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シェリクル派の眠れぬ夜

作者: 天海結月

お気に入りのマンガ「流れ星の戴冠」を読み終えて、真由は静かに雑誌「ジンジン」を胸に抱きしめた。なんてすばらしい展開。さすがは夢海先生。真由は幸せをかみしめながらもう一度雑誌を開くとむさぼるように読み返した。


 クルツがシェリアを宮殿の庭に誘い出す。

「明日の試合は、きっと勝って見せます。その勝利をあなたに捧げてもいいでしょうか」

シェリアはとまどいながらもつつましく答える。

「私など、そのようなご厚意にふさわしくありませんわ」

クルツはさみしげに微笑む。そしてシェリアの手を取りキスをして去っていく。クルツの唇が触れた指先にそっと頬ずりをするシェリア。

セリフも動作も覚えた真由は思わずそのシーンを演じてしまった。クルツの(おそらくは)甘くやさしい声が真由にささやきかける。

捧げてもいいでしょうか。

捧げても、捧げても。

良いに決まってるでしょう!!!

待ってた、待ってた。ああ。こんなセリフを聞ける日が来るなんて。応援し続けててよかった。


 思えば、真由とこの作品との出合いは運命的だった。あれは一年ほど前のこと。憧れの先輩が学校近くのコンビニで立ち読みしていたのだ。

 真由はその先輩が立ち去るのを待って、彼が立ち読みした雑誌を、わくわくしながら読み始めたが、ボクシングや野球などスポーツものばかりで正直好きになれなかった。こんな雑誌が好きな人なんて趣味が違う。勝手に幻滅し雑誌を棚に戻したとき、隣の雑誌の表紙に目を奪われた。それが「ジンジン」だった。中でも主人公の右後ろにいたキャラクターは、立ち読みをしていた生身の先輩よりも真由の好みだった。肩までのさらさらヘアにパッチリお目々の貴族的風貌。

 このキャラの名前が知りたい。その一心で真由はその雑誌を買った。


 「流れ星の戴冠」略して「流星」の舞台は中世のヨーロッパを思わせる架空の世界で、主人公アルンゼが王位継承権を得るために世界中をめぐって伝説の宝を探すという話なのだが、真由にとってはストーリーなんか正直どうでもよかった。この漫画は旅の仲間たちとの会話や恋模様が面白いのだ。

読み進めるうち、もう一人お気に入りができた。それが魔法使いのシェリアである。長いお下げ髪にメガネという風貌もさることながら、まじめで不器用なところが自分とだぶるような気がする。そしてそんなシェリアはクルツが好きで、クルツもまた憎からず思ってくれている。こうなるともう目が離せない。すっかりこの漫画にはまってしまった。既刊の単行本はすべてそろえ、バックナンバーも手に入れた。


 真由は「流星」を読むためだけに毎週この雑誌を購読しはじめた。今ではほとんど中毒状態で、発売日には学校帰りに「ジンジン」を買うと、夕食も入浴も5分で済ませ、そのほかの時間は、ひたすら「流星」を読み返し、この世界に浸って過ごす。部屋にこもることについて家族、特に母は文句を言うが、どうしてもやめられない。

クルツとシェリアが同じコマに描かれているだけで嬉しくなるし、ちょっとした会話を交わしたり、顔を見合わせるシーンがあっただけで天にも昇る心地になる。つらいのは二人とも脇役だから、毎週登場するとは限らないことだ。だから、アルンゼの戦いが何週間も続いたり、アルンゼとシェリアが話したりする(真由から見ると)無駄なシーンがあったりするとムカついて、おもわず紙面に向かって説教してしまったりしている。


 2か月前に西の国編に突入してから、真由にとっておいしい展開になりつつあった。西の国の伝説の宝は剣術競技会で優勝した者に与えられる。それを得る役目はこの国出身のクルツにたくされたのだ。

