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22話 社交の準備は突然に

「……ス、アリス。起きなさい。アリス」

「ん〜もうちょっとゴロゴロ〜」


 ん? ヴォルフと何か抱き心地が? 匂いが違う?

 ゆっくりと覚醒して目を開けたら、セレス様に抱きついていた。


「ぎょえーーー!」


 抱きつかれたセレス様は、眉をひそめて「静かにしなさい」と言いながら、優しくソファに降ろしてくれた。


「だいたいその声は淑女が出すような声ではなく……」


 お小言が始まり、私は身を小さくして聞き流す。馬上で寝てしまったので、抱き抱えて運んでくれたようだ。

 朝食の準備を知らせに来てくれたランドルフさんによって中断されるまで、ガッツリとお説教をくらい、ちょっと心が折れかけました。

 フラフラと食堂に入り、ルークと目があった。ルークは微笑んで、声には出さずに口元だけで「安心したよ」と言っている。私もニッコリしながら大きく頷いた。



 食事が終わってお茶を飲んでいる時にリアン様がやってきた。私達を眺め「落ち着いたようですね」と言ってセレス様の出かける準備に入った。


 馬車の中で、もうすぐ始まる社交について、ざっくりとお話しを受けた。


 前回お披露目したことから、有力貴族主催パーティーへの参加が多くなるとのこと。確実なところは、三領主と王家だ。案内状は全て後見人のセレス様の元に届くようにしてるので、必ずセレス様の同伴で参加するようになる。

 その他、お茶会の招待もあるはずだが、安易に受けないこと。派閥争いに巻き込まれるらしい。これも厳選するので、セレス様かリアン様の許可が下りたものだけに参加するようにとのこと。


 何か聞いてるだけで面倒臭くなってきた。お貴族様って毎年こんなことやってんのね。


「あの……直前で仮病を使うっていうのは……」


 二人に無言で凄まれた。その黒い笑顔、久しぶりに見ましたよ、辞めときます。

 ふと外を見ると、既に王宮近くまで来ている。はて、今日は王宮には縁がない日だったが?


「すみません、今日は王宮に用事がないので、お店に戻らないといけないのですけれど」

「大丈夫です。店には私の方から使いを出して、アリスは王宮にしばらく通うように伝えています。初日の今日は一日王宮に詰めることになりそうですので」


 しれっとしてリアン様が答える。

 王宮に通う? 初日? 何じゃそりゃ?

 馬車から降りたら、クロエさん達がお出迎えだった。

 ぎょっとしてリアン様を見ると、とてもいい笑顔で「いってらっしゃい」と手を振られた。

 クロエさんに手を引かれてお部屋の扉が閉まると、モリーさんがメジャー、ソフィアさんがブラシを持って小走りに寄ってくる。


「みなさん、時間がありませんが、出来るだけ細かいところまで調整しますよ」

「「「「はい」」」」


 クロエさんの号令で、部屋中の侍女が一斉に動き始める。ああ、ドレスが必要なのね……

 私は、例の呪文を繰り返し唱えることにした。私はお人形、私はお人形……


 三着目の仮縫いを済ませて、少し休憩を取れることになった。お願いしてセレス様に会えるように手配してもらう。

 執務室に行って不満をぶちまけようと思ったからだ。



「セレス様! 前もって言ってくれないと! 立ちっぱなしで腰痛いですっ!」


 口を尖らせながらお部屋に入ると、そこにはフィリップ王子が一緒にいた。

 王子は私の顔を見ると噴き出して笑った。


「アリスさん、ずいぶんと理不尽な扱いをされているようですね。ドレスの仮縫いだそうで、女性には楽しい作業ではないのですか?」

「そりゃ、一着ずつアイディアから徐々に創り上げていくのでしたらね、私も嬉しいですよ。私だってこうして欲しい、ああしたらどうか、とか話しながらの作業って楽しいですもん。でもこんなに一気に仮縫いやら試着やらをこなすなんて、修行以外の何物でもありません!」


 再び腹を抱えて笑い始める王子、セレス様は厄介なものを見るような目をして私を見る。


「何をそんなに荒れることがあるのだ? 必要なのだから仕方ないことだろう」

「セレスティアル殿、それは女心を無視した言い方だよ」


 まだ笑いが収まらない王子がセレス様をたしなめる。が、ところどころに笑いが交じるので、注意してるように感じない。

  ダメじゃん! もっとしっかり言ってあげて!

