第315話「セレニテス-3」
レーヴォル暦319年。
『セントレヴォルの大火』とも呼ばれるレーヴォル王国王都セントレヴォルで起きた大規模な火災を伴う妖魔の大発生を切っ掛けとして、三百年続いたレーヴォル王国は崩壊を始める。
そして、レーヴォル王国の崩壊に伴って、ヘニトグロ地方はレーヴォル王国成立以前の西部連合、南部同盟、東部連盟の三つが存在する以前の状態……つまりは有力都市が周囲の小都市と村を支配する都市国家時代に近い状態に戻る事となり、後にこの時代は群雄時代と呼ばれるようになる。
さて、群雄時代については次章に譲るとして、今章では『セントレヴォルの大火』について記す。
レーヴォル王国崩壊のきっかけとなった、『セントレヴォルの大火』の概要は当時の資料から判明している。
まず、首謀者は『三大人妖』……土蛇のソフィア、美食家のトーコ、魔女のシェルナーシュの三名であり、彼女らに付き従う形で無数の妖魔と人妖が王都セントレヴォルを襲った。
この事件で目に見えて凶悪な働きをしたのは、やはり『三大人妖』である。
土蛇のソフィアはその姿を人々の目に晒していないが、妖魔たちへの指示によって被害を拡大すると共に、城壁で細かく区分けすることによって破格の防御力を誇った当時のセントレヴォルの城壁を破壊したと思われる。
実際、土に関する強力な魔法を扱え、優れた変装技術を有するソフィアならば、十分可能であると思われる。
美食家のトーコは街中の家屋に火を点ける姿と、行く手を遮った物をヒトも妖魔も関係なく切り殺した姿が目撃されている。
ただ、複数ある目撃証言で語られるトーコの容姿の一致率がさほど高くない事から、混乱に乗じて家屋に火を点けた者や暴れまわった者が他に居たのではないかとも思われている。
魔女のシェルナーシュは最も派手な動きを見せていた。
俄かには信じがたい事であるが、当時の状況を記した手記の一つにはこうある。
『魔女は杖に跨り、矢も魔法も届かない程に高い場所に支えもなく佇んでいた。魔女が手を伸ばすと、ヒトも妖魔も家屋も木々も、何もかもが魔女の居る高さにまで引き摺り込まれ、巨大な球体となっていった。魔女が手を上げると、球体は幾つもの塊に分割された後に天高く打ち上げられ、流れ星のように降り注いだ塊によって街もヒトも関係なく全てが薙ぎ払われた。私はこの禍々しき流星雨が降り注ぐ光景を一生涯忘れないだろう』
シェルナーシュが用いた魔法がどのようなものであったのか、正確なところは分かっていない。
ただ一つ、この手記の内容が確かであるならば、並大抵の街ならば一方的に破壊し尽くす事が可能な魔法をシェルナーシュは保有し、操る事が出来ると言う事である。
いずれにしても、この一件によって、人々は『三大人妖』の恐ろしさと強さを改めて思い知る事となり、その後の街づくりを初めとした様々な面において、教訓が生かされる事になる。
話を変えよう。
『セントレヴォルの大火』での死傷者は、当時世界一の人口を誇るとされた王都セントレヴォルの住民の7割を超え、数も十万人を優に超えると言われている。
一説には無傷で生き残った住民はただの一人も居なかったともされている。
この死傷者の中には平民だけでなく、貴族も含まれている。
が、残念な事に奴隷の数は含まれていないので、実際の死傷者数はさらに増える事は間違いないだろう。
だがレーヴォル王国にとって何よりも手痛かったのは、この事件によって当時のレーヴォル王国の王であるディバッチ・レーヴォルを初めとする王族たちが、行方不明となった一人を除いて、悉く惨殺された点だろう。
この一点を以って、『セントレヴォルの大火』でレーヴォル王国は滅亡したとする歴史家も多く、私もそのように考えている。
しかし、ここで一つ気になる点が存在する。
それは行方不明となった最後のレーヴォル王国王家の一員であるセレニテス・レーヴォルと言う名前の少女についてである。
セレニテス・レーヴォル。
レーヴォル王国最後の王であるディバッチ・レーヴォルの庶子である彼女については、王家の一員であった期間が非常に短いため、分かっている事も少ない。
当時のグロディウス家の当主であるエクセレ・グロディウスが後ろ盾として付いていた事や、王族入りの儀式の際に発した言葉の一部、極めて優秀な侍女が付いていた事ぐらいしか情報が出てこないのである。
余りにも謎が多すぎる為に、一部では存在すら疑われたが、ニッショウ国で近年発見された資料に彼女の名前があったことから、実在は証明されたと言ってもいい。
ただ、その終わりすら明らかにならない謎めいた人生から、彼女の名前は主に悲劇の王女としてであるが、様々な方面で利用される事になっている。
なお、とある筋からの情報で、子供を残していない事だけはほぼ確定している。
歴史家 ジニアス・グロディウス
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(原稿の片隅に書かれている)
我々の歴史は嘘ばかりである。
『セントレヴォルの大火』についての真実を彼から聞いた時に思ったのが、この一言である。
特にこの直ぐ後の群雄時代、続く人妖狩りの暗黒時代などは特に酷いものであり、情報源である彼も呆れた顔をしていた。
幸いと言っていい事に、情報保存技術の向上によって、暗黒時代を抜けてからの我々の歴史は比較的確かなものである。
願わくば、正しき真実が日の目を見る事を。
実質最終回でございますが、もう少しだけ続きます