そして競技会の前夜である今週号で、とうとうこの印象的な告白シーンにたどりついた。3頁にわたって、クルツとシェリア二人の世界。ああ、生きててよかった。このままいけばキスシーンとかも見られるかもしれない。


 興奮冷めやらぬままに真由はパソコンのスイッチをいれると、お気に入りのシェリクル派のスレにアクセスした。シェリクルとはシェリアとクルツを略したものである。

そこそこ人気漫画だけあって、ネット上には「流星」の感想を語るブログや二次創作サイトの類も数多い。

だが多数派なのはアルンゼとヒロイン王女パミラを応援するアルパラ派やアルンゼ×クルツを応援するアルクル派など主役をからめた派閥で、真由が属するシェリクル派は、今一つ盛り上がらない存在である。

しかし、今日からは違う。二人は作者が認めた公式カップルなのだ。マイナーではあってもシェリクル派こそが正統派なのだ。この興奮を語りつくさねば。


 ところが、勝利に沸いているはずのシェリクル派のスレもお気に入りのホームページも、予想もしない不吉な書き込みで埋まっていた。みんな、いったいどうしたの?事態が把握できないまま、真由は震える指でスクロールし文字を追った。

―でたよ。黄金パターン。またですか夢海先生って感じ

―さよならクルツ

―『さば竜』と『海底』の悪夢再来だよね。2度あることは3度ある。

―決めつけるのはやめようよ

―でも指へのキスは死亡フラグでしょう

真由はあわてて押入れの奥から、『さば竜』こと「砂漠の竜と騎士団」全5巻と、『海底』こと「海の底の王国に」全8巻を引っ張り出した。どちらも夢海先生の作品ということで買ってみたものの、さっと一回読んでそのまましまいこんでしまったものである。おぼろな記憶を頼りに、必死でページを繰った。


 30分後。真由は震えながら本を閉じた。どちらの作品でも意中の相手に告白し手にキスをしたキャラクターが、遠からず、また確実に死に至っているのが確認できたのである。

あまりのショックで目眩を覚えた真由は、這うようにベッドにもぐりこむと布団をかぶって丸くなった。ひとりでにあふれ続ける涙が、枕カバーにも布団のカバーにも染みわたっていく。胸が締め付けられるように苦しい。

この気持ちには覚えがあった。あのクルツ似の先輩が女の人と連れ立って歩いているのを見かけたときに、かすかに感じた思いと似ている。

だが衝撃度は比較にならない。真由にとって、名前も知らない先輩よりも本の中にいるクルツのほうがよっぽど身近だった。クルツはいつも優しくて誠実で、なによりシェリアのことを思ってくれている。ああ、こんなに素敵なクルツに、なんて残酷な運命が待っているのだろう。


 暗闇の中で嘆くうちに、ふつふつとわきあがってきたのは、ほかのシェリクル派の子たちへの怒りだった。みんな、ベタな展開だの死亡フラグだのと面白がって、誰一人クルツのことを考えていない。私だけでもクルツのために何かしてあげなくては。私だけでも。

使命感に目覚めた真由は跳ね起きた。便箋を取り出し、机に向かって作者への手紙を書き始めた。

『まさか、クルツを殺したりしませんよね。べたな展開はよしてください。大けがくらいにとどめてください。私先生の大ファンなんです。だから、見捨てないでください。クルツが死んだら』

怒り、哀願、媚び。思いつくままに書きなぐる。


 明日英語の小テストがあることを思い出したが、忘れることにした。テストどころではない。愛するクルツの命がかかっているのだ。

手紙を書いたとしても編集部で止められて、夢海先生には読んでもらえないかもしれない。そんな冷静な考えが頭をよぎる。しかし胸の奥から抑えようとしても込みあがり、あふれてくるこの思いをぶつける先はほかに思いつかなかった。真由は涙にくれながら、夜が明けるまで、夢海先生への手紙を書きつづった。


どうかクルツを殺さないでください。私から愛する人を奪わないでください。

お願いします。

お願いします。

お願いします。


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