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5話 心のリハビリ

 私が気合いを込めて立ち上がった瞬間、部屋の扉が「バン」と開いた。ノックもなく急に開いた扉にびっくりしてベッドに尻もちをつく。


「きゃあっ」

「悪かった、手がふさがっていてな」


 入ってきたのは、両手に服を抱えたセレス様だった。よくみると乗馬服のようで「クロエに着替えを手伝ってもらいなさい」と言ってすぐに出ていった。


 ぽかんとしていたら、クロエさんが「ご自分で持っていくと言われたんですよ。そのようなことをなさらなくても、とお止めしたんですけどね」と、クスクス笑いながら着替えを手伝ってくれた。

 私は嬉しいやら恥ずかしいやらで、何とも言えない表情をしながら鏡の前で着替え終わった自分をチェックした。

 いつものドレスと違ってパンツ姿に長靴を合わせた格好だ。

 足回りがすっきりしているので、普段と気分が違う感じがする。これだけでも楽になってる自分を意識した。

 結構決まってるじゃん、私。


 セレス様も乗馬服に身を包み、二人で玄関まで来た。

「どうだ?」顔色と様子を伺うセレス様に私が「手を握っててくれますか?」と言って、覚悟を決めて一歩踏み出した。






 今私は、ポクポクと馬に揺られてます。二人乗りで街が一望できる丘まで移動の途中です。

 なぜかセレス様の機嫌があまりよくありません。


「セレス様〜、景色がきれいですよ? 楽しみましょうよ」

「全く、どうして君はそんなに呑気でいられる? 私がどれだけ周りと調整して今ここにいると思っているのだ?」


 玄関先であれだけためらっていた私だったが、手を引いてもらったら意外とあっさり歩けたのだ。外へ出るのが嬉しくなって、その場で「ぃやっほーぃ」といいながらジャンプしてたら、ため息ひとつの後に眉間に皺がより始め「人騒がせな」とブツブツ文句を言い始めたセレス様。

 出かける準備を取りやめようとしているところを静止して、無理矢理馬に乗せてもらった。


 丘に着いて、一人乗りの練習をさせてもらったりして外の空気を満喫した。ひと息ついてセレス様に丁寧に頭を下げた。


「ありがとうございます、ご心配かけました。自分の心がこんなにもろかったなんて、思いもしませんでした。明日から学院に行けると思いますよ」

「そうか、君が元気になってくれたのなら問題ない。君がふさぎっ放しでいると屋敷も大変なことになるからな」


 屋敷が大変? どういうことかしら?

 不思議顔で問いかける。何でも、セレス様のところに、私の落ち込みようを見るに見兼ねたランドルフさん初め屋敷の使用人の方々が、どうにかならないか、と入れ替わり立ち代わりで連日押し寄せて大変だったらしい。

 困り顔のセレス様の原因は使用人のみなさんだったのか。言い寄られてるセレス様を想像して、クスクスと笑った。


「笑えるようならほぼ大丈夫だな、そろそろ帰るぞ」


 屋敷が見えてくると、厨房のみなさんまで玄関に出てきてくれて手を振ってくれている。みんな安心した顔をしてる。これだけの人達に心配かけちゃったんだね、ごめんなさい。もう大丈夫、私は元気です。

 私も大きく手を振って大きな声でそれに応えた。


「ただいま!」



 次の日、学院に行ったらマールがぎゅっと手を握って「心配したよ」と涙目で話してくれた。

 ここにも心配してくれる人がいた。友達ってありがたい、そんな思いを噛みしめてニッコリとうなずいた。



 数日後、魔石を投げた犯人が捕まった。

 何と学院の魔石研究科に所属している生徒だった。

 バクスター先生の熱狂的なファンの一人で、特別視されている私が妬ましかったという。

『スピーディ』を紹介され、飲んだら急に腹立たしくなってきて、犯行に及んだらしい。

 何日か私のあとをつけて、暴行できる機会を伺っていたということだった。


 バクスター先生に知ってる子か尋ねると、特に覚えのある子でもなかったらしい。


「僕って人気あるから女の子がほっとかないんだよねぇ。いつだって罪つくりなんだ。迷惑かけたみたいだね、ごめんね、アリスちゃん」


 おやぁ? 死ぬ思いしたのに。謝られた感じがしないんですけど!


