32話 私は大丈夫
「ねえセレス様、私はもう大丈夫ですから少し別行動しませんか? 何なら私馬車へ行きますよ?」
「いいから黙りなさい。君の場合、ちょっとでも目を離すと居なくなるので、王都までは私と一緒だ」
私の消え方があまりに唐突だったので、どのような状況に陥ったのか、根掘り葉掘りやたらと聞かれた。
だけど、こちらも一瞬のことだったので、本当に答えようがないの、ごめんなさい。
とりあえず、気がついた時に目の前にいたモーリス様から顔を舐められたことくらいかなって思って報告した。
それを聞いたリアン様は無言でハンカチを取り出し、消毒液まみれにしたかと思うと、おもむろにセレス様に手渡した。
セレス様も無言で受け取り、私の顔が削れるかも、というくらいゴシゴシ拭きまくる。
痛すぎて半分涙目になったが、心配かけた分文句を言うわけにもいかず、黙って受け入れることにした。
腕の傷口も血を舐められたのだが、そこは本当の治療だけしてもらわないと。傷口をゴシゴシこすられるなんて絶対嫌だ。うん、これは口が裂けてもうちあけられない。
ひと通り私の治療と聞き取り調査が終わったら、問答無用でお風呂へ放り込まれた。
文字通り『放り込まれ』たのだ。
クロエさん達侍女連は、私のお土産と一緒に早ばやと旅立ってしまっていて、残っていたのが、今回の救出劇に参加してくれた護衛のみなさん、リアン様とセレス様しかいなかった。
当然、私の世話はリアン様とセレス様が担当となると、気遣いなど無用とばかりの扱いになる。
モーリス様に舐められた話しをしてから急激な機嫌の低下に、不満を隠しつつも、言いつけに従った。
いわゆる『さわらぬ魔王にたたりなし』ってやつですよ。
まあ、お風呂は大好きだから良しとしよう。
お風呂タイムを充分堪能したら、ゆっくりする暇もなく、帰り仕度を整えられ、さっさと馬に乗せられて、先ほどの会話に至る、というところだ。
しかも乗ってる場所がまたすごい。
セレス様の前にちょこんと座りマントの中にすっぽりとくるまれて、両腕で支えられているのだ。
おくるみの赤ちゃん? もしくは蚕?
移動中も時々私をぎゅっと抱きしめ直すことがあるのだが、セレス様もそれで自分の精神安定を保っているようだったので、されるがままで道中を進む。
「一度休憩を入れましょう」
リアン様がセレス様を連れ出して、何やら話し合っている。
私は、モブ護衛さんに淹れてもらったお茶をいただきながら、ひと息いれた。
休憩所から王都までは、セレス様からの拘束がびっくりする程緩くなった。さっきリアン様に何か言われたかな?
でも、緩くなってみて寂しく感じてしまった自分がいることに一瞬戸惑ったが、気のせいだと思うことにした。
ヴォルフやルークがいないせいなんだろな、きっと。
王都に戻ると、みなさんの安堵の笑顔で迎えられた。
一番に抱きついて来たのはクロエさん。
大泣きで大変でした。マーサよりだいぶ若いけどお母さんみたいな歳だからね、私を娘みたいに思ってくれてたみたいなの。ご心配かけました。
アルは呆れながら「問題児」と一言。
おんやぁ? 脱走実績を積みあげた君に言われたくないがな。
王夫妻まで入り口に迎えに来てくれて、ユーリ妃は私の両手をぎゅっと握り、胸に抱え込んで頭を撫でてくれ、王様は「また一緒にお茶飲むよ」と声を掛けてくれた。
みんなの変わらない態度に、逆に私が恐縮する。短期間しか一緒にいなかったのに、愛されてるなぁ、と感じるひと時だった。
モーリス様のいなくなったアドラー領は後継者問題でこれから大変になるだろうと思っていたら、意外と簡単に片付いた。
アルの側近のカミュさんが異例の大抜擢でアドラーに赴任することになったのだ。一応領主代行という名目だが、実績を積んで何年か後に領主に着任予定とのことだった。
この国の領主は世襲制ではなく、領地の運営と経営才能、王様からの承認があれば誰でも着任することができるらしい。
スキャンダルのあった領地など、貴族でも敬遠されがちで他領から立候補者があがらなかったのと、モーリス様が経営上手だったことも後任のなり手がいない原因となった。
あれだけ発展した経済状況を維持する自信があるものがほとんどいなく、発展にかげりが出ればその責任を問われるだろうと多くの人達が辞退した。
