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10話 恐怖のダンスレッスン

 約束の時間になり、王宮のセレスティアル様の執務室に伺う。

 手土産は先日のクッキーだ。プレゼンには欠かせないし、反応もみてみたい。


 ちなみにセレスティアル様は宰相補佐みたいなお仕事を普段されているという話しだ。王弟という立場からいうと、宰相でも充分との声もあったようだが、自由に動ける立場を欲して補佐職に就いたらしいら。

 さすが、できる男は権力ばかりを望まないね。


「いらっしゃい、アリス嬢。こちらからも貴女に用事があったので、いいタイミングでした」


 リアン様が扉を開けながら、とてもいい笑顔で私に話しかけてきた。……その笑顔、胡散臭いです。


 ソファに座りながら、セレスティアル様にご挨拶を済ませ、お菓子作りの提案を持ちかけた。


 お茶が出てきたので、すかさずクッキーを出して二人の様子を伺う。やはり、口にして驚きの表情を浮かべた。思った通りの反応に私はドヤ顔を隠せない。


「これとあと二種類作りますが、領主会合のパーティーにお出ししたいのです。領主の方々に認識してもらった上で、近々街のジューススタンドに間借りして売り出そうと考えています」


 セレスティアル様は眉間を親指で押さえながら、クッキーと私を交互に見遣る。

 何故か深いため息をつき、呟かれた。


「アルフレッドだけが問題児だと思ったが、もう一人増えたか……」


 ん? 私余計なことに手を出してる?

 アルと同列に見られるのは心外だよ?


「セレス様、逆にこれはチャンスかもしれません。近年の領主達の王族に対する態度は目に余るものがあります。記憶持ちがこちらの手の内にあると明言できますし、新しい情報や技術は彼女が王族の許可を得てからでなければ開示できないようにするのです。これを利用すれば、彼らを黙らせることができるでしょう。王族の優位性も高まります」


 リアン様が興奮し、セレスティアル様に訴える。セレスティアル様も少し考えながら「悪くないな」と呟き、再び思考の中に沈んでいった。

 リアン様がお茶のお替りを出してくれたので、ゆっくりと口にしてセレスティアル様からの返答を待つことにした。


「ところで、アリス嬢はダンスのご経験は?」

「全くありません!」


 リアン様に尋ねられ、自信を持って答える。

 苦笑気味のリアン様に「何故?」と逆に私から尋ねてみる。


「実は、最近噂になっている記憶持ちの娘を会合で披露するように、と領主達が騒ぎ立てております。確かにアリス嬢の待遇についての特別招集会合ですからね。当然といえば当然なんですが。セレス様はなるべく隠すのが得策とお考えでしたが、彼らのしつこさに、ダンス一曲くらいで辞去する方が向こうの意向も満足させられるかと検討中でした」

「ダンスとか、お嬢様教育を受けてる訳ないじゃないですかぁ、無理ですよ、無理」

「挨拶や立ち居振る舞いは手直しが要らない程でしたから、ダンスも当然できるものだと……これは困りましたねぇ」


 リアン様が困り顔でセレスティアル様の方に向き直る。と、セレスティアル様が私に向かって言った。


「明日からダンスの特訓をしましょう。相手は私、当日も私がエスコートします。今日はリアンから基本動作を学んで帰って下さい」

「ええ? 十日くらいしか無いじゃない! パーティーに出れる格好なんかしたことない!」

「大丈夫ですよ。我々が付いているのです。安心して特訓を受けて下さい。完璧なレディを目指しましょう」


 悲鳴に近い私の訴えを、二人は綺麗に受け流し、セレスティアル様は書類仕事に戻った。リアン様は私の側に来て、立ち方の指導を始める。


 ……私に拒否権の発動権限を!


