右利きの少年
お久しぶりです。
いつもの作品よりもだいぶ長くなっております。
お暇なときにお読みください。
それでは、どうぞ↓
はるか遠い未来のことです。いつかのどこかに、アリアンという国がありました。その国はとても平和で、事件などは起きませんでした。
そんな国に、ルチールという家系がありました。ルチール家は、男女皆、勉学・運動ともに優れていました。なので、国王の下に置かれる人も少なくありませんでした。
ルチール家の最大の特徴は、全員が左利きということでした。他の国民は皆右利きでした。だから、学校の中でも左利きの生徒がルチール家だとすぐにわかりました。
「スフィアお母様、男の子ですよ。将来が楽しみですね!」
助産師が生まれたての赤ちゃんを女性に渡しました。女性はにっこりと笑って、赤ちゃんを受け取りました。スフィアは、その赤ちゃんは目が輝いているように見える、と言っていました。
今日は、スフィアという女性が、男の子を産みました。スフィアはこの男の子を、テルラートと名付けました。
テルラートは健康にすくすくと成長しました。とても愛らしいその小さな姿には、国中が癒されました。皆、何の問題もない、優秀な子になるだろう、と思っていました。
しかし、とんでもないことが起こったのです。小学校1年生になってすぐのことです。夕食を食べているときに、起こりました。テルラートは右手でご飯を食べていました。テルラートは両利きだと思われていたのです。
「テルラート、学校でも右手で食べているの?」
「はい。でも友達は、『なんで左手で食べないんだ』と言います。僕には理由がよくわかりません。」
そういえば、テルラートにはルチール家のことを話したことがなかったな、と思いました。しかし、スフィアは、話すのはもっと先でもいいだろう、と思いました。スフィアは子供時代、左利きについて母にいろいろ言われて、ストレスを感じていたので、子供のテルラートに負担をかけたくなかったのです。
「右手で食べるのもいいけれど、左手で食べてみたら?その方がかっこいいわよ?」
「だって、お母様。僕、左手があんまり上手じゃないんです。」
「気のせいよ、やってごらんなさい。私が教えてあげるから。」
そう言って、テルラートに左手でご飯を食べさせました。すると。
「テルラート、こうしてみて。」
「はい、お母様。」
テルラートが手こずっているから、スフィアは少し焦ります。思い切って、テルラートに聞いてみました。
「ねぇ、テルラート。」
「なんでしょうか、お母様。」
「もしかして、左で食べるのは難しい?」
「はい。とっても難しいです。でも、頑張ります。頑張ったら、お母様がほめてくれるから。」
「本当に難しいの?」
「はい。」
「え…嘘でしょ…そんな…」
バタッ
「お、お母様!?大丈夫ですか?」
テルラートは急いでカーリーを呼びに行きました。
ガチャ
「お父様!」
「テルラート。部屋に入るときはノックをしろと言っているだろう?」
「はい。すみません、お父様。でも、それどころじゃないんです!」
「どうしたんだい?落ち着いて言ってごらん?」
「お母様が、お母様が…倒れてしまったんです。」
「なんだって。ありがとう、テルラート。」
カーリーはすぐにどこかへ電話をしました。そして、テルラートに向かって、笑って言いました。
「テルラート、今、対応できるメイドさんを呼んだから、一緒に妻のところへ行こう。」
「はい、お父様。」
テルラートはカーリーと一緒に部屋を出て、スフィアのいる寝室へ向かいました。
メイドは、気を失ってしまっただけだと言います。カーリーは、そんな物語のようなことが本当にあるのか、と驚いていました。しばらくして、スフィアが目を覚ましました。
「スフィア!」
「あら、カーリー。私、倒れてしまったのね…」
「お母様、大丈夫ですか。」
「何があったんだい?」
「カーリー、ちょっと、いいかしら。テルラート、ちょっと待っていてくれる?」
「はい、お母様。」
スフィアとカーリーは、カーリーの部屋へ向かいました。
「一体、何があったんだい?」
「実はね… テルラートは、右利きかもしれないの。」
「なんだって!?それは本当なのかい?」
「えぇ、多分。夕食のときにテルラートに聞いてみたのよ。『左手で食べるのは難しい?』って。そうしたら、あの子、『難しい』って言ったの。でも、右手では簡単そうに食べ物を口に運ぶの。きっと右利きなんだわ…どうしましょう。」
「そうなのか…テルラートは成績はいいのか?」
「それが、普通なの。どのテストも、平均より少し上なの。だから、すごく良いとはとても言えないわ。」
「そんなことが知られたら、テルラートが裏切り者になってしまうではないか。」
「そうね。早く隠さないと。」
「テルラートに言ってくる。スフィアはあとから来い。」
「わかったわ。急いでね。」
