2話 新しい家族とお風呂
第一話読んでいただきありがとうございます。書きためてある分は毎日投稿できそうです。
「ただいま〜」
「おかえり。今日もしっかりと獲ってきたんだね。頑張った頑張った」
私の声に反応してマーサが一番に出迎えてくれた。私の頭を撫でながら、優しく労ってくれる。
マーサはこの家の肝っ玉母さん。目の前に連れられてきたボロ雑巾みたいな私を、びっくりしながらも嫌な顔ひとつ見せずに介抱してくれた。
「女の子が欲しかったのよ。ルークじゃなくて女の子を産んでたなら付けたい名前があったの。あなたの名前はアリスにしましょ? 素敵な娘に育てるわ〜」と。
久しぶりに人間らしい扱いをしてもらい、言葉もわからないまま涙を流し続けた時のことは、今でも胸を熱くする。私はこの瞬間に『アリス』として二度目の人生を歩むことになったのだ。
「魔石も採ったんだ。帰りに魔石屋のお婆さんのとこで火の魔力をいれてもらったの。盥をお湯にして体洗ってきてもいい?」
「構わないよ。朝から水汲みに精を出してたものね。終わったらルークにも使わせてあげとくれ」
「うん、あとで伝えとくね〜」
このゼフュール国には魔物がいる。
それを退治する騎士とかもいるらしい。
いや、退治するのは騎士とは限らないな。現にモブ村人な私も退治してるし。
そして魔法が存在するのだ。
私は今、本当に剣と魔法の世界を生きている。
一番の衝撃は魔石屋で魔法をみた時だった。
『開いた口が塞がらない』を体感してしまった。
マーサに村の中を連れまわされて、世界の不思議を目の当たりにした。
ごろっとした石にお婆さんがごにょごにょ言ったと思ったら、忽ちパァッと光って火の魔石に変わる。
……マジ驚いた。
魔法を使うには、いろいろと条件があるらしいので、残念ながら私じゃあ無理みたい。
結構期待したんだけどね……残念。
自分じゃ使えないと解ったら、利用するしかない!
すぐに火の魔力の利用を思いついて、以来、魔石屋の常連さんに名を連ねてるもんね。
何を思いついたって? 勿論お風呂でしょ!
裏の水場に行って巨大盥の準備をしてから溜めてあった水をお湯に変え、素早く入って体を温める。実はこの巨大盥も、最初の頃に私がどうしても、と我が儘を言ってヨハンおじさんに作ってもらったものだ。作ってもらうまでが大変だったけど。
この村には『水浴び』という習慣にあまり馴染みがなく、まして『お風呂』に入る、などということは考えにすらたどり着かないものだった。……衝撃受けたよ。
元日本人の私としてはここは絶対に譲れない習慣だったので、実現する為にこの世界の言葉と字を必死に学んだ。『お風呂に入りたい』という意思が伝わった時は感動のあまり涙してしまった。
頑張ったよ、私。自分を褒めてあげよう。
サバイバルといい、言葉や文字の習得といい、人間捨て身になればいくらでも力がでるものだ。お湯に浸かりながらしみじみと思う。毎日なんて贅沢言わない、せめて三日目くらいでお風呂入ろうか。
朝のうちに盥いっぱいに水を汲んでさえいれば、夕方からは幸せお風呂タイムを満喫できる。ただこの水汲み作業がとても厄介なのだ。
腕力にモノ言わせ、井戸から直接桶を引っ張り上げる姿に心が折れそうになったこと数回。お風呂に入りたい欲求が勝ったので必死になって汲み上げたもん、やりきったわ。
しかし、こう何度も折れそうになる心を立て直して水汲みに励むのにも限界がある。
何せこの体、たぶん十代前半くらいだと思うが、日本でいうところの小、中学生にあたる年頃の体力は、思った以上にすぐ尽きる。無理をし過ぎて家族に迷惑はかけられない。
最終的にはキュッと捻れば水が出る蛇口つきの水道目指して、まずは滑車を使った釣瓶式井戸に改造してもらうのだ。
「よし、決めた」
明日こそヨハンおじさんに作ってもらおう。女の子のおねだりは最強で正義だ!
