21話 いたずらの代償
今日は王宮に来ている。
アルに借りていた本を返すことと、セレス様の会計隊の進捗状況の確認。ついでに従業員増加にともなう借金の申し込みだ。
面接予約は取り付けているので、時間になったら部屋に入ってもいいと思うのだけれど。
セレス様のお部屋、声かけても返事がないのよね。ちらっと覗いてみるかなぁ。
セレス様発見。椅子に座って腕なんか組んじゃって深刻な顔してる。リアン様はいないのね。お邪魔しまーす。
「セレス様、約束のお時間ですのにお返事が……」
と言ったところで、寝てるみたいだわ。もう、眉間に皺寄せて真剣に考えてるかと思ったじゃないの。
そっと側に寄ってマジマジとセレス様のお顔を拝ませてもらうわ。うわっ、さすがに綺麗な顔してるわぁ。
まつ毛長っ……髪なんかサラサラで腰まで届きそうじゃないの。三つ編みしたくなる長さよね、これって。この皺さえ作らなければ……
と思いながらそっと眉間に人差し指を突き出した。
次の瞬間、ぐいっと腕を捻られて机にダンッと押し付けられ、あげく、喉元を押さえられて身動きの取れない状態になってしまった。
あまり突然の動きに「ひっ……」と目をむきながら、されるがままになる。
丁度リアン様が執務室に戻られたと同時の出来事で、その時に掛けられた言葉がなぜか「お邪魔でしたか?」だった。
ちょっと、何言っちゃってんの。助けなさいよ!
「いや、申し訳なかった。顔の近くで空気が動いたので反射的に動いてしまった」
「いえ、そっと近づいてしまったのが悪かったんです、むしろ謝るのは私でして……」
出されたお茶を飲みながら恐縮して話す。
なのにリアン様は、格好のネタを見つけたと言わんばかりに私達に突っ込む。
「いやぁ、私はいつの間にお二人がそれほどの親密な関係になったのかと、驚きと嬉しさが込み上げましたよ」
「「なってない!」」
セレス様と私が、同時にリアン様に言い返す。リアン様はクスクスと笑いながら散らばった書類を整理し始めた。
「それで、今日は追加従業員のための借金の申し込みと聞いていたが?」
本題に入り、私は従業員を増やすことになった経緯と社交の季節に販売する予定のチーズタルトの売り上げ予測、更に美容液の試作と販売予定をプレゼンし、借金のお願いをした。
「女性の美容に対する熱意は普遍です。一つを提示したら爆発的に売れるものだとおもってます。そうなれば、投資した分も早いうちに回収可能かと」
「ふむ、投資は約束しよう。しかし、君も女性の懐を緩めるのが上手いものだ。美容関係は確かに女性にはとてもいい買い物になるだろう。これだけあざとい商売ができるとはな。幼い見た目が損をしている、非常に残念だ」
んー? それって私、軽くディスられてないかい?
「褒め言葉と捉えておきますよ。ところで算盤と帳簿の進捗状況はどのようになっていますか。ちょっと気になったものですから」
「ああ、一つ解らないところがあって……」
書類と算盤を出してお互いに数字を覗き込む姿勢をとる。隣に居たために肩が触れそうになった。
びくっとした。先ほどの抵抗を赦さない力強さを思い出し、身がすくむ。目をきつくつむり深呼吸して気を引き締めたら、うん平気。
何事もなかったように質問に答え、軽く解説してから執務室を退出した。
扉が閉まると同時に深くため息をつく。前の人生でも、男性とのお付き合い経験は、軽く手を繋いだくらいしかなく、手荒く扱われたことなんて皆無だ。
自分が知っているセレス様という人間の、知らない一面を垣間見たようで、初めて男女の差を思い知った気分だった。
軽く両頬を叩き、気合いを入れ直してアルの部屋へ向かう。
「アル、この間の本ありがとう。すごく面白かったよ。地理や歴史がわかりやすかった。また何か貸してね」
お部屋に通された私は、お礼を言いながらアルに本を手渡した。
「おう、今日も何か持っていくか?」
受け取るアルと指先が当たった。びくっとして本を手放してしまう。やだ、何だろ、アルもちょっと恐く感じる。取り落とした本を拾ってアルに渡した。動揺を悟られないようにニッコリ笑ってみたが、上手く笑えてるか自信がない。アルが怪訝な顔をしてるが、取り繕う余裕もない。
