15話 神隠し
最近のアンフィーサ領内を震え上がらせている事件。二十歳前の若い女性が、ある日突然姿を消してしまうということらしい。
失踪した女性の関係者は、心当たりは何もなく、普段から失踪する理由も考えられない、と口を揃えて言っているらしい。
ある者は、友達と明日の待ち合わせの約束をした直後から連絡がとれなくなったという。
またある者は、恋人との旅行を間近に控えての失踪と、まるで神隠しにでも会ったかのように、ふっと消えるらしい。
当初は何か目的のある誘拐かと思われたのだが、数日たっても要求が来るわけでもなかったので、その可能性は消された。
日にち、時間などの特定もないことから、計画的な誘拐とも考えられないようだ。
私は怖くなってセレス様の側にぴったりとくっついてお茶を飲む。
不安になっていることを察知してくれたのか、頭を撫でてポンポンと肩を軽く叩いて安心させてくれた。
アンフィーサ領主は微笑ましそうに眺めて「もしよかったらご一緒のお部屋を用意しましょうか?」と言ってきた。
ひっ……魔王と同室……
生きた心地しないので遠慮します。
顔を引きつらせながら丁重にお断りして、少ししてからお部屋に戻ることにした。
私が一緒に寝るのはヴォルフと決まっているのだよ、ははは。
次の日の朝早く、狩りの格好をした領民が館に慌てて入ってきた。
「領主様大変だ。神隠しにあっていた娘の何人かが死体で発見された!」
「何だとっ!」
私も慌てて部屋から飛び出すが、反対の部屋から同じタイミングで出てきたセレス様に部屋の中に押し込まれる。
扉の中から外に向かって声をあげた。
「何するんですか! 大変なことになってるんですよ!」
「大変なのは君の格好だ。着替えてから外に出なさい」
……あ、ごめんなさい。
パジャマ、こちらでいう夜着のまま飛び出してたのを今思い出した。急いで着替えを済ませ部屋から出て広間に向かう。
すでにみなさん揃っていて、真剣な顔で話し合いを始めていた。
「来たか、私達はこれから発見現場へと向かうつもりだ。君はどうしたい?」
「もちろんセレス様に同行しますよ?」
「しかし、女性にはかなり衝撃的な現場になりますよ?こちらで待機の方が気楽だと思われますが」
私が当然のように同行を希望したのに対し、領主は気遣いながら『行かない』という選択肢もあると伝えてくる。
「お気遣いありがとうございます。でも私の場合、セレスティアル様と一緒にいた方がいろんな場所より安全なんです」
私が自分の特殊体質の説明をし、セレス様がそれに対してうなずくのをみた領主は、ちょっと気の毒そうな表情をして「気分が悪くなったらすぐに教えてくださいね」と言ってくれた。
領主も納得したので、軽く食べ物をお腹に入れてから、現場へと向かう準備を整えた。
セレス様の方は、ビーノ師を館まで呼んで、筋力強化の魔石を何個か作ってもらっていた。
「セレスティアル様、こんなに魔力を使うなんてバクスター師からは聞いてませんよ。今日の分は終わりです。次の上級呪文はせめて五日は空けてくださね」
「ふむ、努力しよう。代わりに次の護衛隊任務ではビーノ師に優先的に魔石を届けましょう」
優先的と聞いて機嫌をよくするビーノ師に対し、師を護衛してきた騎士たちは「すごい。隊長相手にこれだけ強気にでれるなんて!」と変な尊敬を集めていた。
最初に報告しにきた領民を先頭に、領主、セレス様、私の他に騎士と領民数名が発見現場に到着した。
神隠しに会った娘さんは全部で四人、そのうち三人がこの森の入り口に放置されていたらしい。
私はあまり直視しないように、少し離れた場所から見守るようにしてその場にいた。
近くの領民が顔を付き合わせるようにしてささやいている。
「フローラ様の呪いだ、一人じゃ寂しいから呼ばれちまうんだよ」
「おいらのとこはフローラ様とは面識がねえから大丈夫だな」
「馬鹿、神隠しの娘もフローラ様なんか会ったことねえ奴だよ」
「ひえぇ、連れてかれねえように見張っとかないとな」
ん? フローラ? 最近どっかで聞いた名前だが……
私は振り返って詳しく話しをきいた。
なんでも、領主様のお姉さんの娘さんが王都で病気になってしまったんだそうだ。娘さんがこちらへ帰って来ても回復せず、最後は隔離されていた塔から身投げして亡くなったらしい。
その娘さんが亡くなって、少ししてから、神隠しが始まったというのだ。
「そのお嬢様の名前がフローラ様って言うんですよ。結構活発なお嬢さんだったんだけどな」
「おいら達は絶対フローラ様が友達欲しくって同じ年頃の娘ばっか攫うんだろって話してるんでさぁ」
「あんたも神隠しにあわねえように気をつけなせぇ」
王都で病気のフローラって言ったら、あのフローラしかいないよね。アンフィーサ出身だったんだ。でも隔離された塔から身投げってのがよくわからない。確認する必要があるかしら。
実況検分を済ませ、森の遺体を領民に任せる手続きをしてから皆で領主の館に戻ってきた。
着替えを済ませ、ひと段落してから、領主に話しを聞くために応接間にお邪魔した。もちろんセレス様には事前にお話しして同席してもらってる。
私は領主に病気を患っていたフローラがどのようにして亡くなったのか話しを聞いた。
王都で病気にかかったと言っても真実はスピーディの過剰摂取によるところだったらしい。死後、王都からの連絡を受けて、ようやく原因がスピーディだったとわかったそうだ。
当時のフローラは自宅に戻っても、夢と現実の区別がつかず、フラフラと家から出ていく時もあれば、まるで人が変わったかのように凶暴になり、数人で取り押さえなければならない始末だったそうだ。気を鎮めるために、王都から伝手をたどって取り寄せた中和剤、本当はスピーディなのだが、これを飲ませて寝かしつけていたらしい。
母親はその事態を受け入れられず、娘を実家、つまり領主が所有している塔の一角に閉じ込めた、というのだ。
それでもなお娘のために、塔には日参していたらしい。スピーディの中和剤を持って。
塔に通う日が当たり前になった頃、娘が塔の窓から身を乗り出して、それを止めようとした母親の手を振り払って飛び降りたそうだ。
母親はそのショックから立ち直れずに、その日からベッドに臥せる日が続いているという話しだ。
この話しは母親に付き添っていた侍女から聞いた話しなので内容は間違いないらしい。
飛び降りる瞬間に娘が「赤い……ひらひら……」と言ったそうだが、元々幻覚も症状にでていたので、そのせいだろうということだ。
領民が話していたのは、その亡くなったフローラが塔に呼んでいる、という噂のことを言っているらしい。
私は自分が連れて行かれるかも、という感覚に襲われて自分で自分を抱きしめた。
見兼ねたセレス様が私を抱き上げて部屋まで連れてきてくれた。
ベッドに寝かされて眠るまで側に付いてもらうことを約束して目を閉じる。が、なかなか寝つけず何度も身じろぎしてしまう。そうしてるうちに涙まで滲んできた。
セレス様はため息を一つついて「今日だけだぞ」と言いながら、私を膝の上に乗せて抱きしめてくれた。
しばらくそうしてもらってるうちに、全身が包まれる安心感を感じてきて、ようやく眠りの淵に立つことができた。
ゆったりとした心地に身を任せ、いつの間にか、ぐっすりと眠ってしまったらしい。
ふと何かの気配を感じ、ゆっくりと目を開けた。
私を覗きこんでいたのは青白い女の人だった。