 まあ、それがバクスター先生がバクスター先生たる『ゆ・え・ん』ですかね。

 いつまでも少年の心でいてくれや……

 思いっきり遠い目をしてため息をついた。


 そんなことを思いつつ、チラリとバクスター先生を盗み見ると、びっくりするくらいの厳しい顔で何か考え込んでいる。

 私もギョッとして、気づかれないように横目で先生をまじまじと見た。


 絶対に声をかけることの出来ない視えない壁の中にいるようで、本当のバクスター様を垣間見た瞬間だった。






「今日から一週間は近くの森に行って狩りをするよ〜。魔石を取り出して基本の魔石に変化させたら合格ね〜」


 研究科のみんなが実習に行くということは私は休みということだ。久しぶりに狩りができると思ったのに、実習の一環だと言って参加を拒否られた。


「アリスちゃんは王宮に行って、一週間セレスの事務仕事の手伝いしといて〜」

「先生、私セレス様のとこより狩りの方が得意です。みんなのために魔物を仕留めますよ?」

「無理無理。狩りができるようになるのも課題だからね。女子にはハードル高いけど、評価点も高いから頑張り次第かな。女子のみんな〜、頑張ろうねぇ」


 女子の一部からは「キャー」とか「先生が手伝って〜」やら聞こえてくる。


 確かに、狩りなんてお坊ちゃんやお嬢さんには縁遠いものだ。

 だが、地方に出かけて、万一魔物に襲われたりした時の対策の一環としては貴重な体験となるだろう。

 学院の方針として、各専門課程クラスで一度はこうした訓練があるらしく、誰もが通る道らしい。


 毎年のことなので、森の近くには、学生のための寮が建ててあり、期間中はそこから森に通うらしい。前の月には護衛隊のクラスがそこで訓練したそうだ。

 護衛隊の訓練の後だから、強い魔物はほとんどいないらしく、魔石研究科は弱い魔物相手に楽に狩りができる仕様になっているとのことだ。なるほど、考えられてるよね。


 一週間のお泊まり合宿かぁ、何か楽しそうでいいなぁ。部活とか合宿なんて、縁がなかったからね、憧れるんだよね、そういうこと。

 マールは私を気の毒そうにみて「ごめんね、アリス。私達だけで出かけちゃうなんて」と気を遣ってくれる。

 できる女子は周りへの気遣いも完璧だわ。


 生徒の中には、きゃあきゃあ言っている人もいれば、人生が終わったような悲壮な顔をしてる人もいて、それぞれの気持ちが見えてくる。

 やっぱりがまんできなくなり、マールの手を握ってバクスター先生にもう一度お願いを試みた。


「先生、お願い、狩りだけでもダメですか? お泊まり合宿したい。魅力満載ですよ!」

「ダメだよ〜。せっかく弱い魔物ばっかりなのにアリスちゃんってば、強い魔物を連れてくるじゃん」


 何よ、それ。人を悪の親玉みたいに。

 あまりの言われように口先を尖らせて不満顔で怒った。


「もうっ、バクスター先生嫌いっ!」

「う〜ん、大丈夫かな。アリスちゃん一人に嫌われても、僕のファンはまだまだいっぱい居るからあまり寂しくないよ〜」


 えー……その切り返しはないだろうよ。

 マールが可哀想な子を見る目で私を見ながら、握っている手と反対側の手で頭を撫でてくれる。


「ついでに研究費の予算を上乗せしてもらうように交渉してきてくれる? よろしくね〜」


 私がガックリとうなだれていると、悲壮顔チームの仲間が手招きしてくる。ふらふらとお互い近づいて肩を叩き合うことで、ちょっとだけ連帯感が広がった。

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