7話 アルの初護衛
今日の夕食は何だろうなぁ、と思いながら食堂へ入ったら、なぜかアルもそこにいた。
「あれ、アルどうしたの? 夕食時にこっちに来るなんて珍しいじゃない?」
「ああ、仕事の話しでもないからな。叔父上の話しをちょっと聴きたくてこちらに伺った」
ふうん、最近アルも忙しそうなんだよね、学院でもあまり見ないし。私がたまに王宮行く時にチラッと見かけるけど、真剣にお仕事してるっぽくて声なんかかけられないもの。
カミュさんの代わりにきた側近さんも、ちょっとだけお話しした程度だから、アルが遠くに行っちゃったみたいで何か寂しい。
ルークにも同じように感じるけど、少年から大人に変わっていくところを見てるようで、微笑ましい気持ちになるのも事実。
昔、手塩にかけて育てたプチトマトが熟れて食べ頃になるまでの過程を思い出し、一人腕を組んでうなずいた。
そこで、はっと気がついた。
そう、アル達は食べられるのを待つばかりの美味しい食材なんだよ。世のお嬢さん達がよだれを垂らしながら「いただきます」という光景が目に浮かぶ。
一個のトマトに十個のフォークが狙いをつけてるのを想像していると、トマトが、いや、アルが私に話しかけてきた。
「何で俺を気の毒そうな目でみるんだよ。また変な考えをしてるんじゃないだろうな?」
目をパチクリしながら、軽く頭を振って喋るトマトを追い出して、食事の席に着いた。
先にセレス様は席に着いていて、ワインが運ばれている。
ん? よく見るとアルにもワインが。ずるい、私だって油断しなけりゃ酔わないはずだよね。可愛いくおねだりしてみよう。
「セレス様〜。アルの飲み物はワインでしょ? 私も最初からワインと解っていれば変な飲み方もしませんし。少しくらい飲ませてくれませんか?」
片方の眉毛をあげて、こちらを軽く睨むセレス様。やがて眉間をグリグリ揉むと「ほんの少しだぞ」と言ってランドルフさんにグラスを頼んだ。わーい。
「それで、話しというのは?」
「はい、学院の最終研修がそろそろなんです。時期的にも萌黄の花護衛が妥当かと思いまして。叔父上は萌黄の護衛経験はありますか?」
「もうそんな時期か、早いものだな。萌黄の時期は予算調整と同時期だから、私は行ったことがない。私の初護衛は白藤だ」
セレス様は懐かしく思い出すように、目を細めて話しだした。
当時は話しには聞いていても、親花を見るのも初めてで、神殿で確認した時は興奮したそうだ。
へぇ、セレス様でも興奮するなんてことあるのねぇ、と話しを聞きながらワインをちびちび舐める。
道中は魔物が出やすい場所もあるらしく、警戒はしないといけないが、慣れている者が同行するのなら、追い払うのもさして問題ないだろうとの見解だった。
花畑近くになると、親花の輝きがより強くなるらしい。そして、それを花畑にかざすと、花びらが空中に溶け始め、畑全体を光が覆うのだそうだ。
光が収まると、花畑の花は全て塩に変化していて、一つ一つが薄っすらと白藤色に染まっているのだという。
うわぁ、話しを聞くだけでも綺麗な光景が目に浮かぶよ。実際にそれを体験できるアルが羨ましい。
いいなぁ、この国に来たからには、一度は見ておきたい情景だよね。いつか絶対に行ってやる!