保身第一主義の貴族社会の中で、経歴に汚点がつくことは死活問題ということもあって、一か八かの勝負に手を出す人は誰もいないのだ。
その窮地を救ったのがカミュさんだ。
若いので、ある程度のリスクを背負えるのと、アルの側近の経験から王のためという責任感もある。なり手のいない領主探しに困っている王を見過ごせなかったらしく、立候補してくれたようだ。
代行という名目であれば、経営が無理と思った時点で別の人と交代することもできることになった。
アドラーには、結婚してミラさんも連れて行くそうだ。うちの支店にはデールさんもいるので、新しい生活での不安も少しは解消されるだろう。
デールさんはいずれ王都に呼び戻そうと考えていたが、いっそのこと、向こうの店丸ごと面倒みてもらうことにしようかなと改めて考えた。
ルイライにはイートインの店を任せて、三人でアドラーの二店を切り盛りしてもらうのが私の構想だ。
ミラさんが領主夫人としてやっていくのに妾の方々との嫁姑的な問題が出ないかを心配して、ちょうどお二人が揃っているところに会いに行った。
モーリス様の妾の方々はみな、借金のかたに泣く泣くアドラーに来た人達だったらしいので、実家に帰りたい方は返して、帰らない方は引き続きアドラーで生活していただくことになったようだ。
みなさん協力的な方々ばかりらしく、領主夫人として貴族社会でも生きていけるように教育してくれるとのことだった。二人とも気持ちを固めたようで、目がキラキラしていた。
これからのアドラーはカミュさんとミラさん夫婦にかかっている。妾連合のみなさんにも支えられながら明るい未来に向かって頑張って欲しいな。
バクスター様には、後日お礼のための面会申請をした。あの魔法の水がなければ、今私は生きていなかったかも知れない。感謝の気持ちを伝えたら、
「まさか使うことになるとはねぇ、あれって神殿の水だよ。赤い魔石に効果あったから、赤い目にも効くかなって。ただ赤い目なんて普通なら会わないからさ、使うことないと思ったんだけど」
セレス様がバクスター様から聖水を渡されてた話しは聞いたが、私が持ってるのもそうだったのか。
「なんの気なしに持たせて正解だったね、さすが僕。えらいえらい」
……何か感謝の気持ちが半減するのは気のせいかしら?
気を取り直してヴォルフが完治したらまた遊びに来る旨を伝え、お礼を言いながら手を振って退室した。
赤い目の騒動もモーリス様の襲撃の一環だったという結果が出たので、久しぶりに街の家に帰ってきた。
お店の運営も私がいなかった時期もうまく回っていたようで、だいぶ私の手を離れたように感じた。オーナーとして確立した存在になるのも遠くないね。
次の日の朝、ずいぶん早くに目が覚めたので、散歩に出かけることにした。
ぶらぶらと歩くうちに、例の高台がある丘にやってきた。
「なぜ君がここに?」
あれ? 前にも聞いたセリフなんですけど……
見晴らし台にいたのはセレス様だった。向こうもびっくりしたような顔をしている。
「またここで会いましたね、時間が戻ったかと思いましたよ」
「確かに」
「「気分転換にもなるしな」」
二人で同時にそういって、顔を見合わせてくすり、と笑った。
セレス様が見晴らし台から降りてきて私の頭を撫でてくれる。撫でてくれる手のひらにずいぶんと慣れたのか、とても気持ちいい。
ゆるい風にあおられてセレス様の髪を留めている赤い紐が微かに揺れている。
「今回死ぬかと思ったけど大丈夫でしたよ。前にも言ったでしょ? 私は大丈夫って」
今度は私が見晴らし台に登り、街を一望して深呼吸する。
「そうだな、君は思った以上にしぶとい」
セレス様が呆れたような、それでいて楽しそうな顔をして答える。
私はくるりと振り返り、風でなびく髪の毛を右手で軽くかきあげニッコリ笑う。
「ですから、これからもよろしくお願いしますね」
そう言いながらセレス様に向かって大きくジャンプした。
第一部 完
第1部最終話につき一時完結扱いにさせていただきます。第2部は少し時間おいて再開します。詳しくは活動報告にてご連絡したいと思います。今後ともよろしくお願いします。




