8話 想い想われ……
「ん…」
ここどこだろう?
簡素な部屋らしく、白い天井が目に映る。
「気がついた〜?」
この声はバクスター先生かな?
何で私ってば寝てんだろう?
しかも先生の部屋かな、ここ。
ああ、そう言えばアルが行方不明って聞いてから急に真っ暗になって……
「今セレスが迎えに来るから待ってて。僕としては早くユーリちゃんのところに行きたいんだけどね」
「アリス! 大丈夫か?」
バクスター先生が話し終わると同時にセレス様が駆け込んできて、私に問いかける。
「あー、ご迷惑おかけしました。アルが心配で意識飛んじゃったみたいです」
気がついている私をみて、ほっとした表情をすると同時に、尖ったもので刺されたような表情も一瞬みせた様子のセレス様に申し訳なく思いながら答えた。
私のおでこと頬を軽く触って頭を撫でるのをみていたバクスター先生がセレス様に向かって声をかける。
「セレスさぁ、そんなに心配なら手元に引き寄せといた方がいいと思うよ? いつまでも見守るだけとか中途半端なことしてると、僕みたいになっちゃうよ?」
バクスター先生のように?
セレス様が軟弱になるって……ないない、魔王になる素質なら充分だけど。
「僕はレオ兄だったら安心して任せられるって思ったから引き下がったけど、君の場合は違うでしょ?」
「……バクスター兄上には関係ないことでしょう」
「関係ないってことはないんじゃない? ほら、僕達仲の良い兄弟だし」
「それでは言い方を変えましょう。兄上には関わって欲しくありません」
「あれ、寂しいなぁ。可愛い弟が苦しんでいるのに」
茶化すように話す先生だが、目が笑っていない。
先生の声が上機嫌になっていくほど、セレス様の機嫌がどんどん悪くなってくる。私はハラハラしながら二人のやりとりを見守るしかない。
「経験者の意見は聞くべきだよ。君、自分が傷つきたくなくて逃げてるだけだから。任せられない相手に譲って、すれ違ったり、ダメになって泣いてるところをずっと見てるわけ? 残酷だよね」
「べックっ!」
「んー、久しぶりに聞いたなぁ、その言葉。それってユーリちゃんとセレスにしか許してない特別な言い方だから。いかに僕が君のこと愛してるかを理解して欲しいよ。いいかい? もたもたしてると山が動いちゃうの。僕的にはもう少し時間あるかと思ったけど、彼見つかったら後がないよ? この意味わかるでしょ?」
バクスター先生を射殺すような視線で見つめるセレス様。
「もうそんな顔もできるようになったじゃない、もう少し素直になったら? エイキムに義理立てすることもないと思うし〜」
「もう何も言わないでくれ……頼む……」
苦しそうに両方の耳を塞ぎ、目をつぶってうずくまるセレス様に向けて、先生の言葉はさらに続く。
「そんなに苦しいならさっさと認めればいいことでしょ? 今のセレスをみたら、エミリアちゃん何て言うかな」
バクスター先生は自分の机にゆっくりと歩き、散らばった書類を片付けながら呟く。
「たまにね、思う時もあるんだよ。あの時思いきって自分のものにしてたなら、って。そうしたら、今僕はどんなに色鮮やかな世界を観ることができただろうかってね。だから君には僕と同じことはさせたくないのさ。僕だって今はこんなだけど、結構後悔すること多いのよ〜? 世捨て人になるにはまだ早いんじゃない?」
フラフラと立ち上がり、部屋を出ていくセレス様に、慌てて私もベッドを降りて後を追おうとするが、先生に手で静止される。
振り返って先生の顔をみると、困ったような笑顔で無言で首を横に振る。
扉の外に待機していたリアン様にも声をかけて静止する。
「リ〜ア〜ン〜、セレスに付いてなくていいよ。たぶん一人になりたいだろうから、放っておいてあげて〜」
「しかし……」
