第317話「世界の秘密-2」
「気味が悪い事この上ないわね」
その島には草木は一本たりとも生えていなかった。
位置的には常夏の世界であるはずの場所なのに、冬の北の果てのように寒かった。
大地を形成しているのは血のように紅い岩であり、私の使役魔法は一切受け付けなかった。
空……いや、外は高い高い山の頂上に居るのではないかと思う程に近かった。
「まるでこの世じゃないみたいだわ……」
自分自身以外に生命の息吹を一切感じられず、今まで私が居たトリスクーミから完全に切り離された異常な世界。
それがこの島を簡単に表す言葉だった。
「……」
と、私はここで自分の先程の思考に異常な部分があった事に気づく。
「外……ねぇ……」
目的地も見定まらないので、歩きながらではあるが、私はその異常な思考があった部分に考えを向ける。
そう、先程私は空と言う言葉を、わざわざ外と言い直していた。
外……この場合の外とはトリスクーミの外に違いない。
だが、私のこれまでの知識と記憶と発想から考えて、トリスクーミの外に別の領域がある等と言う考えに至る可能性はゼロである。
では、何故そんな発想に至ったのか。
「これは……」
一度疑問を覚えてしまえば、それに気づくのは容易かった。
「ふうん……なるほどね。ここはワザと開けてあるのね」
私は空を軽く見上げる。
それだけで、私と波長が合ったらしい情報が幾つも、無作為に、容赦なく私の頭の中に降り注いでくる。
その情報の量は、大量の知識を取得するのを日常的な行為とする私ならば別に問題はないが、普通のヒトならば発狂して死にかねない量である。
「興味深い情報だけれど……まずは約束を優先すべきね」
私は流れ込んでくる情報の選別と整理を行いながら、島の中心部に向けて歩き続ける。
「……」
この島は簡単に言ってしまえばフィルターである。
トリスクーミと言う世界に降り注ぐはずだった情報をこの島の上空にまとめ、降らせ、例の神による選別を行う場である。
その情報量に耐えられる存在は極々限られているため、結果として島の表には草木の一本も生えていないらしい。
あ、うん、これは私を狙って落としてきてる情報だ。
「カドゥケウス、ヒノカワ、サマエル、スヴァーヴニルねぇ」
ただ、例の神による情報の防護は完璧でなかったらしい。
詳しい原因は分からないが、私と特に波長が合った情報に限ってであるが、フィルターを通さずに通ってしまった情報が有るらしく、その事こそが私がこの島に呼ばれた原因であるようだ。
「……」
私は降り注ぐ情報の中から、私の使う四つの特別な魔法に関連する情報に限って選び出そうとしてみる。
すると、カドゥケウスはヘルメスと言う神が持つ二本の蛇が絡み付いた杖である事や、スヴァーヴニルが何かの樹を齧っている蛇である事、サマエルがエデンとか言う場所に関係がある事、ヒノカワが八岐大蛇と言う蛇が住んでいた場所である事などの情報が頭の中に入ってくる。
「なんか、どうでもいい情報が多いわね……」
で、これだけ雑多な情報であるならば、当然微妙な情報も混じってくるわけで……と言うか、大半はどうでもいい情報である。
具体的な例を挙げるならば……
『親父ってばまた信者の娘に手を出して、ヘラさんに怒られているでやんの』と言う誰かの笑い声を伴う言葉。
『我が主ぅぅぅ!貴方様の為ならば、私は喜んで地獄に落ちましょうぞおおおぉぉぉ!』と言うあまりお近づきになりたくない性格が滲み出ている声。
『根……うま……枝……うま……眠い……うま……』と言う大丈夫かと思わせる声。
『一日一人!人間の脳みそが今日も旨い!』と言う他の部位も食えと言いたくなる言葉。
『プギャー!目の前で不老不死の霊草を奪われて、ねえどんな気持ち?ねえどんな気持ち?』と、非常に腹が立ってくる声。
『ギアヒャヒャヒャ!腐り落ちろ!枯れ果てろ!火を焚け!火を焚け!』と、まるで熱病に浮かされたように激しく言い続ける声。
『あぁー、スサノオちゃんにまた酌をしてもらいたいんじゃあー、殺されてもいいからしてもらいたいんじゃあー』等と言う明らかに酔っ払いが言っている雰囲気のある言葉。
と言ったところであり、これでもまだ一例でしかなく、酷い物はもっと酷かったりする。
何と言うか……うん、百年の恋も冷めそうなぐらいに酷い情報ばかりである。
「でも、たぶんだけど、これでもまだ外に溢れている情報の極々一部、私と波長が合っている情報でしかないんでしょうね」
私は歩きながら、考察を続ける。
今私が受信している情報はごく限られた、私との親和性が高い情報であることは間違いない。
なにせ、どの情報にも必ず蛇が関わっているからだ。
この共通項と私が蛇の妖魔であることが無関係である可能性は低いだろう。
「と、見えてきたわね」
やがて私の視界に壁もなく立っている扉と、何かを填め込めるように溝が彫られた台座が入ってくる。
そのため、私は思考を切り上げると、『不錆』を手に持って、台座に近づく。
『さあさ、そのハルバードが鍵の一つだから、とっとと填め込むのニャ。そしてぐいっと回すのニャ。そうすれば会えるのニャ』
「……」
私を狙い撃ちにした誰かからの情報は無視して、私は台座を観察する。
台座には幾つもの形や大きさが違う溝が彫られていた。
四角い物や丸いもの、星形や剣型のものもある。
そして、『不錆』が丁度填まりそうな溝もあった。
「はぁ……」
私は溜め息を吐きつつ、『不錆』を溝に填め込み、回す。
すると扉の方から鍵が外れるような音がし……
「っつ!?」
次の瞬間には扉が開け放たれ、その向こうから光が放たれ、私は呑み込まれた。
『』七連内の情報はイメージしている神話があります。
と言うわけで答え合わせをしたい方はスクロールをどうぞ。
『』七連内の台詞は順にヘルメス、サマエル、スヴァーヴニル、ザッハーク、シーブ・イッサメルアメル、ホヤウカムイ、ヤマタノオロチをイメージしております。
作者の勝手なイメージですが。
12/18誤字訂正