アリス奮闘中
初投稿です。よろしくお願いします。
ヒュンーー風を切る音と同時にザッと黒い影が駆け抜ける。
急いで獲物の方へ走っていくと、既に血抜きされたツノウサギと魔石を脚元に置いた狼が私を待っていた。
「完璧。ヴォルフ、今日もありがとう。あなたのお腹は膨れたかしら? 私も家に帰ってからが楽しみだわ」
鼻面をクイッと上げる得意げな顔をしたヴォルフをみたら、思わず笑みがこぼれて鬣をワシャワシャとなで回してあげまくった。
気持ちいいのか、尻尾が大きく揺れ私の体にバシバシ当たる……痛いんですけど……
ヴォルフの食事は魔物の血だ。
あっという間に血抜きされるので、獲物はきれいなままだし、血臭もほぼしないからそれ以上の魔物の攻撃を受けることもない。
ツノウサギみたいな魔物は小さな魔石も採取できるので、一石何鳥くらいになってるんだろ……
魔石は魔石屋で火の魔力を込めてもらえばあったかいお風呂にも入れるし。このくらいだと使い捨てになってしまうのが残念だけどね。
この世界を意識してからというもの、ヴォルフには本当にお世話になりっ放しだ。
この獲物だってヴォルフがいなければ捕まえることもできなかったはず。
私の保護者とおり越してもう神ですわ、ホント。
「私の弓の腕だってずいぶん上がったでしょ? さあ、マーサの喜ぶ顔が早くみたいわ。急いで帰ろう」
歩きだしながら、私はこの一年で自分の身に起こったことを改めて思い返していた。
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一年前
ぼんやり生きていると意識したのは、まだ肌寒さの残る春先だった。
薄暗い森の中、ずいぶん小さな手だなぁと自分の両手を見つめながら気怠く辺りを見回すと、赤い二つの光がチラチラと瞬いている。
(なんだろ? あまりいい感じがしない…)
と思ったら、目の前に現れたのは今にも跳びかからんと身構えるクマだった。赤い光はクマの目だったのだ。
「ひっ!」
気持ちでは逃げようとしているのに体が全く動かない。なけなしの力でズリズリと後退り、手当たり次第に小石や砂利を投げつける。が、クマにはほぼ影響なし……
万事休す
(くっ……お願い! 食べるなら痛くない食べ方にしてっ!)
諦めかけたその時、大きな狼が風のように現れて、クマめがけ猛然と攻撃を繰り出した。
いきなり激しい抵抗を受けたクマはみるみる戦意を喪失して、やがて逃げるようにその場からいなくなった。けれど、当時の私にはヴォルフもまた敵でしかなかった。
(こ……今度は狼だよ……私ってそんなに人気もなければ美味しくもないからっ)
頭から一気に血が引く感じがして、私は意識を手放した……
「ん……お母さんってば部屋に変なもの持ち込まないでよ。臭いが染み付いちゃうじゃない……」
ん? なんか様子が変?
「ええっ?!」
黴くささが鼻について目が覚めた。
寝てる所は草の上、雨が避けられるだけの岩穴だった。
ただ、極上な毛皮みたいなものに覆われていたのでさほど体に痛みはない。むしろ快適すぎていつまでもゴロゴロしていたいくらい。
よくみるとそこはなんと、先ほどの狼の懐だった……
恐る恐る様子を伺うと、襲ってくる気配もない。むしろ寒さから守るように気遣ってくれたようだった。
……ありえない
……この環境、この状況、しかもこの体
どこか知らない土地に拉致された?
でも少し体が小さくなっているのはなぜ?
目が赤い熊なんてテレビでも見たことないし、いたらニュースになるよね。本当にありえない。
常識を超えた現実に、今、自分が本当に生きているのかを疑うことしかできなかった。
もともと親の敷いたレールの上で生活していた私は生きることにあまり執着しないことをモットーとしてきた。周りの人間にも常に無関心だった。
勉強も仕事も適当にこなすけれど、自分の居場所はここではない、という疎外感を常に心に抱えていたのだ。
自分自身で動くことをせず、他人の意思で動かされる人形のような人生。それが自分だと言い聞かせていた。
このままひっそりと朽ちていくのだろうと漠然と思う毎日だった。
以前より小さくなった体とこの状況に、少しずつ、現実を受け入れざるを得ないと思う気持ちが強まってきた。
たぶんここは日本ではないのだと思う。しかも縮んだこの体、どこかのアニメの世界でしか聞いたことがない。
図書館や本屋で読んだトリップ現象を体験してるのかもしれない。
そんなことを思いながら、今までの私は、何らかの事情で死んだか意識や自我をなくしてここにきたのではないか、という考えに到った。
これは罰? 私何か悪いことした?
あまり価値のない人生を安穏と過ごしてきた私に、神様が生き直せと?
ぬるい人生しか送らなかったんだもの、過酷な環境に耐えられるわけないじゃん!
……なんで私なのよ!
……誰か! 助けて!
どれほど時間がたったのだろう、さまざまな葛藤が頭の中を駆け抜けるが、頼るものは何もないのだと腹を括った。
やってやろうじゃん!
『一度きりの人生』とか聞くけど、二回目の人生、今度は思いっきり足掻いてみせるわ。
一回死んだんだもの。何も怖くない……いや、ちょっと怖いけどさ。
それからの私は、この狼にヴォルフと名付け、縋って生きていくことに決めた。
あっという間に死んじゃうんじゃないかというくらい小さな体を、雨風しのぐ岩間を探し、木ノ実や食べ物を獲ってきては甲斐甲斐しく世話してくれた。
唐突に置かれた環境についていけなくて大泣きしたことは数え切れない。
それでもいつも側にいて、私がこのサバイバル生活に馴染むようにサポートしてくれたのだ。
やっと森の生活に慣れてきた頃、狩りにやって来たルーク達に拾われて、ようやく文明社会に復帰することになったのだ。
季節はもう、夏を越して涼しさが増してきた頃までになっていた。
今思うと、あれはヴォルフがうまくルーク達を誘導して私に引き合わせてくれたのではないかと考えてる。
何せ私のヴォルフは賢いし、ヒーローだし、優しいし。私が困まることのないように常に先回りして動いてくれてるもの。
こうして、私の新しい世界での生活が幕を開けたのだった。




