29話 修学旅行はアドラーだ
「全く君という人間は、護符の根回しより先にやることがあるだろう?」
例によって眉間に親指をあてグリグリとするセレス様を前に、小さくなっている私です。
上目遣いで見ると「ふん」と鼻息を荒くして、
「まず、王都から出かける許可を取ってからではないのか?しかも、護符用の魔石も国の資産だ。それを個人用に使えるかどうかの問い合わせも受けていない」
あら、言われてみれば個人が使っていいレベルの量ではなかったかも。うわぁ、申し訳ない。頭を抱えて後悔したが、あとの祭りだ。
「まあ、ユーリ様を担ぎ出した時点で君の勝ちだったな。兄上達はユーリ様の言うことには絶対服従の姿勢だし。上手く根回ししたものだ」
「はあ、恐れ入ります」
「恐れ入るのはこっちだ。アドラーには同行するので、出かけられる様になるまで大人しくしているように」
おや、私から頼む前に同行するとか言ってくれるなんて、ずいぶん風向きが変わったわね。すんなり受け入れられたのに、なぜか腑に落ちない。
問い詰めてみると、セレス様的にアドラー領の内情を視察したいのだそうだ。
なぁんだ、下心ありじゃないかっ!
……人のこと言えないけどさ。
とりあえず利害は一致したのでここは良しとしよう。
それから程なくしてアドラーから出店の準備が整った、という連絡か入った。
開店日は私が支店に顔を出せる日に決まった。
既にデールさんとルイライはアドラー入りの準備をしてもらってる。開店の二日前にお店に行ってもらえば良いという手はずになっているので、それぞれ家族や知り合いとの親睦を深めて今はゆっくり休んでもらってる状態だ。支店がオープンしたら戦争みたいな仕事量になると思うからね、今はリラックスして当日は張り切ってもらわないと。
王都には新しく職人ギルドから大人が二人来てくれたので、こちらの引き継ぎも問題なしだ。
ルークにも会いに行った。初めての旅行なので、心配するかなと思ってたけど「セレス様に迷惑かけるな」と言われた。私よりセレス様かいっ!
最近は下働きをしている娘さんを気に入ってるみたいなんだよね、付き合ったりするのかな。私の知らないルークがそこにいるみたい。
ちょっとだけ寂しくなって、ぎゅっと抱きついたら軽く笑って頭を撫でてくれた。
やっぱり安心するなぁ、もう少しだけ私のお兄ちゃんでいて。
出立を三日後に控え、最終調整でペンダントには王様直々に魔力を込めてもらった。
アクセサリーの他にバクスター様が小さな瓶をひとつくれた。これは頼んでないよ?
首を傾げながらそれを見てたら、
「これは魔法のお水〜。本気で襲われそうになったら使ってね。まぁ、持って帰ってくるのが当たり前なんだけど」
軽くウィンクしながら手渡してくれた。
申し訳なく思っていると「セレスに魔石の大きいのを要求したから平気〜」と言われた。
あらそうなのねぇ。
スカートの切り替えの部分に引っかけるように作られてるみたい。面白い作りだわ。
修学旅行前に同級生がキャッキャ言ってた意味がようやくわかった。こんな些細なことでこんなにワクワクできるなんて思いもしなかったよ。
ある意味、これが私の本当の修学旅行だ。
アリスの人生万歳!
さて、出発日当日となりました。
王宮のみんなが見送りに顔を出してくれてる。
今回はクロエさん達侍女連の皆さんも同行してくれるので、移動が結構大掛かりなのだ。最初に人数を聞いた時、引いちゃうくらいの感じだったのだが、お嬢様な方々はもっと大掛かりな支度をするらしい。私は質素なんだそうだ。
アルはお留守番。少し前から通い始めた学院があるので、長期休暇は難しいらしい。お土産買ってくるよ、と励ましたら、騒ぎを起こさないのがお土産だと言われた。失礼ね。
セレス様はバクスター様と何やら細々と話しをしている。魔石のことだよね、迷惑かけます。
ひと通りみんなへの挨拶が終わったので、いざ出発!