「平気平気〜、荒療治が必要なのよね〜。それよりアリスちゃん送ってあげて。僕はユーリちゃんとこ行くからさ」
私はリアン様に送られながら、何とも言えない顔で話しかける。
「ねぇリアン様、バクスター先生が言っていることってよくわからなかったんですけど」
「今は深く考えなくてもいいと思いますよ。セレス様の気持ちに整理がついたら、その時は話しを聞いてあげてください」
その日から家に帰っても、セレス様と顔を合わせることはしばらくなかった。
数日後、アルの捜索隊が組まれ、セレス様が隊長となって、陣頭指揮をとることになった。
当初、ベルナルド様を隊長とする申請をされていたのだが、街にはびこるスピーディの調査と警備のために、王都を離れることができないとのことで急きょセレス様が隊長に任命されたのだ。
出発当日、セレス様を見送りに行こうと家を出ようとしたら、ランドルフさんに呼び止められた。
「アリスさん、セレスティアル様よりお手紙を預かっております」
手紙を開くと、今日の見送りは来なくてもいいということ。アルは必ず見つけ出して連れて帰ってくるので心配いらない、ということ。そして、帰ってきたら話しがあるので聞いて欲しいということ。
そんな内容がセレス様らしい几帳面な字で書かれていた。
来るなという言葉に逆らう訳にもいかず、自分の気持ちもあまりすっきりしないままに、お部屋へ戻ってお茶をもらい、もう一度手紙を読み直した。
話しを聞いて欲しいという字を手でなぞり、もやもやした気持ちのままベッドに寝転がる。
なぜ見送りに行っては行けないの?
アルが心配。同じようにセレス様も心配。
バクスター先生の部屋からフラフラ出て行ったまま、捜索隊なんて大丈夫なの?
心配だと伝えたいのに会うのを拒否される。
『なぜ』の二文字が頭の中をぐるぐると巡る。
処理しきれない思いに、ひたすら小さく丸まって眠った。
翌朝、ぼーっとしてベッドからなかなか出られなかった。
クロエさんがやってきたので、お願いして抱きしめてもらった。昨夜の悶々とした気持ちを背中を撫でてもらいながら聞いてもらう。
「目をつぶって自分の心の中をのぞいてみてください。色々な方のお顔が出てくるでしょう? 一番最後に出てくる方は誰かしら?」
言われた通りにやってみた。
確かに、今まで出会った人達が色々と顔を出す。そして今最後に出てきたのは……
「……ヴォルフ……」
クロエさんがピタリと背中を撫でるのを止め、私の両肩に手を当ててまじまじと見る。
薄っすら半目はご愛嬌で。
呆れたような、笑いがこみ上げるような、そんな顔でくすり、と笑い、
「アリス様が今一番心配に思って、会いたい、と思っているのはヴォルフ様ということですわ。その気持ちを大事にしてくださいませ」
「わかった、クロエさん、ありがとうございます」
私はクロエさんに笑い返し、ベッドから勢いよく飛び出した。
身支度を整えて、いつも通りに学院へ行こう。『いってきます』の挨拶をして家を出て、街中をぶらぶらと歩き始めた。
ふと今日はサボるか、とよぎった考えに一人頷いてみた。
昔はサボるなんて、頭の片隅にすらなかったな、と思い出しながら、いたずらっ子の顔をして通学路から外れた。
どこに行こう?
私が思いつく所なんて、そうそうないから。やっぱりあの場所だよね。
街を一望できる丘に向かい、見晴らし台に登る。大きく伸びをして深呼吸。
うん、元気になれ、私。
目を閉じて、ゆっくりと今朝のことを思い出す。
確かに最後に出てきたのはヴォルフだった。
でもほんの一瞬、ちらっと出てきた顔は……
もう一度大きく伸びをして、くるりと振り返る。
私は腕を大きく振り上げて見晴らし台からジャンプした。
あんまり話し動かなくて申し訳ありません。うだうだしてますがもうちょいお付き合いくださいませ。