 心の叫びも届かぬままにリアン様の指導は熱を帯びていく。遠い目をしていたら、笑顔も大事です、と丸めた書類でピシリと叩かれた。しかもその笑顔、目が笑ってないよ、怖いよぉ……




 リアン様の熱血指導をひと通り受けて、挨拶してヨレヨレと帰ろうとすると、セレスティアル様に呼び止められた。


「あぁ、アリス嬢はパーティーまでの間、王宮に留まって下さいね。神殿との往復時間も惜しい。食事マナーも同時進行でこなしていただきますので」


 くっ……神殿は隣じゃん! 戦士には束の間の休息が必要なのに!


 不満たらたらに口を尖らせながら扉に向かう。


 ゾクッとした。


 扉に手を掛けた私は、恐る恐る振り返ってみた。

 そこには笑顔で手を振るセレスティアル様が……悪魔のツノと尻尾を持っていた……気がした。


「ひぃっ!」


 魔王じゃあ! 魔王がいるぞ!

 アルがオレ様だとか言ってる場合じゃなかった。ここにもっと凄いのがいたよ!


 腰が抜けそうになるのを必死で堪え、侍女に案内された部屋へ移動する。

 ベッドにダイブして全身から力を抜いてリラックスしていると、すぐに先ほどの侍女、他数名がやってきた。手には何やら様々なグッズが……

 抵抗虚しく、ひん剥かれてお風呂、シャンプー、ブラッシング、果てはマッサージまでされてお人形さんな私が完成した。

 明日の予定を告げられて、パタンと扉が閉まる。


 ……もう何も考えまい。明日は明日の風が吹くさ。

 ……あぁ、ルークに手握ってもらいたい。ヴォルフをモフモフしたい。


 ベッドにドサリと倒れ込んで、あっという間に眠りの淵に着いた。




 ユサユサと揺さぶられて目を覚ます。

 ハッとして起きたら知らない部屋、と思ってたら王宮にお泊まりしたのを思い出した。

 ふぅ、戦士の朝は早いぜ……とか思ってたら、時間が押してるから急いで支度をする旨告げられた。

 しかも、侍女達が非常に恐縮している。


 聞けば、ギリギリまで待ったが一向に目覚める気配がないので、乱暴な方法で起こしてしまったと謝られた。いや、起きないこっちが悪かったんだからと謝ったら余計に恐縮される始末。

 謝り合戦をしてるうちに侍女達との距離が近づいた気がした。メインでお世話してくれるのはクロエさん、サブがソフィアさんとモリーさんだそうだ。短い間ですがよろしくね。


 支度が済むとクロエさんに食堂に連れて行かれた。待っていたのはセレスティアル様とリアン様。

 ……おはようございます、セレスティアル( 魔王 )様。

 げんなりしながら笑顔を貼り付け、席につこうとすると何故か止められた。

 着席の仕方から食器、会話の仕方まで、細かい点を説明され、既に特訓が開始されていることを知った。


 ヤバい。魔王とその側近、本気モード入りましたぁ!


 ほとんど味がわからないままの朝食を済ませ、一旦部屋に戻ったらまた着替えだった。

 帰る途中、リアン様から歩く所作にも気を遣うように注意され、クロエさんに指導官が移る。ちょっとでも気を抜くとクロエさんの囁く声が……あなたも魔王の部下だったのね……

 ダンスの練習用の衣装に着替えて小広間まで移動。またしずしず……

 うん、私はお人形、私はお人形。


 呪文のように唱えながら到着すると、魔王の側近が笑顔で出迎えてくれた。

 昨日の復習をしつつ、魔王の到着を待つ。

 あれ? リアン様の手には新たなグッズが……

 丸めた書類から『しなる指揮棒』っぽい鞭になっていました。ひぇぇ。


「よろしい。基本動作は問題ありませんね。アリス嬢、覚えが早いので教え甲斐がありますよ」


 ……眩しい笑顔でそんな事言われたって、あんま嬉しくないし。

 あぁ、セレスティアル様とリアン様の裏の顔を知らなかった頃の私よ、カムバーック!


 休憩しながら水分を摂る。くわぁ、身体に染みるぜ。

 もう全身筋肉痛なんですけど。

「よっこらしょ」と座りかけてまた鞭が飛ぶ。

 言わく、ばばぁ臭いそうなんで止めなさい、だそうで。はいはい。


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