第318話「世界の秘密-3」
「ここは……」
光が止んだ時、私の周囲の光景は一変していた。
先程まで私が居た場所には台座と扉以外には一切の人工物が無く、大地も血のように赤い岩に覆われていた。
だが、今私が居る場所は立派な絨毯が敷かれ、綺麗な装飾の柱にシャンデリア、その他各種美術品が配された立派な空間……何処かの屋敷のホールのような場所だった。
当然、気温も身を切る様に冷たい物から、暮らすのに適度な暖かさになっている。
完璧な空間移動……いや、亜空間移動だった。
「あ、来たんだね」
「誰?」
私は声がした方に顔を向ける。
そこに立っていたのは狼の耳を頭から生やし、狼をモチーフにした装飾品を幾つも付けている、一見すれば狼の妖魔の人妖にも見える少女。
だが、少し目を凝らせば分かる。
彼女は狼の妖魔ではない。
と言うより、私とは根本から……生まれた世界も育ちもその身に帯びている力の種類すらも違う。
完全に外の世界の存在だった。
「イズミはただの案内役だよ。貴方をここに呼んだ存在から、貴方を自分の下に連れてくるように言われてる」
イズミと名乗った少女はそう言うと、視線を自らの背後に在る階段へと向ける。
「案内役……ね」
さて、付いて行くべきか、付いていかないべきか。
いやまあ、この島に来た理由を考えると、付いて行く以外に選択肢はないのかもしれないけれど、彼女が本物の案内役であるという保証は何処にもない。
「一応言っておくけど、イズミはイズミの仕えている相手から頼まれて、緊急で寄越されただけだから、詳しい事情は知らないよ」
と、私の考えている事が伝わってしまったのか、イズミは何処か呆れ気味にそう言う。
それにしても緊急で寄越されたという事は……イズミの仕えている主と、私を呼んだ例の神は別の存在と言う事か。
それなら案内役として多少は信頼できるかもしれない。
神同士と言えども、やっていい事と悪い事がヒト同士のそれと大きく異なるとは思えない。
「分かったわ。案内して。私の名前はソフィアよ」
「男なのに女みたいな名前に喋り方だね。いいよ、イズミに付いて来て」
どうやら私の性別も完全にバレているらしい。
まあ、バレたところで大した問題はないか。
私はイズミの後に付いて行く形で、ホールの階段を昇り始めた。
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「それにしても随分と広いのね……」
「無駄に広いと言った方が正しいと思うよ」
イズミと共に移動を始めてから数分後。
目的地にはまだ着かない。
空間を弄れるのであれば、空間を広げるぐらいは出来て当然だろうし、見かけ以上に屋敷が広くても違和感はない。
が、イズミの言う無駄に広いという言葉に同意したくなる程度には広く、複雑な構造を取っているようだった。
「バトバトバトラー」
「メイド、メイド、メメイド」
私とイズミの横を、頭に侍女が使う頭巾や執事が使いそうな眼鏡を付けた水色の海月が何かを話しながら慌てた様子で駆け抜けていく。
「B班は庭の整備を、C班は第28通路の掃除を……」
「おい、F班は何をやっている?休憩時間はもう終わりだと伝えてこい」
「ジージョー」
「シッツージー」
そして、先程横を通り抜けた水色の海月を追うように、水色髪に紫色の目をした侍女と執事、そして水色の海月たちが忙しそうに通り過ぎていく。
彼らの発している雰囲気、纏っている空気は、イズミのそれよりもさらに私から遠く離れたものであると私は感じた。
彼らの実力や正体は分からない。
が、外の世界の存在である事だけは確かだろう。
「気にしなくても大丈夫だよ。彼らはこの屋敷を掃除しに派遣されてきただけだから」
「派遣?」
「そう言う会社があるの。『世界規模の大掃除だってやってくれる凄腕の部隊を呼んでおくから、安心するのニャー』とか言ってたかな」
「逆に不安になるわね。それ」
後、イズミの発言からして、彼らもまた例の神とは別の神に仕えている存在であるらしい。
それにしても世界規模の大掃除でもやってくれると言う話なのに、あれほど忙しそうにしていたと言う事は……ああいや、その流れは今は考えないでおこう。
実際にその現場を見てみなければ、判断は下せない。
それと、語尾にニャーとか付ける神は信頼しない方がいい。
私の直感がそう言っている。
「それよりももうすぐ着くよ」
「そう、ようやくなのね」
私は何となく窓の外を見る。
そしてすぐに後悔する。
窓の外には無数の薬草が好き放題に生えた庭が何処までも続いていて、水色の海月たちが必死な様子で切り揃えていた。
あ、うん、やはりそう言う事なのだろう。
「……」
もしかしたら、この先はどれだけ私が耐えられるのかを試されるのかもしれない。
例の神視点ではそんな意識などないだろうけど。
「この部屋だよ」
イズミが部屋の扉をノックする。
「入れ」
部屋の中から例の神の声がする。
「失礼します」
「お邪魔するわ」
そしてイズミと共に私は部屋の中に入り……
「うん、よく来た。歓迎しよう」
私は革張りのソファーに座る例の神の姿を視界に捉えた。
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