17話 アルのお部屋でお勉強
二週間ごとの支払いを五回こなした。
子供達の勤務態度は至極真面目。辞める気配もなく、むしろやる気に満ちている。
ルイライ、リンダの三人なんか、調理器具の磨きまで率先してやってる。
ポーター組もアレンジの提案なんかして、チームワークもバッチリだ。
何もかも順調である。なのに……
「アル〜、助けて〜。もう泣きそう〜」
げんなりした顔のアル。後ろに控えているカミュさんは直立不動の体勢だが、とっても変な顔をしている。鼻が膨らんで口がへの字になってるのだ。これは、笑いを堪えてるってことかな?
カミュさんの方に向き直ったら、顔を背けられた。失礼しちゃう。
「退屈だとか、遊びに行きたいというのは聞こえないからな。俺だって最近は部屋を抜け出すのやめてるんだぞ。大人しくしとけ」
「えー、だって暇なんだもん」
「静かにしてると約束してからまだそんなに経ってないぞ。社交の季節の始めまで黙ってろ!」
王宮に突撃してアルのお部屋に無理矢理入れてもらった。読書の時間だったらしいが、諦めて話しに付き合ってくれてる。
「だいたい店はどうした。もう経営難か?」
「私が居なくてもまわるのよ。みんな覚えがいい子達だから、受注から納品、仕入れの果てまでひと月で全部できるようになっちゃったの!」
「あぁ、お前が一番トロそうだもんな。みんなから休んどけ、みたいなこと言われたんだろ」
「ぐっ……」
「図星かよ……」
口惜しいけど言い返せない自分が哀しい。
アルが呆れて、一冊の本を渡してくれた。
「ほら、これでも読んどけよ」
「なぁに?」
「この国のこと。地理や歴史が簡単に書いてある。お子さま向けだけどな」
「お子さまって何よ。もう立派なレディだもん!」
「レディは駄々をこねない。レディは文句言わない。レディは足をバタバタさせない。俺も最初はその本で勉強したから、解りやすいぞ」
頭にぽふっ手を置かれた私は口を尖らせながら本をパラパラとめくってみた。中は、九領地の配置や特徴、昔の記憶持ちさんがおこなったことなどが書かれてる。
意外と面白そう。
気を取り直してソファにきちんと座る。
アルもカミュさんと顔を見合わせてほっとしている。どうやら私を納得させて安心したようだ。
私は興味をそそられて本を読み始めた。
最初のページをめくると地図が載っていた。
ゼフュール王国の王都はやや北寄りの真ん中に位置し、その北側全体はユフローネ山脈が連なっている。
王都の北西はアドラー、北東にイヴァンがあり、西はゴードン、南はクロランダ、東はエイキムのそれぞれ花畑を持つ領地がある。
ゴードンとクロランダ、エイキムとクロランダの間にどちらも二領地ずつ挟んであるという配置になっていた。
国の西側は各領地の奥までいくと砂漠地帯だ。逆に東の奥は森林で記されている。
クロランダの南西部分は砂漠、東へ移動すると徐々に海に変わっていってる。
ちなみにクロランダの南東の一番奥には大きな山がドンと描かれていて、それを境にクロランダ側が海、反対側はユフローネ山脈から延びている森林となっている。
山の名前はクロモント山というようだ。
へぇ、こんな並びになっていたんだ。天然の要塞みたいな場所なんだね。自然って凄い。
アルに他にもゼフュールと似たような国があるか聞いてみた。
「あるかどうかは誰も知らない。これだけ囲まれている国だからな。その先を見た者など一人もいない。どの領地も奥に行けば行くほど魔物が強くなっていくから、わざわざ死にに行くようなものだ」
「森や砂漠の向こうから来た人とかは?」
「居たら国賓扱いだ。強い魔物を相手に戦える力と知識があるのだから」
なるほど。ある意味、魔物もこの国を守るアイテムに早変わりってことね。
しかし、地図を見ると観光したくなるよね。出歩けない我が身が辛いわ。
