9話 アルの告白
捜索隊から十日ほどたった日、アルが見つかったという連絡があった。
崖から落ちた時に通信の魔石を落としたために連絡がとれなくなっていたということだった。
両方の足を怪我しており、自力で歩行することが困難な状況に加え、護衛隊や王都との連絡がつかない。アル本人も気ばかり焦るがどうにもできない毎日に悶々と過ごしていた、とのことらしい。
幸いにも、転落現場からそれほど遠くないところで、近くの住民に保護されていたので、一番最悪の事態からは逃れられたようだ。
見つかったことを知った私は、身支度もそこそこにして王宮に出向き、ユーリ妃とアルの無事を喜んだ。
「アリスちゃん、アルが見つかって良かった。生きた心地がしなかったわ。レオが大丈夫だっていうから信じてたけど、やっぱり家族って大事よね。改めて感じたわ」
「そうですね、私も本当に心配しました。自分が知ってる人にもう会えない、なんて考えたくもないですから」
「ねえ、アリスちゃん、この間言ったことなんだけど」
ユーリ妃が真剣な眼差しで私に話しかける。
私もびくっとして、ユーリ妃の目をみて居住まいを正した。
「レオにも話したんだけど、アルの了解があれば話しを進めたいと思ってるの。レオはアリスちゃんが家族になるの、賛成してるわ。あなたの気持ちが固まるなら自分ができることは全てしてあげるって。何も心配いらないわ」
レオナルド王は基本的にユーリ妃の決めたことは全て実現する人だ。ここでうやむやにすると話しが進んでしまう。そしてはっと気がついた。先生が言ってた『山』って王様のことだ。放っておいたらアルのお嫁さん決定ってことか。
「まずはアルと話しをさせてください。結婚とか婚約とか、今まで考えたことなかったので、自分でもしっかり考えたいんです」
「わかったわ。私もフィリップの結婚発表と同時にアルの婚約発表も、とか考えちゃったから慌てちゃったのよね。発表は別々でも構わないのに、今回の件で気持ちが焦っちゃって。ダメね」
てへへっていう感じで笑うユーリ妃がとても可愛い。たぶん王様はこれにやられたんだな。
ユーリ妃の小悪魔っぷりを見せつけられながら、その日は家に戻った。
捜索隊が戻ってくる日、到着を今か今かと待ちながら、やっと見えた人だかりに向かって大きく手を振った。
「ア〜ル〜。もう、心配したんだからねっ!」
「悪い悪い。ヘマしてしまった。足がこんなだろ? 動けなくて大変だったんだ」
左足は板を添えられてガチガチに固められ、右足もぐるぐる巻きにされている。
私はアルの手を握って、涙目になりながら「足の他は大丈夫? 何でそんな危なっかしい所に行ったのよ!」と尋ねる。
バツが悪そうな顔をしながら、チラリとセレス様を見て、アルが話そうとした。
しかし、セレス様に「まずは解隊してからだ」と止められて、私達は素直にそれにしたがった。
アルを握っていた手を離してセレス様に向き直り「お帰りなさい」と声をかけると、無表情のまま一つ頷いて、捜索隊と一緒に王宮に消えていった。
捜索隊が解隊され、アルが家族とのひと時を過ごした後、私も面会できるようになった。
お医者様に診てもらう関係上、私室の方へと通された。
王族が過ごす棟は初めてだったので、辺りをキョロキョロと見回しながら歩いていると、
「きちんと前を見なさい。ぶつかるぞ」
セレス様が近くの部屋から出てきたらしく、廊下の私を注意した。
「大丈夫ですよ、これでも運動神……ぶっ」
先導の侍女さんが角を曲がったのを見過ごして、みごとに鼻を打ちつけた。
「全く、君のその迂闊さは治らないのか?」
「余計なお世話ですよ。私はこの迂闊さが売りなんですっ!」
ん? 自分でうっかり者を自慢してどうする? 頭を抱えて身をよじる姿を見てセレス様がふふん、と鼻で笑う。
何となく前の雰囲気に戻った気がして、二人でクスクスと笑いあった。
頭をひと撫でしてもらい、ああ、やっと普通に喋ることができるな、と安心した。
今まで先導をしてくれた侍女さんに、セレス様が案内を代わると申し出て、アルの私室まで連れて行ってもらった。
