいましたが、その際、我が国の発展にご尽力くださいました。そのため、もしも再びどなたかが現れた場合、王族によって手厚く保護するという決まりができているのです。また、記憶持ちは魔物に狙われやすいので、守りの堅い神殿で過ごしていただくことになります」
「はぁ……保護していただくのはありがたいのですが、ルークと話しをして今後を決めたいので……」
あまりの急展開に戸惑いを隠せず、一旦落ち着いてから答えを出そうとしたが、
「異論は認めない。これは国の決定事項なのですよ」
セレスティアル様が有無を言わせぬ口調で私を窘めた。
何だか私の存在を無視されてどんどん話しが進んでいるような気がするよ。何とか取り繕おうとするが、途方に暮れたような表情は隠せない。
リアン様も気の毒そうな顔をしながらこちらをみるが、話しは続く。
「私達は塩の花を運ぶ任務がありますので、同行することは叶いません。代わりに第二王子であるアルフレッド様が、到着次第アリス嬢の付き添いとして王都までお連れする予定です。王族の護りの力があれば、魔物の攻撃を軽減することができますので」
「魔物の攻撃を……王族の保護下に入ると、これ以上私が原因で村が魔物に襲われることがなくなるってことですよね?」
私の顔を見て、コクリと頷いた。
「……私に拒否権はないんですね。わかりました。身の回りを整理して出かける準備をします」
……そんな波瀾万丈望んでないし。私ただのモブ村人ですけど!
一度目の人生が『静』ならば、今度の人生は『動』になっているよ!
ここまで激しいの、いらないんです!
半分諦め気分で答えると、追い討ちをかけるようにリアン様にこう言われた。
「神殿に迎えるのはあなた一人だけになりますので、ルーク殿やヴォルフ殿とのお別れも忘れずにして来てくださいね」
「え?」
一瞬何を言われているのかわからなかった。
一気に頭から血が引いてくるのがわかる。
ルークは唯一生き残った家族だし、ヴォルフだってもはや家族同然だ。なのに何で離れ離れにならなければならないのか。
「それは……無理です」
目を見開き、軽く口元を押さえながら絞り出すように呟いた。
「せっかく一緒に生きていくって決めたのに、バラバラに過ごすなんて考えられません!」
「ですがヴォルフ殿は魔物ですので神殿に入ることができません。ルーク殿に関しては、俗世から離れる覚悟があれば、神官見習いとして紹介するように手配はできますが。如何いたしますか?」
「そ……んな……」
ルークの人生、私が勝手に決めたりできることではない。
仮にルークと神殿で過ごせたとして、ヴォルフはどうなるのか?
考えれば考えるほど、どうにもならない状況に胸が苦しくなる。
ポロポロと涙を流す私をじっと見つめる二人。
しばらくして、軽く溜め息をついたセレスティアル様が口を開いた。
「これは提案なんだが、ルーク殿は私の家でヴォルフ殿の世話係として雇うということでどうだろう。頻繁には無理だろうが、私の家からの使いとなれば、神殿には多少なりとも往き来ができると考える」
リアン様が微笑ましくセレスティアル様を見遣る。
「セレス様……私からもお礼を申し上げます。あまりに過酷な出来事を体験したあとに一人で過ごすのは気持ち的にも辛いものです」
「まあ、アリス嬢のためにできることと言えば、これくらいのことしかできないのだがな」
セレスティアル様は少々居心地悪そうに執務机に歩きながらリアン様の視線を受け流した。その割に、よい案を思いついたという表情で、目尻と口元がほんの少しだけ緩んでるのが見て取れた。
私は希望がでてきたことに、涙を拭って笑顔を作りながら「ルークに聞いてきます」と答えて退室させてもらった。




