14話 アンフィーサへ
「肉〜肉〜、お肉大好き〜、ふふふ〜ん」
「アリス、その淑女の作法のカケラもない鼻歌はやめなさい。心が痛む」
「何言っちゃってるんですか、サルークを売り込むためのテーマソングを作ってるんです。いわば作曲活動ですよ」
「それはサルークの領主親子に任せなさい。君は芸術的センスが皆無だからな」
「くっ……皆無って何ですか、もう少し私に優しい言葉があるでしょう」
「皆無は皆無だ。それ以下でもそれ以上でもない」
「いじわる〜」
否定できないところが辛い。
しょうがない、ゆるキャラの構想でも練るかな。顔の部分は……
と考え始めたあたりで、調査隊の先導を勤める騎士さん達がバタバタと声をあげて先へ馬を走らせる者、隊を止めてセレス様に馬を寄せてくる者とに分かれるのを眺める。
何かあったのかな?
セレス様が調査隊にそれぞれ細かく指示を出す。そうしているうちに、私の側までやって来て馬に同乗するように言われた。
「アリス、こちらに。調査隊の本隊はいったん付近の村まで戻らせる。私はこの先の橋の状況を確認したいので、一緒に来なさい」
橋が何かの元凶なのね。ふむ、私もどうなってるか見たいし、一緒に行けるのはラッキーだ。
橋の側まで来ると、結構な人数の職人さん達が、川のこちらと向こう側にいた。
こちら側にいる一人にセレス様が話しを聞いている。
同乗しているので私にも聞こえるのだが、ここにいる職人さんはみな、毎年の橋の補強作業をしている人達なのだそうだ。
例年通り作業をしていたら、橋が崩れて組んであった木材が流れだし、職人の何人かも川に飲み込まれてしまったらしい。
調査隊の騎士達が馬を出していたのは、流された人を探すためだったのか、と納得がいった。
馬を降りて近くの職人から詳しく状況の説明を受けている間に、下流に捜索しに行った騎士が戻ってきた。
ちょうど流された丸太が何本か引っかかっている場所を見つけ、確認したら側に職人も浮いていたらしい。すでに死亡していたらしく、今は運べないので、川べりに置いてこちらに報告しにきたようだ。
騎士が職人を引き連れて川下に行くのを見届けて、セレス様を見上げると、あまり浮かない顔をしている。
「職人が亡くなったとあっちゃあ、しばらく橋は渡れねぇ。隊長さん、この橋を避けて川下まで行って別の橋を通った方が早いですぜ」
職人の一人から声をかけられる。
工事で人が亡くなった場合、一週間はその葬いのために工事を止めるらしい。それからの普及工事だが、橋が崩壊してる以上、復旧まではかなりの時間が必要になる見込みだ。
「ビーノ上級魔呪師はいるか?」
「何かご用でしょうか?」
のっそりと青白い顔の男がやってきてセレス様と話しをしている。
青白い……名前の通り豆みたいな色してるよ。お日様当たって大丈夫かな。バクスター先生は溶けるって言ったけど、この人も溶けるかも……
そんなことを考えてると、懐から通信の魔石を取り出し、セレス様に渡しているのが見えた。交換にセレス様が彼にただの魔石を何個か渡してる。
ごにょごにょと何か呟くと、次の瞬間、魔石が変化した。私の側にいたモブ騎士さんに何か聞いたら、筋力強化の魔石なんですって。
上級呪文なので、変化するところは見ることが少ないらしく、皆一様に興奮している。
セレス様はそれを受け取ると、先ほど声をかけてくれた職人さんに渡しながら使い方を説明し、本隊と合流するべく移動命令を出した。
この橋が通れないとなると、本隊が逗留している村まで戻り、そこから改めて進行ルートを決めることになるのだが、ここにも多少問題があるという話しだ。
すぐ近くの場合、住民が生活するための橋を通ることになる。細い橋なので、一人ひとり順番に渡り荷物も少しずつ運ばなければならない。橋を渡った先が、けもの道と森になっていてそれを抜けてから大きな通りに合流する手段。
もうひとつのルートは、大きく迂回して隣の領地に入り、そこから整備された橋を渡る手段。
どちらも手間や日数がかかり、選択するのが難しいようだ。
「隣のアンフィーサ領から帰りましょうよ、わざわざ細い橋を渡らない方がいいと思いますよ? 迂回してでも隣の領地行った方が安全ですって」
