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19話 フィリップ王子のお願い

「お久しぶりです、アリスさん。ここのところセレスティアル殿が王宮で張り切っているのは、あなたが関係しているとか」

「ちょっと『記憶』を頼りに、簡単な書類の整理方法をお話ししてみました。それを自分の物にできるセレス様はかなり実力のある方だと思いますよ」


 フィリップ王子との面会をお願いして、今は王子の執務室に通されている。手土産はクッキーだ。

 アニー様も同席されると思ったのだが、彼女はゴードンに戻っているとのことだった。


 この時期、王都にいる貴族は少ない。もうすぐ始まる社交の季節に備えて、領地経営や税徴収、お嬢様達はデザイナーと新作ドレスの製作、他領へのご機嫌うかがいなど、王都ではできないことをやっている。


 うちの店も今の時期は注文が減ると予測していたので、新商品の練習と完成度を高める訓練にあてている。料理人のルイライコンビがしっかり育ったら、期間限定で街の小売りとかにも徐々に手をつけていきたいよね。


 貴族って優雅なイメージだったんだけど、根回しやら、敵状視察なんかでいろいろ大変なんだね。顔の筋肉が鍛えらるのは、そんな理由なのかしら。何てったってあのみなさんの笑顔、ハンパないっすよ。庶民でよかった、庶民バンザイ。


「早速で申し訳ないが、用件はどのようなことかな?」

「フィリップ王子は孤児院の管理をされていると聞きました。その孤児院に街の子供達を集めて、簡単な読み書きと計算を教えることができたらいいな、と思ったんです」

「孤児院を開放するのは構わないのですが、子供達が集まってくるかどうか……」


 フィリップ王子が言うには、多くの街の住人が孤児院という場所に抵抗を示しているらしい。

 本来、親がいない、もしくは親に見放された子供が生活している場所なので、自分の子供がそこに関わるのは、世間体も気になるのではないか、との見解だった。


 このことは、ボランティアをしているアニー様ともよく話し合っている内容らしく、街に協力をお願いしても、なかなか厳しい結果しか得られていない状況なのだそうだ。

 どうにか払拭できないものかと日頃から問題として検討しているらしい。


「街の子供達の大半が足繁く通う場所にすればどうでしょう? たまに個人で孤児院へ出向いて嫌がられるのならば、大勢が毎日通う場所に変えてしまうんです」

「そんなこと、どうやったら出来るのですか?」

「例えば、勉強した日の帰りに先生のサインをもらうようにして、そのサインが十個たまるとお菓子がもらえることにするんです。お菓子欲しさで家族のお手伝いをおろそかにできないように、お手伝いも何らかのポイントにするとか」

「ふむ、それならば大半の子供達がお菓子目当てに孤児院に顔をだすでしょうね」


 まずは通わせることを一番の目的にしないとだめだ。魅力があると理解できれば、子供は率先して孤児院に出むくだろうし、通う子供が多くなれば家族の理解も得られると思う。

 あとは学習材料と先生の確保なんだが。


「あの……大変申し訳ないのですが、初期投資を援助していただけないかと……」


 申し訳なさそうな顔をしながら上目遣いで王子を見上げると、笑ってうなずいてくれた。


「孤児院のイメージアップですからね、協力しますよ。アニーも喜ぶと思います。何をどのくらい準備しましょう?」


 とりあえず必要なのは石板と石筆。これらをなるべくたくさん揃えてもらおう。

 教科書なんてぜいたく品は望めないから、せめて黒板があればいいんだけど。これは作らなきゃいけないだろうから、あとで木の職人さんとこに行ってこようっと。

 算盤もいくつか欲しいね。セレス様と取り合いかしら。


 必要なものはお願いした。あとは先生だが、読み書きには孤児院管理のおばちゃんでもいいと思う。算数は初歩を覚えれば、ある程度は誰でも教えられる。算盤は私じゃないとだめだから、お店との時間調整しないと。