途中、セレス様がくれた手紙が気になって「お話しがあるって書いてましたが?」と尋ねてみたのだが、少し自嘲めいた顔で「それは無かったことにしてくれ」と言われてしまった。
不完全燃焼なもやもやに、ちょっと不満を覚えたが、これ以上踏み込めないような薄い壁があるようで、この話しは終わりにするしかなかった。
部屋に着いたら「ここだ」と言われ、入るように促される。帰りは家まで送る旨を伝えられてその場を別れた。
ノックして扉から顔だけ出して、アルの部屋を確認した。ベッドに括りつけられたアルを見て、久しぶりに会えた嬉しさが込み上げてきた。
「来たよ」
「おう、呼びつけるようで悪かったな」
「気にしないよ、それより、何でこんなことになったのさ」
聞くところによると、ちょうど崖っぷちのところにきれいな花が咲いてたんだそうだ。
私に持って帰ったら喜びそうだと思って、その花を折った瞬間『その花って毒あるけど必要?』という声が聴こえたらしい。
人影はなかったはずなので、もう一度様子を見ようと辺りを見回したところ、バランスを崩して転がり落ちたようだった。
崖下は川が流れてたので、下流まで流されて、気がついたら沢の近くに住んでる方に保護されていた、ということらしい。
足の具合は、と聞くと、左足は骨にひびが入っているのと、右足はひびまでいかないが、ひどい捻挫になってる状態だと言う。
聞くだけで痛そうな話しに思わず身がすくむ。でも不幸中の幸いで足の怪我だけで済んでよかったと思い、言葉を伝えた。
「行く前に無理しないでって言ったでしょ?」
「でもな、あの花持って喜んでるお前が浮んで、つい欲しくなったんだ」
アルが急に真面目な顔で私に話す。
「なあ、お前さえよかったら、俺の側で喜んだり笑ってる顔をずっと見せてくれないか? 別の奴には譲りたくない。俺はお前がいいんだが」
ストレートな告白に、返す言葉と表情が思い浮かばない。
告白されるなんて経験、後にも先にもこれっきりだろな、と頭の端で考えながら、ゆっくりと目を閉じて答えた。
「私は自分の気持ちがまだ定まってないの。だから今は頷くことはできません。自分が納得した時にアルと一緒にいたいって思ったら、その時は私の手を取ってくれる?」
何とも言えないような表情をした後に、ふっと軽く笑いながら
「やっぱりお前、すぐには頷かないんだな、わかってたけど。まあ、その頑固さに惹かれたってのもあるんだよなあ」
「何よ、人を石ころか何かみたくカタブツ扱いしてっ」
ちょっとだけにらみながら笑って、別の話しをたくさん聞いた。
アルが流れついた場所は、小さな小屋が何軒か建っていて、行商の人が移動する際によく立ち寄る場所だったらしい。
手当てをしてくれた人は、たまたまクロランダから別領地へ移動の途中で、寝泊まりのために立ち寄ったらしい。
アルの惨状をみて、放っておくわけにもいかず、連絡がつくまで面倒みてくれることになったらしい。
親子連れだったようで、行商の足止めをしてしまった分お礼を、と言ったら最低限の経費だけで、今度王都に行った時にご飯を一緒に食べましょう、と言ってくれたそうだ。善意の人ってまだまだたくさんいるのよね、ありがたく思った。
怪我してから半月とちょっとくらいで捜索隊に発見されて、ようやく帰ることができたのだという。
ひと通り話しを聞いて、改めて運が良かった、と安堵のため息をついた。行商の親子がいてくれたから、打ちどころが悪くなかったから、季節が温かい時期だったから、いろいろな要素が絡み合ってアルは助かることができた。
神様本当にありがとうございます。
かなり話し込んでいたのか、セレス様が迎えに来てくれた。
返事をして帰り仕度の準備をするために立ち上がった。
ギクシャクしてたのがずいぶん昔の話しだったような自然な態度に、嬉しくなって仕度をしながら笑いかける。
準備を済ませ振り返ると、アルが眉をしかめて片手で髪を掻いていた。
「まさか叔父上と張り合うことになるなんて……」
ささやくように聞こえたが、他のことを考えていた私は、言葉としての認識をせずただの音として頭の中で処理していたようだった。