私がキラキラした目で進言すると、セレス様はげんなりとした表情で髪をかきあげながら答える。
「アリス、君の場合、迂回ルートを選択する理由が不純だ。どのみち新しい領地の観光ができるとか思っているのだろう?」
「そんな……心外ですわ。決して自分が見たいからとかは思ってませんのよ。騎士様が危険なルートを通ってお疲れになられても大変かと思い、心からの進言をしておりますのに……」
口元を押さえ、ちょっとショックな顔つきで言ってみたが、セレス様が眉をしかめ、半目になって私をみる。
「すでにその物言いが怪しい。だいたいサルークの時も観光したいとか言ってしっかり堪能していただろう?」
「なんでバレてるの……」
「……やはりか。それを聞いたら余計にアンフィーサには行きたくないのだが。かと言って、森を抜けるルートは危険すぎる」
「つまり、セレス様が選択するのはアンフィーサ行きってことですよね?」
無言でうなずくセレス様を見て、ガッツポーズをとりたかったのだが、文句を言われるのがシャクでくるりと背を向けてからニンマリと笑った。
「おはようございます、セレス様。私の準備はできてますよ? いつでも出かけられます!」
爽やかな挨拶を向けたが、片手でしっしっ、と払われるような仕草をされた。
不思議に思って聞いてみると、
「君は浮かれすぎなので、もう一度顔を洗ってくるように」
と言われた。失礼しちゃうわ。
でもあんまり浮かれるのも良くないと思ったので、言われるがまま、もう一度顔を洗ってみた。
スッキリして気持ちも引き締まった感じだったので、大きく深呼吸して気分を落ち着けた。
再びセレス様のもとに行くと「ふむ」と一言つぶやいて出発の合図をだした。
アンフィーサに向けて移動が始まる。
アンフィーサ領は、風光明媚な街で有名なところだ。
産業は、切り花と果樹を主軸にして成り立っていて、そこから採れる高級はちみつも貴族や富豪から高く評価されている。
湖と森と花畑や果樹園のコントラストが見事で、多くの絵描きが逗留して作品を発表する芸術の街としても名があがる。
「素敵ですねぇ、芸術の街。私の感性にも響きますよ」
「センスが皆無の君に言われると芸術家の心が折れるので口は閉じておくように」
ふふんと鼻で笑うセレス様に頬を膨らませて睨みつけるが、あっさりスルーされる。
そんな言い合いをしながら移動していると、先導の騎士からそろそろ領主の館に到着すると伝えられてきた。
帰りのルート的には、領主の館の街は通過しないのだが、すぐ近くを通るのと、一応領地に入るのだから、挨拶はしておくべきだろうという話しになって、こちらまで足を延ばすことになったのだ。
事前に領主には訪問を連絡しているので、逗留は大丈夫だろうが、急な訪問で迷惑してるなら申し訳ないな、と思いながら館に到着した。
「ご無沙汰しております、アンフィーサ領主様。お元気でしたか?」
「おお、アリス嬢、相変わらずお綺麗ですな。私が独身でもっと若ければ妻に迎えますのに」
「まあ、お上手ですね」
社交辞令の挨拶もアンフィーサ領主だと嫌らしく聞こえないのが不思議だ。
セレス様も挨拶を済ませ、部屋に案内される。
お風呂に入って身支度を済ませると、そろそろ食事の時間だ。
食前酒にワインを軽く飲み、食用花をふんだんに使った料理が運ばれ、目もお腹も満足した。芸術センスがある料理人を使っているあたり、かなり自信を持ってアピールできるのね、としきりに感心した。
デザートまですっかりご馳走になった後、食堂を離れ、応接室に移動して食後のお茶を楽しみながらくつろいでいる。セレス様は領主と一緒にお酒を飲んでるようだ。
「食事はどうでしたか?」
「お腹どころか目も楽しませていただきました。ありがとうございます。とても美味しかったです」
「そうですか、楽しまれたのならよかったです。実は……」
といいながら、領主があまり嬉しくない話しを私たちに教えてくれた。
「今、この領地には調査中の事件があって、時々若いお嬢さんが行方不明になるんです」と。




