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4話 スピーディ

 久しぶりにリックから連絡を受けた。


 追加面接以降、うちの店にリックから紹介されて面接に来る子はいても、リックに直接会う機会はほぼなくなっている。

 支払いは、私が孤児院の先生にお渡しして、リックが後日それを受け取るシステムなので、顔を合わせることがないのだ。


 向こうから会いたいとなると、余程大事な用件なのだろうと考え、早めに日程を調整した。


「悪いな、忙しいだろうに。そっちは学院に上手く馴染んでいるのか?」


 あら、失礼ね。私だってそこまで異端児じゃないわよ。

 リックはというと、こざっぱりとした洋服に見を包み、髪を整えて、いっぱしの商人のように見受けられる。

 それを指摘したら、


「悪かったな、俺のところはお前の店に砂糖を下ろしている問屋だ。親父の後を継いで店に入ってるんだよ」


 わお、意外だ。リックって真面目に働けるんだ。そこら辺の小僧くん達とつるんで遊んでるかと思ってた。ごめん。


「それで、話しって何? 結構大事な話しでしょ?」

「ああ、最近『スピーディ』っていう言葉聞いたことあるか?」


 まるで覚えがなかったのだが、聞くところに寄ると、若者たちの間で流行っている赤い飲み物なんだそうだ。

 学院に通っている生徒が手を出しているものらしく、気分がハイになって行動が大胆になるらしい。

  最近は街の子供たちの中にもそれを飲む者が増えて来ているようで、ケンカや乱暴行為がかなり増えているらしい。


「うん、わかった。アルにも話し聞いておくね。何か情報あったらどうすればいい?」

「ポーターやってるダンっているだろ、あいつに連絡いれてくれたら俺がそっち行く。この格好だとお前の店でもイメージ悪くならないだろ?」


 ん? リックってば、そんなこと気にして遠慮してたんかい。全く細かなとこまで気がつくいい男だぜぃ。


「ありがと。考えてくれてたんだね、嬉しいよ。じゃあ学院調査しとくね」

「お、おう」


 ちょっと照れてるのか、目元を赤くして視線をそらしてる。お? 可愛いじゃないの、くすっと笑いながら手を振って別れた。



「セレス様『スピーディ』って知ってます?」

「ふむ、話しだけは聞いている。学生が絡んでいるらしいな。アルフレッドからも相談を受けている」


 あら、情報収集は私が一番遅かったのか。

 お食事しながら今日リックから聞いた話しを聞いてみた。

 いたずらで遊んでる子供たちが増えているようで、ベルナルド様のところの警務部も本格的に取り締まりの強化に動き始めるとのこと。王宮には広まっていないようで、セレス様達も目を光らせているようだ。


 私はちらっとどこかのキッチンドランカーや麻薬常習犯がテレビに映っていたことを思い出した。

 へんなドリンク剤って夢中になると中毒性があるんだよね、ああいうの心配なるわぁ。

 ベルナルド様に頑張っていただいて、早めに収束してもらいたいなと思いながら、食後のお茶をコクリと飲んだ。



「おはよう、アリス。ねぇ知ってる? 隣のクラスのフローラ。最近見ないなと思ったら、病気療養で領地へ帰るんだって。あの子最近『スピーディ』にはまってたのよねぇ、何か関係あるのかしら?」


 同級生が挨拶もそこそこに話し出す。こちらの世界も女子学生は噂と流行に敏感なのね。


 当たり障りのないように、スピーディについて他に知っていることがないか、教えてくれた子や周りの子にも聞いてみたりした。詳しいことは掴めなかったが、学院帰りに派手に遊んでる人達が手に入れてる率が高いようだった。


 ところでフローラ? 誰だっけ? ああ、バクスター先生の熱狂的なファンだったはず。

 まあ、取り巻きが一人減るだけでもバクスター先生は助かるだろな。私もね。


 そう言えば、バクスター先生の熱狂的ファンクラブの人達、最近少なくなったかも。彼女らも落ち着いてきたってことかな?

