3話 魔力暴走
学院で大変な目にあったと、ぐったりしながら帰ってきたら、アルが家までやってきた。
学院帰りに寄ったのか制服のままだ。
「おい、アリス。お前、いつからバクスター叔父上の婚約者になったのだ?」
お〜やぁ? だいぶ前に似たセリフ聞いたかもしれないなぁ。あの時はセレス様相手だったが……
ちょっと遠い目をして答える。
「ああ、あれか。私がバクスター様にはめられたのよ」
怪訝な表情のアルに向かって疲れたように話し始める。
学院で魔力適性なしだが魔石研究科に所属することになること。
私の体質や血液と魔石の関係性を調べるためだということ。
私と話しをしている時に扉で様子を伺っている女子への牽制目的で、求婚まがいのセリフで追い払ったことなどを伝えた。
「バクスター叔父上はセレス叔父上と並んで人気のある結婚相手候補だからな。だから、滅多に社交の場に顔を出さないとも言われているし」
だよねぇ。わざわざ肉食女子に食べられにパーティーに顔出すバカはいないしね。
「今日アルを学院で見かけなかったけど、どこか行った?」
「ああ、最終学年はみな、就職先に足を運んでいる。俺の場合は王宮だ。たまたま学院長に話しがあったからこの格好だけどな」
最初、去年から通い始めたアルが今年は最終学年だ、と聞いて不思議に思ったのだ。
王族の学院通いは特殊で、初年度、つまり十五歳での入学はしない。最初の年は学院に通う生徒の査定を行うのだそうだ。自分と同年の場合は次の年から同級生として親交を深め、いずれ側近候補にする。自分より年上の場合は側近候補として王宮にスカウトする、などをして自分の周りを固めていくらしい。
要は、この三年間で側近候補を作ってこいってことなんだよね。
アルは去年学院に入学しているから、今年は最終学年になり、側近作りの最終段階に入っているということかな。
最終学年になったものは、学院卒業後の仕事の準備で大半の時間を過ごすらしい。
学院には月に何度か出るだけで、あとは仕事先の見習いみたいな感じで行ったり来たりするんだって。
実質二年間のお勉強に一年間の就職活動ってことだね。
なにせこの国は十八歳になったら成人だ。卒業と同時に成人になるので、しっかりとした生活基盤を就職活動期間で作るわけなんだって。
アルも卒業に向けて着々と地盤固めしてるみたい、みんな大変だよね。
初日は一学年生は早めに返されて、私達の一個上、二学年生は毎年実習に割り振られるらしい。
つまり、バクスター様のお部屋付近にいたのは二学年生ということになる。一番うるさい学年だ。
んー、絡まれたらどうしようかな。あ、バクスター様のとこに一緒に行ってみるのもいいかな、的がブレるから妬みとかなくなるかも。とりあえず何とかなりそ、困ったらアルに泣きつこっと。
家に戻って晩ご飯を食べながらセレス様に毎日、今日の出来事を教えてあげる。話しに夢中になって手が止まると注意されるが、周りのみんなもニコニコしながら話しを聞いてくれる。
ルークは別のお宅へ執事修行で出されているので、話しを聞いてもらえないのがちょっと残念。
お風呂にでも行こうかな、と思って歩いてると廊下でランドルフさんから呼び止められる。何ごとかと振り返ると優しい目をしてお礼を言われた。
「アリスさんがこちらで生活してくれるようになって屋敷がとても華やかになりました。セレス様の雰囲気も非常に柔らかく、働いている私達も毎日が楽しみの連続です。願うならこのままずっとこちらに、と考えてしまいます」
うーん、私も皆さんにお世話されるのは楽だと思うんだけどね。
セレス様に恋人できたらそうもいかないでしょ。すっかり忘れてたけど、また恋人探し始めないとね。
私は曖昧な笑顔で「学生の三年間はお世話になるつもりです。よろしくお願いしますね」とだけ伝えた。
二日目、教室に着いたら昨日話した女の子がいた。同じ教室だったんだ、挨拶して名前を尋ねたら、マール様といってエイキム領の子なんだそうだ。とっても白い肌してるの。
去年入学する予定だったが、手続きが遅れて今年入学になったというお話し。
とっても上品な仕草の子で、銀の髪を優雅にかきあげる姿なんか、私も惚れてしまいそうですな、ぐふふ。
コースは魔石研究なんだって。一緒に授業受けれるし、仲良しになれそうな予感。
お昼を一緒に食べて研究科に移動する時には他愛ないおしゃべり、学生時代ってこんな楽しいんだ。友達百人目指して頑張ろう。
魔石研究科では、二年間かけて魔石を変化させる呪文を覚える。
学院在学中に才能を見込まれた人はバクスター先生の補佐で学院で研究する人、別の研究所で魔石を生活や道具に組み込んで使える方法を探したりする人などもいる。