 算数と算盤は大人にも教えて、そう遠くない将来には先生が出来るようにしてもらわなきゃね。


 フィリップ王子に手頃な人選をお願いして、準備が整い次第連絡をもらうようにしたら、今日のお話しは終了だ。

 挨拶をして退出しようとしたら、呼び止められた。


「アリスさんはセレスティアル殿のことをどう思いますか?」

「どうって……後見人として尊敬してますよ。よく面倒を見てもらってますし」

「後見人ですか。仮に恋人や婚約者としてだったらどうだろう」


 うげっ。セレス様が恋人〜。無いわ〜。

 あの魔王の隣に始終いる勇気を誰が持っているというのか。


「あり得ないですね。セレス様には、もっとしっとりとした大人の女性がお似合いだと思いますよ?」

「そうですか。セレスティアル殿も十九になるし、私も二十歳になります。そろそろ結婚を考える年になってきているのでね」

「え? セレス様って十九なんですか!」

「何をそんなに驚くことがあるのです? あなた達の親密度でしたら既に知っていることではなかったのかな?」

「いや、親密って……単に虫除け目的で舞踏会でダンスをして、算盤や帳簿教える代わりに出資してもらっただけですって」


 王子の問いに慌てて否定して動揺する胸を押さえた。

 しかし、あの見た目で十九とか、詐欺だろ。

 絶対二十五近くだと思ってたから、びっくりだ。


「そうですか。あなたが来てからだんだんと表情が戻ってきたので、ようやく暗闇から抜け出したかと思ったのですが……」

「暗闇ってどういうことですか?」


 セレス様は現ゼフュール王の年の離れた弟だが、先代の妃が無理をして産んだ子だそうだ。その無理がたたって間も無くお亡くなりになったようだ。


 お母さんを早くに亡くされてたのか……

 寂しかったろうね、セレス様。


 幼少期には先代王が忙しいのもあり、親からの愛情をあまりもらえないままに過ごしたらしいが、その分兄弟からはよく面倒をみてもらったそうだ。


 成長して学院に入学する年になった時に、エイキムの娘と同級になり、婚約者候補にあがる程のお付き合いをされていたという。

 その彼女が二年前に胸の病気で亡くなってから、表立った行動が一切なくなったということだ。

 社交にはほとんど顔を出さず、仕事も下準備や補佐などの地味な仕事しかしないような状態になったようで、あまり表情にも変化がみられることがなくなった、という話しだった。


「最近は何やら率先して仕事に打ち込んでいるし、文官達を従えて精力的に動いていますからね。セレスティアル殿もエイキムのお嬢さんをようやく忘れて前向きに生き始めたのでしょう。私も安心してアニーとの結婚話しを進めることが出来そうです」

「フィリップ王子はセレス様と学院でも一緒だったのですか?」

「ああ、そうです。エイキムのお嬢さん、エミリア嬢はアニーとも仲が良くてね。よく四人で昼食や休日の外出などしたものですよ。エミリア嬢と出会う前のセレスティアル殿は、周りから一歩引いて動いているような性格でね。自分から何かを言い出すなんてことはしない性格だったんですけど。彼女がセレスティアル殿を引っ張り回してるうちにだんだんと周囲に馴染めるようになってきたんですよ」


 懐かしい表情で話しをしてくれるフィリップ王子は、本当にセレス様のことを案じてくれていたのだろう。優しい目をして私をみてくる。

 爽やかな笑顔はいいんだけど、何だろう、私にセレス様を任せる的なその目は!

 私、魔王処理班にはなりませんから!


「セレス様には、次の社交で目一杯婚約者探しをしてもらうように言っておきますから。私はお店の販路拡大と子供達への教育で、とてもセレス様のお相手は務まりません!」


 言い逃げのように慌てて席を立つ。フィリップ王子は笑いを堪えながら「よろしく頼みます」と言って見送ってくれた。


 よろしく頼まれるのは孤児院の塾開設とセレス様への伝言だけだからね!


 次の社交は商品売り込みの営業の他にセレス様の売り込みも頑張ろう。

 握り拳を空高く突き上げながら「しゃあっ!」と気合いを入れてたら、周りの文官さんやら武官さん達から不思議な顔をされてしまった。とほほ……


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