今はまだアドラーの件を引きずっているから無理だと思うけど、大人になったら見てみたいな。
「セレス様、私も花畑行ってみたいです。いつかもっと大きくなったら連れて行ってくださいね?」
アルとセレス様が二人で私を可哀想な子を見る目で眺める。
「あのなぁ、花畑は観光地じゃないんだ。護衛隊に入らなければ行けるわけないだろ?」
うっ……そうだった。何かいい手がないかな。あ、だったら、と思いついたところで、
「おい、護衛隊に入る、とか宣言するのは辞めてくれよ。女子は滅多に同行しない。しかも近くの村に用事があるものばかりで、花畑に入ることはないぞ。変な気を起こすな」
ちっ。思わず舌打ちしてしまった。やばい、聞こえた? セレス様の眉が跳ね上がる。慌てて両手で口元を覆って「わかりました」と素直に返した。
それからの話しは、護衛ルートについてだった。ゴードンは砂漠に近いところに花畑があるので、かなり軽装になるらしい。逆にクロランダは高地にあるので、日が陰るとマントが必要なくらいになるみたい。山道も通るらしいから、一番大変なルートみたいだよ。
平坦な道なのがエイキムまでのルートなのだそうだ。初護衛はだいたい一番楽なエイキムに行くらしいのだ。
「何で今回アルは白藤じゃなくて萌黄なの?」
「カミュがアドラーに行ったろ? 代わりの側近選びに調整が必要だったのと引き継ぎして通常業務に影響がなくなるまでに時間が必要だったのが原因かな?」
アドラーの事件ってそんなとこにも影響あったのね……
私も原因の一つだと思うとちょっと申し訳ないような気分になった。
「おとなしく待ってるから、気をつけて行って来てね。あ、お土産は美味しいワインがいいかな、よろしくね」
「護衛任務に普通お土産頼むか? まあ、何か持って帰ってくるよ。買い物はさすがにできないからな」
「えへへ。ただの任務よりも楽しそうでしょ? でも無理しないでね?」
アルが笑いながら私の頭をぽんぽんと軽く叩く。出発は、親花の輝きから予測して、たぶん一週間くらい後だろうとのことだった。
怪我なく帰ってくればそれでいいかな、と考えつつ、アルと別れた。
学院へ行くと、朝からマールが深刻な顔をして話しかけてきた。親戚の方の具合が悪く、クロランダ領にしばらく行くことになった、という話しだった。
ちょうどアルからクロランダ行きの話しを聞いたばかりだったので、護衛隊に同行するのか聞いてみた。急な用事なので、護衛隊とは別の旅になるということらしく、道中に気をつけるよう伝えて、マールを見送った。
今日はアルが出発する日だ。
私はセレス様にお願いして見送りのために王宮に来ている。
出発にはまだ少し時間があるようで、出されたお茶を飲んで待っていた。
やって来たのはユーリ妃で、さすがに少し不安な表情をしている。
いつかテレビで観た『初めてのおつかい』をする子供を見送る母親と同じような顔つきに、心がほっこり温かくなる。
ユーリ妃の手を握って「大丈夫ですよ」と元気づけて、二人で出入口まで向かった。
ユーリ妃が私をまじまじと見て、頬に軽く手を当てながら呟く。
「アリスちゃん、あなた、うちの子にならない?」
「はい? 何でまた急に?」
「急じゃないのよ。前から考えてたんだけどね、アルのお嫁さんになってみないかな、って」
えーっ?
アルのお嫁さんって……アルだよ、アル。
アルの隣で白いドレスを着る自分を想像するが……頭が考えることを拒否する。無理〜。
乾いた笑いを顔に貼り付け、ユーリ妃に進言する。
「私よりもっと素敵なお嬢さんが現れますよ、きっと」
「えー、見送りにくる女性の気配すらないのよ? あの子、意外と頑固だし。パーティーだって不機嫌丸出しで女の子が寄り付かないもの」
「だからと言って近場で手を打とうとするのは、まだ早いですって」
「そうかしら?」
私はコクコクうなずいて、ユーリ妃の手を引きながら出口まで促す。
「悪い話しじゃないと思うから、ちょっと考えてみて」というユーリ妃に手を振ってその場を離れた。
あー、びっくりした。
お嫁さんに、とかって、そんな歳になってるってこと?
今も昔も恋愛感情から遠ざかっていてよくわからんな。何となくもやもやした気持ちを胸にしまい込んで、気分を切り替えた。
アルを無事見送り、王宮でユーリ妃に言われたこともすっかり頭の端に追いやるくらいに時間がたったある日、学院にいた私にひとつの連絡が入ってきた。
『アルフレッド王子が道中の崖から転落、現在行方不明』