初歩の呪文さえマスターすれば地方に戻って領民のための魔石屋を開いたり、と就職先には苦労しない。
火、水、風、土この四つが初歩の呪文だ。
次の段階に進むと、筋力強化、通信、植物育成の呪文を学ぶ。この上級魔法を修得できるのはごく一部の優秀な生徒だけだ。なかなか越えられない壁があり、それができる者だけが、研究員としての将来を保証されるのだ。
ちなみに、呪文を覚えて魔石に変化させることができる人のことを『魔呪師』と呼ばれるらしい。知らんかったけど。
特殊なものとしては癒しの魔石を作る呪文もあるのだが、これは神殿に入ったもののみに伝えられるらしい。
魔力の強さによって魔石の大きさが違ってくるのだが、私が村で狩っていた魔物が持っているもので直径が二センチ以下のものは使い捨てになる。
五センチくらいのものだと何回か繰り返し魔力を入れられる。
私が身につけている護りのペンダントに組み込んでいる魔石は一番大きいので握りこぶし大だから、相当強い魔物から採った石と考えられる。
周りに風の魔石を散りばめているので、重さがほとんどないのも工夫されていることなどもわかった。
へぇ、こうやって講義を聴くだけでも自分のためになるかも。魔石の特性を知っていればどんな時に何を使うか、とか考えて事前準備もできる。
私が持っているアクセサリーを授業で見ながら勉強するところなんか、結構自分がお役立ちアイテムになった気分だ。
実習できないから肩身が狭かったのだが、ちょっとでも研究に協力できてると思うと気が楽になる。
今日は魔力暴走についての実習だ。
今までは食物連鎖の過程で起きると言われでいたが、赤い魔石の出現で人為的に暴走させることもできるのがわかったので、さらなる研究が始まるらしい。
そのためなのか、二学年と協同での公開実験で、かなりの人数が研究科に詰めている状態だ。何だか暑苦しいよぅ……
赤い魔石はアドラーから押収したものを細かく削って使う。セレス様が森で処理する際に今後のために小さな塊にして何個か持ち帰ったもののようだ。
魔物はネズミ程度、暴走を止める神殿の水を用意して、厳重に保護された透明な箱の中で実験する。
私はマールと一緒にネズミが見られる場所を探して二人で座った。マールも熱心なお勉強家なので、メモ帳片手に多少興奮しているようだ。私は……マールにお任せだな。
時間が経つと体内から魔力が抜けて元に戻ることも最近解明されたらしく、放置で済む話しに多少安心感があった。仮に私がロックオンされても、時間内逃げ切れば赤い目から解放されることになるわけだ。鬼ごっこやかくれんぼと同じと考えればパニックにならずに済む。ただし命のやりとりがあるが。
「さあ始めるよ〜、女の子達は下がってね〜」
バクスター先生が赤い魔石のかけらをネズミの側に置いた。
どういう反応を示すか私も気になる。何せ赤い目にラブコールされる常連としては、しっかりと把握しておきたいところだわ。
匂いを嗅いで魔石をかじったら赤い目に変化した。箱の中で狂ったように自分の体を打ち付ける。少し放置して魔力が抜けるのを待つ。今回もそこまでの経過観察するのがシナリオになっている。
遠目に見ていた私と一瞬目を合わせたネズミは、ようやく収まりかけてたその魔力をまた活性化させて私に襲いかかろうとする。
幸いにして箱が邪魔して私までたどり着かないようになっているが、ロックオンされている私は恐怖のあまり動けないでいた。
異常に気づいた女の子達はキャーキャー騒いで立ち上がったりで一時騒然となり、このままでは大変になるかも、というところで、バクスター先生が神殿の水をネズミに振りかけてこと無きを得た。
「あー、アリスちゃん。君、ペンダント下げてる?」
「え?」
首元に手をやると空振りした。慌てて下に落ちてないか探す。
するとマールが申し訳なさそうに、
「アリス、ごめんね。私がペンダントを直前まで見せてもらってたじゃない? 実験が始まるのに浮かれて返し忘れてたの」
「そうだったよね、私もすっかり忘れてたし。バクスター先生、すみません。つけ忘れてたみたいです」
バクスター先生は「やっぱりね」とか「そうすると」などぶつぶつ言いながら自分の部屋へ戻るような素ぶりだ。
周りの助手の方々が
「今日はここまで。後日レポート提出あるのでまとめておくように」
と言いながら慌てて後片付けを始める。
私はマールから受け取ったペンダントを首にかけ、赤い目の恐怖が去ったことに安心のため息をついた。
マールが背中をさすってくれたので、微笑み返してお礼を言う。
赤い魔石はもう出てこないはずなので、私が襲われることもないのだが、漠然とした不安を胸に抱え、研究科を後にした。




