第314話「セレニテス-2」
「さあ行くわよ!ソフィア!」
セレニテスが拙い動きで私に向かって走ってくる。
セレニテスの動きは間違いなく素人のそれであり、マトモにやり合えば百回やって百回私が完璧な勝利を収めるだろう。
だが、『存在しない剣』とインダークの樹の指輪が揃ってセレニテスに加わるのであれば、話は変わってくる。
「来なさい!セレニテス!」
『存在しない剣』とインダークの樹の指輪から黒い靄のようなものがあふれ出すと同時に、セレニテスの姿が消え去り、謁見の間の床を踏みつける音が無くなり、匂いを感じ取る事も出来なくなる。
この分だと、セレニテスの身体にこちらから触っても気が付けるかどうかも怪しい程である。
セレニテスが『存在しない剣』とインダークの樹の指輪に、敵対者に感知されなくなる力と、妖魔相手でも致命傷を与えられる力がある事に気付いているかは分からないが、知らないと考えるのは希望的観測過ぎるので、知っていると前提して私は動く。
「ふんっ!」
私は『蛇は八口にて喰らう』によって伸ばした『妖魔の剣』を単純に横へ一振りすると同時に、セントレヴォル城地下の土を対象とした使役魔法によって土を操り、謁見の間に存在している全ての扉と窓を塞ぐ。
この行動によって、謁見の間に存在している灯りは『蛇は八口にて喰らう』によって発光している『妖魔の剣』だけになる。
「黒帯」
続けて私は黒帯の魔法を発動。
ただし、普段のように魔石から出現させる形ではなく、私の表皮から滲み出る様に、かつ全身から出現させる。
こうする事で、私の気が付かない内に黒帯の魔法の内側に潜り込まれる可能性を排除する。
「構成操作、展開」
この状態から切れ目が存在しない事を確かめつつ、黒帯の魔法の形態を卵形に変更。
そこから更に網状にした黒帯を謁見の間全域に向けて広げていく。
順当に行けば、これでセレニテスが謁見の間の何処に居ようとも、黒帯の形の変化によってその存在を感知する事が出来る。
そして一度位置を感知する事が出来れば、セレニテスの身体能力上、捕捉することは難しくない。
「切られた」
そうして私が形の変化した黒帯を見つけ出そうとした時だった。
黒帯の網が一ヶ所切られた。
故に私は細い糸状の切れやすい黒帯の魔法を、セレニテスが居ると思しき場所の周囲に張り巡らせる。
「これで詰みよ」
私がそう判断して言葉を発した時だった。
「いいえ、私の勝ちよ。ソフィア」
「っ!?」
セレニテスが目の前に現れ、『存在しない剣』が腹に突き刺さっていた。
『存在しない剣』には、ノムンだった者の強烈な再生能力を止めるだけの何かが存在している。
故に一撃でも受けてしまえば、何かが起きるのは確実だと言えた。
「それはこちらの台詞よ。セレニテス」
「そうね。アイツの台詞だわ。セレニテス」
「!?」
だから私は入れ替わっておいた。
黒帯の魔法を卵形にした一瞬の間に炎で『蛇は骸より再び生まれ出る』を発動し、ヒトの方のソフィアに『妖魔の剣』を持たせ、私自身は黒帯の網の展開と同時に謁見の間の天井に移動していた。
そして今ヒトの方のソフィアがセレニテスの手と腕を掴んで動きを止め、天井から降りた私がセレニテスの背後に回り込む。
「まだ……」
「『蛇は根を噛み眠らせる』」
「!?」
私は『蛇は根を噛み眠らせる』によって、インダークの樹を経由した例の神による力の供給を止めると同時に、一瞬ではあるがセレニテスを怯ませる。
これで、姿を隠す事はもう出来ない。
「『蛇は罪を授ける』」
「うぐっ……」
続けて『蛇は罪を授ける』で先程の黒帯の手順の記憶を込めて液体を生み出し、生み出した液体をセレニテスの口の中へと飛ばして飲ませることによって、記憶を読み込むまでの僅かな間ではあるが、一切の行動が出来なくなる致命的な隙を作り出す。
「大好きよ。セレニテス」
そして最後にセレニテスの首筋に噛みつき、少量ではあるがセレニテスの体内へと麻痺毒を流し込む。
「う……ぐ……私の……負け……みたいね」
麻痺毒が回ったセレニテスの身体から力が抜け、私はそれを支える。
『存在しない剣』が腹に刺さった状態のヒトの方のソフィアは、私たちから距離を取った上で、消えてもらう。
すると『蛇は骸より再び生まれ出る』の解除と同時に『存在しない剣』も何処かに消え去ってしまうが……私は理由もなく例の神が戦いが終わったから回収しただけだと直感する。
何にしても、今の私たちに害をなす事は無さそうなので、意識から除外する。
「そうね。勝負は私の勝ちだわ。そしてセレニテス。この勝負の勝者には敗者から全てを奪う権利がある」
「ええ……その通り……だわ。好きなだけ……嬲って……もらっても……構わないわ」
私はセレニテスの唇に自分の唇を被せる。
「勿論たっぷりと、私以外の事なんて考えていられないぐらいに嬲ってあげるわ」
そして私は宣言通り、セレニテスの心の中に私以外の存在が入り込む余地がない程に愛し尽くした上で、その身を絶対に分かれる事のない形で一つにした。
レーヴォル王国完全滅亡です