カーリーは、急いでテルラートのもとへ向かいました。
一方、その頃。メイドとテルラートは、仲良く話をしているようです。話題が発展し、学校の話になりました。
「お坊っちゃま、テストはどうですか?良い点、取れてますか?」
「それがね。皆と同じくらいなんだ。だから、お母様がちょっと悲しそうな顔をするんだ。」
「そうですか…頑張ってくださいね。」
「うん!」
そのあと、メイドは一度深刻そうな顔をしましたが、テルラートにそんなところは見せてはいけないと、笑顔を戻しました。テルラートは、気がついていない様子です。
そこに、カーリーがやって来ました。
「テルラート!」
「お父様、なんでしょうか?」
「すみません、ちょっとよろしいですか?」
「あぁ。私も話したいことがあってな。テルラート、すまない。もう少しだけ待っててくれるか?」
「はい、お父様。」
そう言って、二人は部屋を出ていきました。
カーリーの部屋に入りました。スフィアはまだそこにいました。スフィアにさっきの話をするということを伝え、カーリーは、咳払いしました。そして、メイドに話し始めました。
「実はな、テルラートは右利きかも知れないんだ。」
「まぁ、それで気絶してしまったのかしら…?無理もないわ。」
「右利きだったときのために、これは秘密にしてほしい。」
「もちろんです。あっ、お父様。私から話したいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「いいぞ。なんだ?」
「お坊っちゃまは、あまり成績がよくないようで。」
「知っている。」
「それから、お母様が悲しい顔をしている、と。もしかしたら気がついているのかもしれません。」
「そんな…テルラートが無理をしていたらどうしましょう。」
スフィアは泣き出してしまいました。しかし、カーリーはスフィアに何も言えませんでした。
しばらく、スフィアの泣く音だけが残りました。
「メイド、スフィア。これは秘密にして、隠し通そう。協力してけれるか?」
「もちろんです。」
「それしか方法がないわ。あの子が幸せに生きるには…」
三人は、無事にこの国から出す方法を一生懸命考えました。
あれから数週間後。やっと、計画を完成させました。完璧な計画です。
「テルラートが後ろ向きにならないといいのだけれど。」
スフィアは心配しています。しかし、カーリーは言います。テルラートを信じろ、と。
「では、明日から決行ということでよろしいでしょうか?」
「あぁ。そうしましょう。早いほうがいいでしょう」
「テルラートには申し訳ないな。でも、仕方がない。」
「では、頑張りましょう。」
「よろしくな。他言しないように、頼むぞ。」
「もちろん、テルラートにもね。」
「わかりました。肝に銘じます。」
その後、しばらくテルラートの最近の様子について話をしました。もちろん、右利きについての話も、です。すると、ドアの後ろに、なんだか怪しい人影が――――――――。
「お母様。」
あれから数日後のことです。テルラートが悲しそうな顔をして、スフィアに話しかけてきました。スフィアは、計画が順調に進んでいるんだ、と理解してホッとしました。本当は悲しいのですが、落ち着いてポーカーフェイスを保ちました。
「テルラート。どうしたの?」
さわやかな笑顔をテルラートに向けます。でも、心の中では、うまく顔がつくれているだろうか、とドキドキしています。
「最近、皆僕のことを避けるんです。なぜでしょうか…」
「メイドかしら?」
「はい。」
「では、メイドたちに―――。」
「でも!」
「えっ…。何かあったの?」
「メイドさんたちだけじゃないんです。」
「そうなの?」
他にテルラートを避ける人なんて、いただろうか。スフィアは疑問に思いました。カーリーが気を使ってやってくれたのかしら、と思いました。
「はい。僕が街へ出かけると、皆は僕を軽蔑したような目で見るのです。パンを買ったときも、おじさんはなんだか冷たかったんです。」
スフィアは驚きました。テルラートを国から出すための計画に入っていなかったのです。しかし、スフィアは、カーリーが私に内緒でそういう演出をしたのかしら、と思いました。
「本当にそうなの?」
「はい。皆、僕のことを『あの子はだめな子だ』と指をさして言うのです。」
「そんな…」
スフィアは、これはおかしい、と感じ始めました。絶対に、何があっても右利きのことをばらさないようにして進める、と話していたのです。それが、こんなことに。詳しく聞いて、手がかりをつかもうと試みました。
「テルラート、他には何を言われたの?」
「えぇと…『何もできない子らしい』とか、『この国の恥だ』とか―――」
スフィアは耐えていました。自分の子をこんなに悪く言われて、悲しいわけがありません。テルラートも悲しそうでしたが、言い続けていました。そして、次の言葉で白黒はっきりしました。
