第54話「三竦み-10」
「まさか、こんなに早く会えるとはね……」
私はハルバードを両手で構えながら、例の事件の犯人と見るべき妖魔の少女の様子を観察する。
背はシェルナーシュより少し低いぐらいで、見た目の年齢もさほど変わらない。
武器は両手に持っている二本の鉈。
服装は……ボディラインがそのまま出ている袖なしの服にスカート、ベレー帽、ブーツにひざ上までのソックスと、そのままの格好ではヒトの集団に混ざるのは難しそうな格好をしている。
「どうする。ソフィア」
「私に任せて頂戴」
「分かった」
どことなく引き気味な様子のシェルナーシュは私の後ろに下がらせ、チャールさんとデルートさんの護衛に回す。
で、少女についてだが……流石に夜である今、少女の髪や目の色を判別する事は出来なさそうにない。
が、全体的にヘニトグロ地方の人々とは違う色合いな気がする。
「よっ……と!?」
「させないわよ」
少女がチャールさん目がけて跳躍すると同時に、私は少女の進行方向上に割り込み、ハルバードを横に薙ぐ。
が、少女は私の攻撃を二本の鉈で受け止め、吹き飛ばされると、衝撃を完全に殺して地面に着地する。
うん、武器を扱えている時点で分かっていたが、やはり彼女も私、サブカ、シェルナーシュと同じく変わり者の妖魔だ。
「どうして邪魔をするの?」
「邪魔をして当然でしょうが」
ただまあ、どちらかと言えば自分に対して素直な性格をしているらしい。
私に向けて明らかに不快そうな表情を向けているし、そもそも街中であんな目立つ事件を引き起こしているし。
「ふうん……」
それでも今の一言だけで、私が何故チャールさんを守るかを理解できる程度の頭はあるらしいので、まあ仲間に引き込む及第点には到達していると思う。
なお、私がチャールさんとデルートさんの二人を守るのは、それが仕事だからというのもあるが、この状況で私とシェルナーシュだけが生き残ってしまうと、犯人との繋がりを疑われるからだ。
そしてヒトに疑われてしまえば、私もシェルナーシュもかなり拙い事になる。
なにせ私にもシェルナーシュにも、妖魔と言う絶対に隠さなければならない事柄が存在しているからだ。
「ソフィア……」
「大丈夫よ。心配しないで」
いやまあ、そんな状況になったら、とっととマダレム・シーヤから逃げ出せばいいんだけどね。
タダ働きになるのは痛いけど、命あっての物種だし。
「ふっ!」
「っつ!?」
少女が私に向かって鉈を振るいながら跳躍してくる。
それを私はハルバードの柄で受け止めると、斧で軽く反撃する。
「よっ、ほっ、とりゃあ!」
「はあああぁぁぁ!」
そしてその攻撃を皮切りに、少女は二本の鉈を巧みに操って私に攻撃を仕掛け、私はハルバードの柄と刃の両方を使って少女の攻撃を凌ぎつつ、時折反撃を行う。
「ひっ、ひいいぃぃ……」
「な、何が起きているんだ……」
勿論お互いに手加減はしている。
が、それでもなお、夜目が利かないために辺りの様子が分からないチャールさんとデルートさんの二人を怯えさせるのには十分な量の火花と、金属と金属がぶつかり合う音が辺りに響き渡ってる。
「はっ!」
「っつ!?」
やがて私の一撃によって均衡が崩れる。
少女の持っていた鉈の片方が刃の途中で折れ、その事に驚いた少女が一歩引いたのだ。
しかし……うん、今更ながらに、このハルバードの異常さが良く分かる。
「……」
「山の中で慣れてる私と同じくらい夜目が利くなんて驚きね……」
少女が手に持っている鉈は、既に無数の刃こぼれを起こしていて、廃棄せざるを得ない状態になっているのに対して、柄と言う脆い部分で何度も攻撃を受けたはずの私のハルバードは傷一つ付いていないのだから。
うん、もしかしなくても、このハルバードには何かしらの魔法がかかっているのかもしれない。
今は調べる余裕なんてないから無視するけど。
「ーーーーー!」
「お、応援か!?」
「やった!」
と、ここで私たちの戦いの音を聞き付けたのか、周囲からヒトが駆け寄ってくる音と、そのヒトが持っているであろう松明の明かりが見え始めてくる。
うん、これは拙い。
早いところ目的を果たしておかないと。
「シャアアアァァァ!!」
「っつ!?」
私は少女に対してハルバードを振るいながら接近すると、その顔を睨み付ける。
すると少女は一瞬その身を強張らせ、つばぜり合いに近い状態になるも、まるで腕に力が入っていなかった。
どうしてそうなったのかは分からないが……これは好都合だ。
「明日の昼。ヒトの衣服を着て、『クランカの宿』に来なさい」
「!?」
私は少女の耳元に口を近づけると、周囲に居る他のヒトに聞こえないように小さな声で囁く。
「っつ!?」
「っと!?」
そして囁き終わったところで、弾き飛ばされた様に私は少女の前から跳び退く。
「……」
少女は不満げな様子で私の顔を見つめている。
が、やがて多くのヒトが集まって来ている事を察したのか、両手に持っている鉈を捨て、代わりに自分が仕留めた魔法使い二人の頭を持ち、跳躍。
近くの建物の屋上に飛び乗ると、そのままマダレム・シーヤの闇の中へと消え去った。
「大丈夫か!」
「何が有った!?」
「うわっ!?なんじゃこりゃ!?」
「うっ……」
「ふぅ……何とか助かったわね」
「そうだな」
そしてそれと時を同じくして、私たちの前に他の地区を警備していたヒトたちが現れたのだった。