あれぇ。目の前には、素敵な馬車がっ!
忘れてた。あの苦悩の連続、脳のシェイクにまた耐える日々がやってこようとは。
負けられない闘いが目の前にある。
私は拳を握りしめ、馬車に乗り込んだ。
……半刻もしないうちに根をあげたのは言うまでもない。
*******************
やって来ましたアドラーに!
なんて素敵なんでしょう。気候も景色も問題なし。あなたが住みたい場所アンケートで一番をとるくらいいいとこだわぁ。
この数日間の地獄を耐え抜いたご褒美が目の前に広がっているよ。
アドラー滞在中はモーリス様の別邸をお借りする予定だ。期間は次の安息日まで。明日がオープンなので、プラス二日はお店の動きを見ながらお手伝いをする。
残りは観光だ。
最初の日は東寄りの湖で景色を見ながらピクニック。
次の日は農家の畑を見に行くつもり。実は私、畑の作物やら酪農はテレビでしか見た事がない。
日本人だった頃は口に入れば野菜だろうがサプリだろうが、気にしない人間だったから、実際に野菜が収穫されたり、牛が動いている現場をみたくなったのだ。
農業見学を希望した時はみんなにびっくりされたが、モーリス様は優しく笑って「すぐに手配しますよ」と言ってくれた。
そして最終日はユフローネ山脈の入り口近くの観光をする。
避暑地としても栄えているので、ちょっとした街並みになっているらしい。
そんな場所ならばワゴンで商売するのもいいかもね。検討材料にしようかな。
オープン当日、開店前から並んでいる人もいるみたい。すごい人気だね。
王都でなかなかお店に注文できなかった人達が並んで待ってくれてるようだ。
確かに王都のお店の場合、領主やそのお嬢様を優先するような商売ばかりだったからね。士官クラスの若者達にはちょっと敷居が高かったりしたかな?
最近はミラさんのワゴン販売で、リーズナブルに購入できていると思ったのだが……
ワゴンだと下町感が出ちゃうからね、庶民は購入しやすいけど中流階級には行きづらいのもあるか。
中流階級用に新しい店舗が必要かもね。これも検討しよう。
並んでる人達の話しを聞くと、美容液を求めるお客さんも多いらしい。さすが、女性の美に対する熱意は半端ないね。
お店に出してる分で足りなかったら受注生産になるねぇ、少しずつ作る量を増やしていかなきゃ。商売繁昌で嬉しい悲鳴だわ。
支店の商売は思った以上の繁昌をみせた。
初日の混雑からはだいぶ落ち着いたが、三日間のお手伝いでもまだまだお客さんの勢いが止まらない感じ。
デールさん達には申し訳ないが、寝る間を惜しんであと少し頑張ってもらおう。
ごめんね、ブラック企業になってます、完全に。
支店のお手伝いに後ろ髪を引かれつつ、次の日からは観光へと走ってしまった。人でなしと呼んでくれ、あたしゃ観光メインで来てんだよ。
湖のほとりでの昼食は最高の味だった。
セレス様にこの湖は泳げるのか聞いたら、湖は観るところで泳ぐ場所ではないと言われた。
しょうがないので、ドレスをたくし上げて湖に走りかけたら、もの凄い顔で怒られた。
湖に何が潜んでいるかわからないし、ドレスが水を吸ったら大変な重さになるらしい。すぐに対処できる場所ではないので近づくな、とのお説教でした。
その日、帰るまでセレス様の怒りが収まらなかったので、数字のカードゲームでご機嫌をとることにした。一から五までの二枚ずつで簡易神経衰弱もどきを作ってみた。
数字大好き人間なのですぐに機嫌が直ったが、おかげでセレス様が満足するまで付き合わされた。
お説教をくらうわ、ご機嫌とりに付き合わされるわ、本当に散々なピクニックで一日目の観光は終わった。
次回30話はまたまたお食事時には、あまりよろしくないような表現が含まれますので、時間にご注意してお読みくださいね〜