そう言えば、昔の記憶持ちさんのお話しも載ってるって言ってたよね。どれどれ。
もっとしっかり読もうと思ったところで、申し訳無さそうなカミュさんの声。
「アリスさん、申し訳ありません。アルフレッド様はこれからお勉強の時間になります。この本はお預けしますので、一度ご退出願えますか?」
「はい、わかりました。アル、頑張ってね」
「アリス、お前もやるか? セレス叔父上が見てくれるし、簡単な計算だぞ」
アルが誘ってくれた。暇だし、久しぶりの計算問題なんて面白そうだ。カミュさんに大丈夫かどうか聞いてみたら、歯切れが今ひとつな感じだが、頷いてくれた。
講義は小一時間なので、便乗することにした。
アルはニコニコしてるが、カミュさんは微妙な顔をしてる。何か隠してるような顔だ。
カミュさんにどう言うことか聞いてみた。
すると、毎回セレス様から難題を出されているので、私がいる事で少しは矛先がずれてあまり難しい問題がでなくなることを期待しているかも知れない、とのこと。
なるほどね。とりあえず、楽しいお勉強の時間を始めよう。
「なぜ君がここにいる?」
「アルに誘われて一緒に勉学に励もうかと」
「店はどうした? 金策か?」
「違いますよっ。もうっ、どうして二人とも私が経営失敗するかのように!」
セレス様の問いにアルもカミュさんも笑いを堪えてる。
私が頬をぷうっと膨らませて抗議すると、セレス様が軽く手を上げて私を制した。
「悪かった。順調なら問題はない。貸した金が早く戻ってくるだけだからな」
「くっ……私は優良経営者ですからね。赤字なんてすぐに巻き返しますよっ。ふん」
「そんなことよりも始めるぞ」
「よろしくお願いします」
アルが切り替えるように挨拶をして勉強が始まった。
内容は五桁から六桁くらいの数字の計算練習のようだ。一つずつ間違えないように解いていってるようで、意外と地道に頑張ってる姿に、ちょっと感心した。
私には三桁までの計算問題を出された。
……私は小学生か?
「セレス様、簡単過ぎます。せめてアルの問題くらいじゃないと眠くなってしまいますよ」
「「何?」」
セレス様とアルに同時に驚かれた。
そうまでして驚くほどではないと思ったのだが、見た目が十二、三歳くらいだったのを思い出して、ああと思った。
「たぶんこのくらいなら……」
と指でエア算盤を弾き、続けざまに六題ほど答えを書いて提出した。
「間違いない、しかも早いな。その指をぐにぐにするのは何だ?」
「これは、架空の算盤を頭に置いて計算しているからなんです。算盤というのは、数字をそれぞれの桁に合わせて玉にして、計算する木で作られた道具なんですよ。見たことないと思うので言っている意味がわからないと思うのですが、その道具を使うとある程度の計算が早く確実にできる、というわけなんです」
セレス様がすごく関心をよせているようだ。おや、眉間に皺寄ってきてる……
あらら、考え込んじゃった。雲行きヤバいよ。変なことを言われる前に退散しようっと。
様子を見ながら、ゆっくりと片付けて、静かに部屋を出て行こうとした。
「アリス」
「ひっ……はい……」
「その算盤という道具は作れるのだろうか?」
「木を加工する技術があれば結構形になると思いますが……」
「ならば、職人に頼んでいくつか作ってみましょう。私が出資します。出来上がったら計算の仕方を教えてください」
セレス様がいい笑顔で私に言うが、この笑顔は魔王スイッチが入る前触れではないか。言葉遣いも違ってきてるし。できれば遠慮したいなぁ、という思いが自分の顔にでてるのがわかる。
「明日は予定がありますか? なければ早速職人に話しをしに行きましょう。出かける準備をしておいてください」
ずいぶん丁寧な言い方だ。これは絶対に拒否権なし、的な言い回しに、ガックリとうなだれて「わかりました」と伝えた。
地雷踏んだよね、私。くわっ。




