11話 魔王の腹の中
ダンス練習もずいぶん進んで、三曲は確実に踊れるようになった。いや、仕込まれた。
リアン様の熱血指導の賜物だ。
「アリス嬢は、砂が水を吸い込むように全て吸収されますね。生徒として実に育て甲斐があります」
「いえいえ、よい先生を持つと生徒の延びも良いのですよ」
「それはそれは。まだまだ伸び代を感じさせますねぇ。少しハードなダンスにも挑戦してみますか?」
「うふふふ。楽しみですわ」
これ以上を望むな、という目での圧力をリアン様に向け、ニッコリ笑顔で応対する。
お互いに黒い笑顔を振りまいてどこまで押し込めるか、返せるか牽制し合う。
私もだんだん腹芸が達者になってきてる気がするよ。
と、セレスティアル様が豪華な衣装とピンヒールの靴を持ってやって来た。
「貴女にプレゼントです。当日のドレスとは違いますが似た感じのものをお持ちしました。着替えて踊ってみましょうか。練習用との動きの違いを覚えて下さい」
……おいおい、当日はもっと派手なんかい。
ヒクつく頰を押さえながら、また少し遠い目をしてしまった。
ひと通りこなして、休憩をとっているとセレスティアル様も隣に座り話しかけてくる。
「貴女には無理をさせて申し訳ないと思っている。領主相手に一蹴できれば問題ないのだが、現状を考えると無視もできなくてね」
「いえ、私にできることであれば協力しますよ。王や皆さんが喜ぶ姿を見るのが私が望んでることですから」
ゼフュール国の九領主の中でも花畑を管理する三領主は勢力が強い。会合での意見のとりあげられ方もその三人の声が反映されることが多いらしい。
花畑を抱えるということは、強い魔物を抑える力があることと、それによって得られる魔石での資金が約束されている。
一定以上の大きな魔石は王家が買い取るシステムになっているので、領民から領主が買い取り、王家に売り渡す仲介をすることで資金の確保ができるのだ。
フィリップ第一王子の婚約者は西の花畑を管理するゴードン領の長女になっているという。
いつの時代も資金力と王族との婚姻は政治に多いなる影響を与えるものだ。
それに対抗するかのように、今勢力を強めているのが、南の花畑を管理するクロランダ領。もともと武人を多く輩出する地域なので護衛官などの重職につく割合が高く、加えて葡萄収穫からのワインの収益が非常に伸びている。
東の花畑を管理しているのは、親王族派のエイキム領主だ。
高齢のため、発言力が衰えつつあるが、まだまだ存在感は充分にある。
今回の私の護りのペンダント用の魔物討伐にも尽力してくれたようだ。魔石に関しては譲渡に近い金額で折り合いをつけてもらったらしい。
これら三領主に認められることが今回の私の課題だ。ただのモブ村人からの成り上がり、とあなどられない為にも、ある程度の気品を身に付けることが優先される。
パーティーで認められれば、お菓子の有用性や商人としての取り引きなどの話し合いにも応じてくれるはず。有力貴族の後押しがあれば商売も今後の商品展開もやりやすくなると考えているからね。
王族に好意的なエイキム領主と、お菓子の販売が認められれば砂糖の取り引きがぐんと伸びるゴードン領主は攻略しやすいと思う。
問題はクロランダ領主だ。胡椒の取り引きが増える訳でもなくメリットが少なすぎる。セレスティアル様に仲介を頼んだとしても、色よい返事をもらえるかどうか。
そんなことを思いながらセレスティアル様との練習に励んでいると、アルがものすごい勢いで小広間に入ってきた。
「おい、アリス。お前、いつからセレス叔父上の婚約者になったのだ?」
「はい? 何でそんなことになってるの?」
訳がわからず、不思議そうな顔でアルに逆に質問する。
「貴族の間じゃ毎日その話題だ。叔父上が今度のパーティーで女性をエスコートするとか、女性のドレス一式を注文してるとか、その場で婚約の発表と披露目を行うとか、婚約者には既に豪華な装飾品を多数贈っているだとか。まだまだあるぞ」
セレスティアル様は眉間に親指を押しつけて、リアン様は苦虫を噛み潰したような顔をしながらため息をつく。
「アルフレッド様、噂は噂です。アリス嬢にはダンス経験がないので、パーティーまでの特訓とボロが出ないようにフォローの為のエスコートです。それに婚約者ではなく、後見人としてのお披露目だったのですが、いつの間にか話しがすり替わったのでしょう。まぁ、私としてはクロランダの厚化粧女やその取り巻きが婚約者になるより余程いいのですが。仮に婚約者と間違えられたとしても、セレス様の虫除けにちょうどいいお嬢さんが見つかったと思いましたよ。周りに文句を言わせない完璧なレディに仕上げるつもりでいましたので」
……ん? リアン様、今軽くクロランダのお嬢さん達をディスったね?