 私がセレス様に抗議しようとした時、扉をノックする音。


「アリス様、そろそろ続きのお時間です」


 容赦ないクロエさんの声に、悲壮な表情を浮かべてセレス様を見遣る。

 セレス様は真面目な顔で頷いて「早く行きなさい」と促してくるが、王子はまた爆笑し始める。

 ……気分はドナドナ……


 諦めて扉に向かう私に、今日で終わらないようなら泊まりの手配をとる、と言われたが、丁重にお断りした。

 結局終わらなかったが、明日も来ることにして、無理矢理帰ってきた。

 疲れたから早めに寝るよ。おやすみなさい。



 次の日、重い体を引きずってやってきました王宮へ。

 みなさんの頑張りもあって、お昼過ぎには目処がついたようだった。あとは十日くらいしてからお直しに取り掛かるらしい。それまではちょいちょい確認で話しを聞く程度だって。ほっと一息。



 フィリップ王子から連絡が入り、孤児院の塾準備について話しがあると言われ、執務室にお邪魔することにした。

 お部屋に通されると今度はセレス様が居た。


「アリスさん、呼び出して申し訳ないね。一応、石板二十枚、石筆も用意しました。算盤は十台です。不足があると思うが、最初の段階なので、徐々に教材は増やした方が良いと思ったのでね」

「ありがとうございます。こんなにたくさん揃えていただけるなんて」


 思った以上の数に驚きを隠せない。特に算盤は二、三台だと考えていたから。職人さんが頑張ってくれたんだろう。感謝です。


 読み書きの先生は孤児院管理のおばちゃん二人だ。初歩の計算を教える人は、結婚して王宮の侍女を引退した人のうちから、二人受けてくれた。

 算盤は私が先生を務める。読み書きと計算の先生役の四人も、子供達と一緒に覚えることに決まった。

 孤児院での勉強時間は、仕事始まりの鐘からお昼までに決めた。

 お手伝いがある子は昼過ぎから出来るように、王子から街の人々へ通達を出してくれるそうだ。

 お昼前にお手伝いがある子は、お手伝い完了のサインを持ってくればポイントになるように設定した。


「この話しをアニーにもしたら、興味を示してくれてね。社交の季節も早めに王都に来ることにしたらしいよ。アリスさんにも引き合わせたいので、その時が来たらまた連絡します」


 アニー様が頻繁に孤児院に顔を出してくれれば、富豪や商人達も子供の塾通いに協力的になってくれそうだ。なるべく時間を作ってもらうようにお願いしたいな。


「ところで、ドレスの仮縫いは無事終わりましたか?」


 王子がセレス様をチラ見しながら私に問いかける。もう笑ってるよ、この人。

 こんなに笑い上戸だなんて知らなかった。まあ、それ程深い付き合いはなかったからだけどさ。


「はい、あとは十日後ですかね、微調整があるみたいです」

「そうですか。社交の季節が始まると、王家のパーティーが一番初めですから、その三日前には泊まりの覚悟を決めた方がいいですよ?」


 首を傾げてなぜかと問うと、若いお嬢さん達は、ドレスの調整や肌の手入れ、情報収集などで、前もって領主の館に泊まり込むらしい。私の場合、ドレスの調整やらは王宮で行っているので、必然的に王宮泊まり込みになるだろうと。

 何だよその事前情報。当日聞かされるより良かったけど。


「私はリアンに任せているからな、詳しい話しはクロエとリアンにしなさい」

「んもうっ、後見人としてもう少し協力してくれませんかっ!」

「パーティーで笑顔を貼り付けるだけでも充分協力的だと思うぞ。私がいなければ営業も出来まい」

「ぐぬぬ……」


 確かにセレス様と一緒だと領主やお嬢さん達の受けがいいからね。言い返せないまま拳を握っていると、またも王子の爆笑声が部屋に響いた。

 そこ、笑うとこじゃないから。


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