 何にせよ、私に妬みの視線が一つ少なくなるだけでも解放された気分になった。




「よう、アリス。安息日なのに悪いな。この店が心配で確認しに来た。俺らはこれからちょっと街の見回りもしてくるからあまり時間がないんだが……」


 リックと連れの二人がわざわざ店までやって来て、店の周りとか様子を確認していく。

 不思議に思って問いかけると、最近街の子供たちの様子が変なんだそうだ。何が変なのかというと、暴動を起こす子供たちが増えてきているらしいとのこと。リックの店の付近も被害にあっているらしく、閉店後も見張りをつけて警戒しているようだ。


 うちの店も警備を検討しないとダメかもね、と考えてた時だった。

「ガチャン」

 窓が割れ、火の魔石が飛んできた。


「きゃあっ!」


「ダン、誰か確認して追いかけろ! ラルフ、お前は警務部へ連絡だ」


 近くにあった包装紙が燃え、部屋全体がくすぶり始める。

 村で家が燃えた後の臭いとマーサ達の死んだ顔がフラッシュバックして愕然となった。


「み、水っ! 火事っ……やだ燃えちゃう……マーサ! おじさんっ!」


 すぐさまリックが汲み置きの水を魔石にかけて消火してくれた。突然の出来事に腰が抜けてその場に座り込む。

 呆然としていると、側にやってきて「立てるか?」と尋ねられた。無理だ、無言で首を振る。

「とりあえず家まで連れて行く」と言って抱き抱えられながら店を出た。


 あと少しで家、というところで、ものすごい勢いで馬が数頭駆けてきた。


「アリスっ、大丈夫か?」


 セレス様が馬から飛び降りて私のところにやってくる。急に涙がでてきて、しゃくりあげるようにセレス様に訴えた。


「こ、怖かった……火……怖かったよお……」

「あとは引き受けよう」


 リックからセレス様の腕に移動すると安心してぎゅっとしがみついた。


 フラッシュバックしたことを伝えて震える私を、背中を撫でて落ち着かせてくれる。

 話しを聞きながら「そうか」とか「大丈夫だ」など相づちをうって、私が不安だったことを全部吐き出させてくれた。


 そうしながらも、リアン様と数人にリックと一緒に店の現場検証と事後処理を指示して向かわせる。

 本来私が立ち会わなければいけないので、申し出ると、みんなが安心させるような笑顔を向けて休むようにと勧められた。


 たぶんひどい顔してるんだろうな、ここはお言葉に甘えて、遠慮なく休むことにしよう。

 もう少し気持ちを立て直したら、元気なアリスに戻るからね。

 そう思いながら目を閉じた。


 さすがの私も、しばらくは学院へ行けず、体調不良の名目で欠席をした。

 外へ出るのが何となく怖いような気がして、制服に着替えることはできても、どうしても玄関からの一歩が踏み出せないのだ。


 三日目ともなると、さすがにセレス様も困った顔になり「今日もだめか?」と聞いてくる。

 曖昧な笑顔をつくり、深呼吸して気合いを入れるが、足が震えてへたり込む。知らず知らずにくやし涙が出て、足をバンバン叩くが動く気配が感じられない。


「もうっ、何なのよこれっ。何で歩けないの……」

「だめだったらそれで良い。無理しなくていいから」


 なだめる様に私に声をかけ、抱き上げてベッドまで連れていってもらう。

 自分の足が自分のものではないような感覚に、ひたすら呆然とするしかなかった。


 このまま歩けなくなるの?

 自分の中の自分はどう思ってる?


 歩けなくなるのならそんな人生もいいか。

 みんなに壊れもののように扱われる、そんなお人形のような人生。


 嫌だ、逆戻りじゃないか!

 最初の森で決めたのだ、気持ちで負けてどうする?

 今は一人じゃない、支えてくれる人がたくさんいるのだ。

 大丈夫、いける。


 私は握りこぶしを握って胸を軽くトントンと叩きながら、深呼吸。

 そしてベッドから足をおろして立ち上がった。


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