しかも、私を何とかホイホイみたいな扱いにするですと?
「セレスティアル様もリアン様と同様に虫除けとしてお考えでしたの?」
私は凄みのある笑顔でセレスティアル様に問い詰めた。ちょっと困ったような、バツが悪いような顔をしてセレスティアル様が答える。
「まぁ、少し考えてはいたな。あの方達が側に来られた時に長時間応対するうっとおしさに比べると、アリス嬢を側に置いて牽制する方が精神的にも楽だからね」
「お二人の本音を聞けてよかったですわ。私もお人形さんのままでは辛かったですからね」
少し考えて、セレスティアル様に取り引きを持ちかけた。
「宜しいですわ。虫除けの役目、しっかり果たします。その代わり、三領主への仲介をお願いします。私が街で商売しても大丈夫なように。間借り営業から地道に商品展開しようと思ったけど、店持ってやる!……ですわ。今回のパーティーに出すお菓子はレシピ開放しましょう。ただし、それ以降のお菓子や料理、その他の商品に関しては版権は私が持てるように手配して下さいませ」
「わかった。要求は全て飲もう」
軽く手を上げ、セレスティアル様が参ったという表情をする。
「リアン様、虫除けついでに本当に婚約者探しもしてしまいましょう。手頃なお嬢さんを見つけたら連絡を取り合って探りを入れますよ。アル、協力よろしくね。素敵な叔父上のお嫁さん、あなたも満足のいく性格の女性がいいでしょう?」
てきぱきとした指示出しに、三人とも呆気にとられた顔をして立っている。
「さあ、そうと決まったら、準備を始めますよ。リアン様は若い女性の参加をもっと手配して下さい。アルは料理長に当日のレシピ開放の件とお菓子をもう少し増やせるように材料の追加をお願いしてきて。お嬢さん達が増えるということは、お菓子の消費量が増えるということよ。セレスティアル様は……面倒臭いんでセレス様でいいですよね、ちなみにお二人とも私のことは呼び捨てでも結構ですよ。運命共同体ですもの。もう一回練習に付き合って下さい。何処ぞのおじ様にダンス申し込まれても、完璧に踊ってみせますわ!」
お店を出すなんて、前世の私からしたら考えられない暴挙だ。
一般企業に勤め、歯車という名の人形だった人生とは真逆の行動に、自分でも驚く。
でもこのドキドキや不安、それに伴う充実感。 アリスという人生を歩んでいる事実をひしひしと感じる。
鼻歌混じりに一人で踊っていると、奥からどんよりとした空気が流れてくる気がした。
振り返ると、げっそりした顔で肩を落とした三人がブツブツと呟いているのが見えた。
「リアン、私の考えが甘かったのだろうか。アリス嬢、いやアリスか……変な方に向かってやる気になっているぞ。このままだと本当に誰かと結婚する羽目になりそうだ。あのやる気を阻止する方法を考えろ」
「パーティーが終わるまでは無理でしょう。出店の運びとなった場合には、興味の対象が移るはずですから今少しの辛抱かと」
「セレス叔父上、あれが叔父上の婚約者ではなくて本当に良かったです。今しみじみと思いました。アリスが身内になると私は一生使いっ走りですよ! 絶対阻止します!」
アルの悲痛を感じさせる声が小広間いっぱいに響き渡った。