「『右利きなんて、こんなもんだ』とか。」
そう、テルラートが右利きだということを知られてしまったのです。なんということでしょう。
「う…ひっく…そんな…」
「う…なんで…なんで僕だけが…うわぁぁん!」
スフィアは泣き崩れてしまいました。すると、テルラートも耐え切れなくなったのか、泣き出してしまいました。
それを聞きつけて、カーリーが駈け込んできました。
「どうしたんだ!?」
「カーリー、どうしましょう…ルチール家の恥だわ…」
「いったい何が…」
その後、落ち着いてからスフィアに詳しい話を聞きました。カーリーは頭をかかえてしまいました。しばらくして、カーリーは言いました。
「スフィア。これからこの子は苦しみのあまり、死んでしまうかもしれない。でも、決して見捨てないと約束してくれるか?」
スフィアはコクコクとうなずきました。
「それから、テルラート。お前にはまだ将来がある。こんなところで死んではいけない。だから、決して希望を捨てるな。希望を持ち続ければ、きっと何かが変わるはずだ。」
カーリーは話を続けます。
「二人ともいいか?どんなことがあってもだ。例え国が敵になったとしても、絶対にあきらめるな。皆辛いとは思うが、ここを乗り越えて生きていくんだ。」
その後、カーリーは二人を落ち着くまでずっと励まし続けました。
それから一年。三人は必死に耐えました。時には危害を加えられることもありましたが、国王は何も言いませんでした。テルラートを消してほしかったからです。スフィアはとても辛く、あきらめてしまいそうでした。が、カーリーの言葉を思い出し、何度も立ち上がりました。テルラートも、スフィアのその姿を見て、あきらめずに希望を持ち続けました。
それからまた一年。テルラートの味方になってくれる国民が現れました。「さすがにひどい」としびれを切らしたのでした。その優しい国民たちは、テルラートが殴られたりしているところを助けてくれました。また、学校であった嫌なことを聞いてくれました。そのため、三人の大きな心の支えとなりました。
それから半年がたったときのことです。国民が国王から武器をもらい、襲ってきたのです。こちらも黙っているわけにはいかず、反抗しました。何度も何度も…
ですが、武器を持っている相手にはかないません。三人のために、多くの国民が犠牲となりました。三人は申し訳ない気持ちでいっぱいでした。
「この人たちのためにも頑張ろう。僕たちは生きなければならないんだ。」
カーリーが言いました。スフィアとテルラートはうなずきました。
しかし、何事にも限界はあります。敵が家に爆弾を仕掛けたというのです。カーリーは急いで爆弾を見つけ出しました。しかし、壁にしっかりと固定されていて、外れません。さらに、なんとその爆弾は時限爆弾だったのです。三人は急いで逃げようとしましたが、なんとドアが開かないのです。スフィアが窓から逃げようと思いつきました。ですが、周りは銃を持った敵に包囲されていて、外へ出たら撃たれて死んでしまいます。生き残る手段はもうない、と気がつきました。カーリーもさすがにどうしようもないと思いました。
「二人とも、もう無理だ。あきらめよう。」
カーリーがそう言うと、二人は泣き出してしまいました。でも、現実は変えられません。そんなことはテルラートにもわかっていました。
「お母様…僕、死にたくありません…」
「テルラート…ごめんね…」
「守ってやれなかった…すまない。」
テルラートは微笑んで、カーリーとスフィアに言いました。
「お父様、お母様。ありがとうございました。僕、本当にうれしかったです。辛いとき、お父様とお母様だけは僕を慰めてくれました。どんなに悪いことがあっても、僕を助けようとしてくれました。とっても感謝しています。」
それを聞くと、スフィアはさらに大泣きしました。うれしくてうれしくてたまりませんでした。テルラートの母親でよかったと思いました。
「最後に一つだけ、甘えてもいいですか…?」
「…なぁに?」
「なんでも言ってみろ。」
「…手をつないでいたいです…」
「そんなことか…」
「いいわよテルラート。」
三人は手をつなぎ、輪になりました。絶対に離さない、とぎゅっと握りしめました。
そんな幸せな時間もつかの間。カウントダウンは残り10秒。
「ありがとうございました。」
「テルラート…」
残り5、4、3――――
三人は声をそろえて言いました。
「大好き。」
2、1――――
つないだ手を確かめるように、もう一度強く握りしめ、目を閉じました。
―――――――0。
「おい、死んだか!?」
「死んでないわけがないだろう?」
爆弾は爆発し、家は丸ごと焼けました。その焼けた家の中には、しっかりと手をつないだ三人の死体が残っていましたとさ。
ありがとうございました。