第43話「マダレム・シーヤ-4」
「察しが良いな。が、金を貰った以上は俺が知る限りの事をきちんと説明させてくれ。連中がどういう関係なのかを始めとしてな」
「ああごめんなさい。よろしく頼むわね」
マスターはそう言うと、一度店の中を見回してから、カウンターの向こうに用意してあったであろう椅子に腰かける。
「まずマダレム・エーネミとマダレム・セントールの関係だが、はっきり言って最悪だ」
「最悪?」
「ああ、さっきまで仲良く酒を酌み交わしていた二人が、お互いの出身都市がエーネミとセントールだと分かった途端に全力で殴り合いを始める程度には最悪で根深い」
「……」
マスターの言葉に私は絶句する。
マダレム・シーヤに辿り着くまでの間に噂を小耳に挟んでいたので、二都市の仲が悪いのは知っていた。
だがまさか、お互いの産まれた都市がそこであるだけで殴り合いに発展するほどとは……。
うん、正直に言わせてもらいたい。
「馬鹿じゃないの?」
「誰もがそう思っている。が、困ったことに本人たちは至極真面目だ……」
私の言葉にマスターも軽く眉間を揉みながら言葉を返してくる。
どうやら私の感想はヒトの視点で見ても至極マトモな物であるらしい。
と言うか、妖魔の視点で見ても、ヒト同士で勝手に殺し合いをするとか、獲物が少なくなるから本気で止めて欲しい。
いやまあ、戦場近くに居る妖魔にしてみれば、自分でヒトを殺さなくても肉が手に入るから楽でいいのかもしれないけどさ。
まあ、独白はここまでにしておくとして。
「どうしてそんなに仲が悪いのよ。ヒト同士なのに」
「今となっては最初に戦いが始まった理由は分からん。なにせ俺の親父が昔街が有った場所で酒場をやっていたころから、数年に一度は大規模な戦いを起こしていたらしいからな」
「ふうん……」
「まあ憶測と言うか、噂の範疇でなら、戦いが始まった理由は色々と言われているがな」
「と言うと?」
「二都市の近くを流れる川の利権、女子供、麦などの食料、魔石、その他諸々なんでもござれだな」
「……」
とりあえず余りにも二都市の戦争理由が酷くて頭を抱えそうになる。
うん、なんとか気持ちを持ち直しておこう。
まだ話は終わってない。
「ま、実際の所としてだ。どっちの都市にとっても最初の理由なんてものはもうどうでもいいんだろうな。でなければ、多くても年に一度だけとは言え、毎年血を血で洗うような戦いをするとは思えん」
マスターの目にどことなく昏い光が宿る。
けれどそれで私も理解する。
「怨み……ね」
「そうだ。親を殺された怨み。子を殺された怨み。兄弟を殺された怨み。姉妹や娘、妻を奪われた怨み。そう言ったありとあらゆる怨みをあいつ等はお互いの都市に抱いている。その結果があの戦争だ」
今、エーネミとセントールの二都市が戦っているのは、積もりに積もった怨み。
それを晴らすためだけに戦っているのだ。
その戦いこそがさらに多くの怨みを生み出しているというのに。
「まあ、怨みで戦う事そのものを否定する気はないわ」
「そうだな。その点については否定しない」
恨みを晴らすための行動そのものを私が否定することは無い。
私もその恨みの念に従って、一人のクソ男を殺すという行動をした事が有るからだ。
「それにまあ、奴らが勝手に殺しあう分には構わない。戦争をするとなれば、色々と入用な物が出て来て、その全てを自都市だけで賄う何てことは出来ないからな」
「まあ、商人にとっては稼ぎ所よね」
「問題は戦争が長引いた結果として、奴らがとある搦め手を使い始めた事だ」
「搦め手?」
搦め手?
うーん、戦争と言うか大規模な戦いになればなるほど、自分たちを有利にするための策略は考えるものだと思うけど。
実際、マダレム・ダーイを襲撃する時は私も色々と考えたわけだし。
「周囲にある他の村や都市国家を自分たちの側に引き込む為に色々とし出したのさ」
「まあ、味方が多い方が何かと有利なのは確かよね」
「そうだ。そのために奴らは競うように様々な手を打ち始めた。小さな村が相手なら、有事の際に戦力を送ることを条件に自分たちの側へと引き込んだし、都市国家が相手なら、同盟を結ぶことによってだ」
「そして相手が素直に従わないなら武力で無理やり……ね」
「そう言う事だ」
仲間を増やすというのは考え方としては間違っていないと思う。
どういう搦め手を使うにしても、数が無ければどうしようもない状況と言うのは少なからずあるのだから。
「後はお前が最初に察した通りだ。ここマダレム・シーヤはどちらの都市から見ても近く、都市国家と言える程に大きい都市。となれば、どちらの都市にとっても喉から手が出るほどに欲しい」
「だからどちらの都市もマダレム・シーヤを従わせようとして……自分たちの下に来ないと理解したら襲ってきた」
「そうだ。そのせいで俺の親父も死んだし、街だって丘の上に移さざるを得なかった。だからこの街生粋の住人なら大抵はその二都市の連中の事は嫌っているよ。殴り合いをするほどじゃあないがな」
「なるほどね。だいたいの所は掴めたわ」
ただまあ、暴力に訴えて仲間を増やすというのは最悪の方法だろう。
そんな方法で仲間を増やしたところで、何処かで瓦解するのは目に見えているのだから。
内側から崩されるか、外側から崩されるかはさて置いてだが。
「一応聞いておくわ。今、マダレム・シーヤはどっちの味方なの?」
「勿論、どちらの味方でもない。味方になるわけがない」
でもまあ、恐らくこの場合はたぶん外側からだろう。
私はマスターの笑みからそうなる予感を感じた。
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