とりあえず本を借りるのはまた今度、と辞退して慌てて部屋を出た。
早々に店に戻って、デールさんに店を任せて自分の部屋へと引っ込んだ。ヴォルフはお出かけしてる。
ベッドの上に膝を抱えて丸くなりながら、ため息をついた。
どうしよう……アルも恐かった。男の人が側にいるのが恐いのかな。デールさんは平気なのに。ルイライコンビとかでも平気か試してみないと。
少し時間を空けて、ルイだけと話してみた。問題なし。ライだけとも話した。これも大丈夫。
よかった。店の運営には問題ない。あとはルークに会ってこよう。大丈夫なら相談しなきゃ。
セレス様宅へ出向いて、ルークに時間を作ってもらった。
「ごめんね、急に呼び出して」
「ランドルフさんにお願いしたから平気さ。何かあったか?」
ルークが心配して頭を撫でてくれた。自然な動作だったので、抵抗なく受け入れられた。
ほっとして、セレス様の部屋で起きたこと、アルが恐かったことを話した。
それを聞いたルークが「んー、あのなぁ」と頭を掻きながら話しだす。
「お前がセレスティアル様とアルフレッド様を男として認識したってことだ。お二人とも武人だろ? 力で周りを抑えることができるし、威圧をだせる。無意識に威圧を感じたってことじゃないか」
「でも、抑えられたら抵抗できないよね。恐いよ」
私が不安そうにルークにすがって呟くと、
「お前がそういうことしたからだろ。武人は普段から訓練してるし、まして、お二人は王族だ。小さい時から身を守る訓練はされている。眉間なんて急所だぞ。危険を察知するのは当たり前のことだ」
「そこは私も迂闊だったと反省してるわよ。でも身構えちゃいそうで恐い……」
呆れ顔のルーク。もう一度私の頭を撫でて、諭すように話してくれる。
「あのな、何も自分が弱いからって引け目を感じることはない。むしろ、守ってもらえる人が常に側に居てくれるって考えてみろ。安心して自分を預けられると思うぞ? 俺もお二人なら安心だ」
「……うん、頑張ってみる」
ルークと別れ、家に戻るとヴォルフも帰っていた。ヴォルフに抱きつき、ベッドでゴロゴロしてるうちに眠ってしまったようだった。
翌朝、かなり早くに目覚めてしまった。しょうがないので散歩に出るかと思い立ち、前にアルに連れて行ってもらった丘まで歩くことにした。
まだ薄暗かったが運動した分、気分がいい。思いっきり伸びをしながら周りを見ると、馬が一頭繋がれている。誰かいる?
「なぜ君がここに?」
見晴らし台にいたのはセレス様だった。向こうもびっくりしたような顔をしている。
「早く目覚めたので、散歩がてら来ました。ここはアルが教えてくれたんです。街が一望できるって」
「そうか、アルフレッドか。ここは自分を見直すには丁度いい。気分転換にもなるしな」
ひとしきり街を見ていたセレス様がおもむろに「私が恐いか?」と聞く。どきっとしたが深呼吸して答えた。
「はい、恐いです。ですが、昨日ルークとも話して、考え方を変えてみることにしたんです。恐いのは私を周りから守ってくれる力だって」
私はセレス様に歩み寄って「これからもよろしくお願いしますね」と手を差し出した。
セレス様は私をしばらく見て、軽く微笑みながら、淑女に対する礼をとってくれた。
「承知しました、お姫様」
あれ? 握手のつもりだったのに……まぁいいか。
「そろそろ朝食の時間だ。ランドルフが煩くなる前に帰る。最近はルークまで同じように煩い。君も一緒に来るか?」
「はい、お願いします」
くすっと笑いながら丘を下りて、ふと思った。もしかして……やっぱ馬じゃ〜ん……
若干ブルーになりながら、同乗させてもらった。
あ、セレス様に触れても全然大丈夫だ。意外と馬だって乗れてるじゃん。
よかった。安心したら、なんか急に睡魔が……ダメだ、ここで寝たらダメだ。
ゆっくりとした馬の動きに深い眠りを提供してもらったらしい。馬さん、君を『揺りかご』と命名する。