今回は支柱となる木と滑車と縄があれば可動するからあまり嫌がられないはず。
滑車部分は荷車の車輪を真似た少し幅広のものにしてもらい、輪の中の部分を削りだして荒縄が嵌るようにできれば大丈夫そう。
微調整はおじさんまかせでいいよね。
「ルーク、お風呂入ってきていいよ〜。魔石狙いでツノウサギ獲ったから」
「お前、絶対風呂に入りたいために魔物獲ってくるんだな。まぁ、ほとんどヴォルフが倒してるんだろうけど」
ルークが呆れ顔をしながら呟く。
「そんなこと言うなら使わせてあげない。今じゃ結構気に入ってるくせに」
「うわ〜勘弁。水汲みも手伝うからさ、頼むよ」
「そのことでお願いなんだけど。明日ヨハンおじさんと井戸の改造を手伝って欲しいの。水汲みが楽になる魔法をかけるんだ〜」
「何だよそれ。また変なこと考えているんじゃないだろうな」
私だけが楽しそうにしていてる声を聞いて怪訝そうに眉をひそめる。
ルークはこの家の男の子。今の私よりもちょっとお兄ちゃん。
今年十五歳になったので、大工の棟梁のところからそろそろ独り立ちを勧められてる。スジがいいと褒められてるらしく、近頃やたらと先輩風をふかす。
森でおじさんと一緒に私を見つけた時には、人だと認識できず、ヴォルフにデカいコブがくっついているんだと思ったんだって。失礼な。
そしてヨハンおじさんはこの家のご主人。
口数が少ないけれど、面倒見がやたらといい。
森で出会った私とヴォルフを、迷いもせずに連れ帰ってくれた。曰く「ヴォルフの目には敵意がなかった」そうだ。
「ヨハンおじさん、明日作ってもらいたいものがあるんだけど……」
私は手を組んで、できるだけ可愛い顔しながらおじさんに声をかけた。
「何だ? アリスがそんな顔するってことは、また何か企んでいるな?」
「そんなことないもん。これはマーサや村のみんなにとってもいいことだよ、絶対!」
まあ、半分以上は自分のためだけどね!
「とりあえず話しだけは聞くぞ。俺に作れるものだったら作ってやろう」
「やったぁ! おじさん大好き!」
おじさんに抱きつきながらぴょんぴょん跳ねていると、マーサが台所から顔を出して、
「ヨハンったら嬉しそうな顔してるわぁ、ルークや私にはあまり見せたことないんだけどねぇ」
「う……うるさいっ」
あらら、照れて奥に行っちゃった……
お話し聞いてくれ〜
「まぁ照れちゃって。あの人、アリスが来てからずいぶんと喋るようになったのよ?」
「へぇ、そうなんだ。そんなに変わった?」
「ええ、あの人もこの家も、見違えるように明るくなったわ。あなたには本当に感謝してるの。この家に来てくれてありがとう」
「そんな……私こそ、家族にしてくれてありがとう」
ほんのり暖かい気持ちになって、目頭が熱くなる。
この人達がいなかったら未だに森生活、いや、魔物のエサだったかもしれない。
私は改めて、この家族の役に立つように生きると誓った。そう、もう傍観者にはならない。積極的な人生を生きてみせる!
次の日
なぜか井戸の周りには村の人達で溢れてる。
材料を調達しようと大工の棟梁の家に行ったら、棟梁が面白がって参加して、それをみていた村のおじさん達も集まってきて……
結局私は最初に設計部分の話しをしただけで、あれよあれよと言ううちに摘み出されてしまった。
しょうがない、ヴォルフと戯れているよ……
大人の方が力もあるし、作りもしっかりするから楽なんだけど……巻き込んでごめんね、みなさん。
「うぉぉぉ」
「こりゃ楽だ、すごいな」
あ、終わったのね。
ざわざわしながら、おじさん達がこぞって水汲みし始める。
私はドヤ顔しながらルークの側に行った。
「どう? 私ってば役に立つでしょ?」
「おう、さすが俺の妹だ。今度は俺が楽できるもの、頼むよ」
「んー……何か適当なの考えておく。その代わりいっぱい水汲んでね、ただじゃないよ」
「うへぇ……」
笑いながらルークを見送る。
村の人達も家族も、少しでも楽な生活ができるようにこれからも貢献していけたらいいな。
日本人であった頃に比べて、不自由だけれども充実した毎日に『生きる』ことはこんなにも素晴らしいことなんだ、と心から感じた日だった。




