第322話「世界の秘密-7」
レーヴォル暦948年、フロウライト・ペリドットのとある家屋にて。
「そうして今に至る。と言うわけですか」
「ええ、そうなるわ」
私は彼……ああいや、彼女と暗い家屋の中、一対一で話をしていた。
彼女の話は実に興味深く、今までに我々の歴史で起きた出来事を整合性を持って、よく説明できていた。
が、残念な事に彼女の話を真実であると証明できる証拠は早々見つからないだろう。
「群雄時代や暗黒時代には何を?」
「んー……貴方が言う所の群雄時代や暗黒時代にも、一応色々とやってはいたわ。けれど、トリスクーミの管理者である以上、ヘニトグロ地方にだけ関わっているわけにはいかないし、その二つの時代で私がやった事と言えば、今までやった事の焼き直しみたいなものなのよ」
「つまり貴方の助力を願う者の影に隠れて、状況を自分にとって都合がいいように動かす。ですか」
「端的に言ってしまえばそうなるわね」
なにせ、彼女の語る歴史が真実である場合、世界がひっくり返るのではないのかと言う程の衝撃が世界中を襲う事になるのだから。
そんな状況はどの有力者も……それどころか、彼女自身も望まないだろう。
「ああでも、暗黒時代については一つ言っておく事が有るわね」
「ほう」
彼女はふと、何かを思い出したかのように笑みを浮かべる。
その笑みはとても蠱惑的で、彼女の正体を知らなければ、その笑みだけで引き摺り込まれてしまいそうな物だった。
「あの時代、私は殆ど何もしていないの。とある村を馬鹿な聖職者から救いたいと言う少女の願いを叶えたぐらいかしら」
「『エイド村の聖女』ですか?」
「ええそうよ。確かそんな名前の村だった」
「しかしそうなると……妙な事になりますね。あの時代が終わるきっかけになったのは、一人の修道士が御使いに出会って、教えを授かった事だったはずですが。貴方は……御使いソフィール自身はそれに関わっていない。と」
「ええ、私は間違いなく関わっていない。他の二人もこの件には関わっていない。でも御使いは現れたの」
「不思議な事もあるものです」
「本当にね」
私は彼女の話を聞きつつも、その修道士が見た御使いが何だったのかを考える。
私の前に居る彼女が嘘を吐いていると言う可能性を除外して、その上で順当に考えれば、修道士が幻覚を見た、偽物の御使いだった、作り話だったと言ったあたりが妥当な所だろう。
しかし、彼女の様子を見る限り、彼女は修道士が現実に何かを見たと確信しているらしい。
「でもそうね。もしかしたら本物の御使いが、新しい御使いが、私の知らない内に何処かに生まれているのかもしれないわ。それなら説明も付くわ」
「貴方がそれを言いますか」
「私だからそれを言うのよ」
本当に彼女は楽しそうにしている。
その様子は、まるで長らく見なかった友と再び出会えることを喜んでいる様にも見えた。
だが、何故そんな表情をしているのだろうか?
「さて、これで私の話はおしまいにしましょうか」
と、彼女が椅子から立ち上がる。
なので、私も彼女に追従するように慌てて立ち上がる。
「今回はお世話になりました」
「ふふふ、言うほど大したことはしてないわ。どうせ一般向けには発行出来ないでしょうし」
「いやまあ、それはそうでしょうが、貴方のおかげで長年の疑問が氷解しましたよ」
「それは嬉しいわね」
実際、彼女の言うとおり、彼女の話をまとめたこの本を世に出す事は出来ないだろう。
いや、その気になれば出せるのかもしれないが、少なくとも私の命はないだろう。
「それじゃあ……」
彼女が家の外に繋がる扉に手を掛ける。
そこで私は一つ質問するべき事柄が残っていた事を思い出す。
「ああ待ってください。一つお聞きしたい事が残っていました」
「何かしら?」
「貴方は、ヒトの事をどう思っていらっしゃるのですか?」
月の光によって彼女の笑みが闇の中に浮かび上がる。
「愛しているわ」
「愛している……ですか」
その笑みはこの数週間で見た彼女の表情の中で、最も美しい顔だった。
「ええそうよ。それこそ、食べて一つになってしまうほどに」
「……」
「私はヒトを愛している。だから私は今もヒトの敵として在り続けている。妖魔らしく生きている」
「妖魔らしく……」
「ヒトがヒトらしく生きている限り、私も妖魔らしく生き続ける。それが私の在り方よ」
彼女の姿が闇に消え去って行く。
「何時までも私が愛せるような存在であってほしいとは言わないけれど、幻滅だけはさせないで頂戴ね」
その言葉を最後に彼女……土蛇のソフィアの姿は完全に消え去る。
後には何も残っていなかった。
だが、彼女が確かに存在していた事を示すように、私のノートには彼女との語らいが記されていた。
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土蛇のソフィア。
蛇の人妖である彼女は1000年以上の時を生き続ける最凶の妖魔であり、魔王と呼ばれる事もある。
彼女は今もヒトの社会に潜み、ヒトを喰らっている。
彼女はヒト共通の敵である。
これらは間違いなく事実である。
だが彼女は間違いなくヒトを愛してもいる。
愛しているが故に彼女はヒトを喰らうのである。
彼女が死ぬ時は……ヒトがヒトで無くなってしまった時ではないかと私は思う。
歴史家 ジニアス・グロディウス
これにてソフィアズカーニバル完です。
およそ一年の連載にお付き合いいただき、ありがとうございました。
なお、新作は年明け、1月3日12時からの投稿を予定しています。
12/24誤字訂正