第313話「セレニテス-1」
「スクワ・レーヴォル、インダル・レーヴォル、フォルス・レーヴォルの三人が死んだことによって、あの王の血を引く者は私だけになった」
ディバッチ王を葬った私とセレニテスは、燃え上がるセントレヴォルの街中を悠々と歩いて、セントレヴォル城の謁見の間へと戻って来ていた。
謁見の間もそうだが、セントレヴォル城の中は、外の狂騒が嘘のように静まり返っており、火事場泥棒も一通りの仕事を終えた為なのか人影は私とセレニテス以外には一切ない。
「あの王に従う者、威を借る者、操ろうとした者、種別は様々であるけれど、民に対して害を為す愚かな貴族たちも、その大部分が狩られた」
セレニテスは謁見の間に敷かれた絨毯の真ん中を堂々と歩いていく。
私に聞かせるのではなく、自分自身に言い聞かせるように言葉を呟きながら。
「王を止めようとせず、地方から掻き集めた血塗れの財を何食わぬ顔で享受していたセントレヴォルの住民たちも、その財ごと焼き払われた」
この場に来る事を願ったのはセレニテス自身である。
セレニテスが今何を考えているのか、正確な所までは私には読み取れない。
「テトラスタ教の権威も地に落ちた。少なくとも財貨を貯め込み、己の役割を放棄し続けた連中は、今回の一件を以って、泥に塗れてもなお糾弾されることになる」
だが、フローライトの時のように約束を違えるような気配はしていない。
けれど、何かを隠してはいる。
私の三百年の経験はセレニテスの言動から漂ってくる僅かな匂いを感じ取り、そんな判断をもたらしていた。
「そして全ての元凶足る愚かな王は、私の願いの下、ソフィアの手によって無様な死に様を晒す事になった」
絨毯を歩き続けたセレニテスは、やがて王が座る玉座へとたどり着く。
「ああ、なんて喜ばしい日なのかしら。空っぽの城、主を失った玉座、動かなくなった愚者たち、燃え尽きた家屋、打ち壊された教会。私を煩わせる全ては今日この日、取り払われたのね」
謁見の間に付けられた窓から見えるのは、火事の煙によって黒く染め上げられた空である。
だが、セレニテスはそんな空こそ愛おしいと言わんばかりに、薄暗い謁見の間の中、潤んだ瞳で空を見つめている。
さて、そろそろ頃合いか。
「セレニテス」
「ええ、分かっているわ。ソフィア。契約は果たされた。三百年の歴史の結果、腐り果てたレーヴォル王国は確かに、間違いなく、絶対に滅びを迎えた。グロディウス公爵やマネジティア男爵のように生き残ってもらうヒトも居るけれど、彼らがこの先造る国はレーヴォル王国とは別の国。契約の範囲外だわ」
私の言葉に対して、セレニテスは私に背を向けたまま、言葉を紡ぐ。
その表情は私の居る位置からは決して窺えない。
だが、私の直感はこう言っていた。
今のセレニテスに近づいてはならない、と。
「そして、貴方が私の望むものを造り上げて見せた以上、私も対価を払わなければならない。そう、喜んでその身を捧げると言う契約を」
気が付けば私は腰に提げていた『妖魔の剣』を右手で抜き、『蛇は八口にて喰らう』を発動した状態で構え、左手には魔石を幾つも持っていた。
完全に無意識の産物ではあるが、どうやら今のセレニテスはそれだけ危険な存在であるらしい。
「でもね、ソフィア。私思ったの」
「何を?」
「貴方が望むものは抗う事すらも諦めた家畜なのかと。違うわよね。もしそうなら、貴方はレーヴォル王国なんてものは造っていない」
「……」
セレニテスに戦いの経験はほぼない。
そう言った荒事は全て私の担当だったからだ。
セレニテスに戦いの知識はない。
私もグロディウス公爵も、誰も教えて来なかったからだ。
セレニテスに戦いに臨む者として心構えは……あるだろう。
戦いに望む者に必要な心構えとは、詰まる所利用できるもの全てを利用して、己の望む状況を作り出し、勝利する事なのだから。
それこそ彼女ならば、私が居なくても、あらゆる手管を以って、今と同じか近い状況を作り上げていたのではないかと思う。
「沈黙は肯定よ。ソフィア」
セレニテスが振り返る。
その手に見覚えのある短剣を握り、黒い木で出来た指輪を左手の薬指に填めて。
「『存在しない剣』にインダークの樹の指輪……ね。また、懐かしい物が出てきたものだわ」
「グロディウス公爵の屋敷に居た頃、気が付いたら私の衣装棚の中に収められていたの。だから、今日の着替えの時に、服の内側にこっそりと入れておいたの」
『存在しない剣』、それは私が昔『妖魔の剣』『英雄の剣』『ヒトの剣』と共に打った剣であり、ペリドットに渡した短剣である。
インダークの樹の指輪、こちらも私が昔造ったもので、全部で四つあるものだが、セレニテスが身に付けているのはオリビンさん経由でペリドットに渡ったものだろう。
どちらも探しても見つからないので、失われていたと思っていたのだが、とんでもないところから出てきたものである。
まあ、こんな事をしてくれた犯人は分かっているし、後で会う予定もあるので、その時に問い詰めればいい。
「さあソフィア。戦いましょう。貴方が望むものは抗う事すら諦めた家畜を喰らう事ではなく、ヒトらしく生き、生を望み続ける獣を狩って喰らう事のはずなんだから」
「ええそうね。その通りだわ。セレニテス、貴方は私の望むものを良く分かっているわ。ああ何てこと、こんな感情、いったい何時以来かしら……」
今はただ……歓喜しよう。
私の思想を理解してくれたセレニテスを狩り、喰らう機会に巡り会えたことを。




