第319話「世界の秘密-4」
「さて、茶でも飲みながら……ああ、海月共が片付けてしまったから、呼び出さなければいけないのだったな」
例の神は私が以前インダークの樹の根元で幻視した時と同じ姿で革張りのソファーに座っていたが、立ち上がって何かをしようとするが、何かに気づくと机に備え付けられた小さな鐘を鳴らす。
「まったく、私は屋敷の中の物は全部把握していると言うのに、何故片付けなければいけないのやら。妹と娘の紹介だから受け入れたが、訳が分からん」
「「……」」
ああうん、やっぱりそう言う事なのだろう。
たぶん私とは別の椅子に座っているイズミも気付いているだろうが、例の神は物が片付けられないタイプであるらしい。
片付けられないと言っても、物を散らかして汚いと言う意味ではなく、自分だけは何処に何が有るのかを把握しているので、元有った場所に戻さなくても問題ないと言う話だが。
後、イズミやあの侍女たちの様子や所属から考えるに、常駐の部下を持っていないのだと思う。
居たらイズミを呼ぶ必要はないはずである。
「さて、まずは自己紹介といこうか」
やがて水色髪紫目の侍女が何処かから現れ、香りのいいハーブティーを私たちの前に置いた後、何処かに消え去る。
さて、既に例の神について残念な方面の情報は出て来ているが、本題はこれからである。
「私の名前はリコリス=H=インサニティ。『秘匿』と呼ばれる事もあるが、この世界トリスクーミでは、人間と言う種をこの世界にもたらす祖神であると言った方が正しいな」
例の神改め『秘匿』リコリス=H=インサニティはハーブティーを一口すすると、自らの事を自慢げに紹介する。
それにしても人間と言う種をこの世界にもたらした……ね。
「人間……と言うのは、ヒト、妖魔、英雄を一括りにしたものでいいのかしら?」
「ああ、その認識で問題ない。最初のヒトは私が色々な物を混ぜ合わせて作ったものだし、妖魔は私が地脈という形でこの世界に流し込んでいる魔力が特定の条件下で、不安定ながらも生命体化するようにしたものだ。英雄……ああ、後天的なものだな。それは不定期にソナーを打ち、力を求める者を見つけ、地脈を介して私の魔力を授けてやったものだ。だから、根本的には同一のものだ」
「ふうん……」
『秘匿』はどうだと言わんばかりの顔で、自分のしたことを語っているが、中々に巨大な爆弾になりそうな情報が出てきている。
と言うかだ。
今の話が正しいのであれば、妖魔がヒトを食べなければならないのは、不安定な生命体であるのが原因ではないのだろうか。
不安定だからこそ、安定化の為に根本が同じであるヒトを喰らわなければならないのではないだろうか。
私がフローライト以外の英雄を食べたいと思えなかったのも、フローライトが自ら命を絶ったのも、『秘匿』の魔力が原因ではないだろうか。
……。
まあいい、全ては憶測でしかない。
今は話を進めよう。
「どうした?」
「いえ、何でそんなシステムを作り上げたのかと思ったのよ。人間に自分の身の回りの世話をやらせたり、この世界の開拓をやらせたいと思うなら、貴方の周囲にそれ相応の数の人間が居るか、貴方の存在が広く知られているべきでしょう。でも、私の知る限り貴方の存在を知る人間は居ないも同然だわ」
「ああ、その事か」
私の誤魔化しに『秘匿』は納得したような表情で頷く。
それはさておき、妖魔が死んだ時に魔石化するのもおかしな点ではある。
シェルナーシュ曰く、魔石化して魔法と言う形で別の現象になってしまえば、その魔力の大半は地脈に還らず、周囲に霧散することになるそうだ。
これでは何かしらの補給手段がない限り、『秘匿』の魔力がどれほど膨大な物であっても、いずれは枯渇してしまうはずである。
「それは私の目的上、私の存在が知られていない方が都合がいいからだ」
「都合がいい?」
「私はな、人間に戻りたいんだ」
「……」
『秘匿』は至極真面目そうな顔で自分の目的を、そして多少の昔話をする。
その話によれば、『秘匿』は元々普通の人間の娘であったらしい。
だが、ある時突然トリスクーミの地脈に存在している魔力を全て足しても比較対象として小さすぎる程の力を授かってしまったらしい。
で、その後色々とあって、力を分割する際に人格と肉体も分かれて、『秘匿』は大昔のトリスクーミにやって来たそうだ。
『秘匿』は人間だった頃の自分をよく覚えている。
覚えているからこそ、あの頃に……こんなふざけた力を持っていない自分に戻りたいらしい。
そして、人間に戻る手段として、その身に宿った膨大な力を効率よく、けれど激しい反応を伴わないで魔力を消費する方法を求め、ヒト、妖魔、英雄と言う人間を三種に分けるシステムを造り上げたとの事だった。
「まあ、実際効率はいいわよね。ヒトは放っておいても勝手に増えて、勝手に開拓をして、勝手に魔力を消費してくれる。妖魔は魔力を消費して生み出され、ヒトを喰らい、地脈に還らない。英雄も魔力を消費して生み出され、増えすぎた妖魔を狩り、その内死んで魔力は霧散する。ヒトの数が増えれば増えるほど、魔力の消費スピードは上がるし、魔力の浪費をする上では素晴らしいシステムだわ」
「ふふん、そうだろう」
尤も、システム考案者にとって都合がいいだけで、このシステムの輪に組み込まれる側にとっては堪ったものでは無いだろう。
特にある面において致命的に拙い点がある。
だがそれを指摘するよりも先にだ。
「で、こんな話を私にして、貴女は何をしたいの?リコリス=H=インサニティ」
私をこの場に招いた理由。
それをいい加減に問い質すべきだろう。
「ふふふ、話が速くて助かるな。だがその前に語るべき話がある」
「語るべき話?」
だが私の質問を遮って、『秘匿』は自分の話を続ける。
分かってはいたが、『秘匿』はヒトの話を聞かない方であるらしい。
「……。貴様についてだよ。土蛇のソフィア」
そして、少しの溜めと共に切り出されたのは、私についての話をすると言う言葉だった。
つまりヒトも、妖魔も、英雄も、システム的には人間だったんだよ!