第311話「ディバッチ-1」
「はぁはぁ……ま、まだかかるのか」
「もう少しです」
彼ら……レーヴォル王国の王であるディバッチ・レーヴォルと宰相を含む側近たちは、周囲を石板で覆われた暗い通路を、彼らを守る騎士たちが持つか細い松明の明かりを頼りに進んでいた。
セントレヴォル城に攻め込んできた土蛇のソフィアの脅威から逃れる為に。
「くそっ、土蛇のソフィアめ……よくも儂らをこのような目に……」
「此処から脱出したら、必ず報いを受けさせてやる」
彼らが進む通路は、百年ほど前にセントレヴォル城の地下に築かれた脱出用の隠し通路である。
その存在は王位を継ぐ者の他には極一部のヒト……親衛隊隊長や宰相と言った王が信を置く者しか知らず、フォルス・レーヴォルたちもその存在は知らなかったほどである。
だがそれ以上に特徴的なのは、この隠し通路の出口がある場所である。
「ぬぐっ!?ま、また揺れたぞ!?」
「ええい!一体何が起きているというのだ!?」
セントレヴォル城には知る者がすべて失われた物も含めて、相当数の隠し通路が存在している。
が、それらの隠し通路は、城外に通じていると言っても、セントレヴォル城のすぐ近く、かつてマダレム・シーヤと呼ばれていた範囲である貴族街の中にしか通じていない。
だがこの通路は違う。
この通路は台地の下、貴族街の外にまで通じており、その出口の秘匿性もあって、正に最後の逃げ道に相応しいものだった。
「出口です!」
「おおっ!ようやくか!」
「よし!早く開けるのだ!」
「はいっ!」
やがて彼らは出口に到達し、先頭に立つ騎士が隠し通路の出口をふさぐ扉を開け始める。
そして、外の光が隠し通路の中に射し込み始めた瞬間だった。
「ぎゃあああああぁぁぁぁぁ!?」
「「「!?」」」
扉を開けていた騎士の全身が燃え上がり、炎が騎士の命を奪う。
と同時に、誰も触れていないはずの扉が、勝手に開き、隠し通路の中に居る面々に外の状況を見せつける。
「「「ーーーーーーーーー!!」」」
「な、何だこれは……」
「「「ーーーーーーー!?」」」
「何が……どうなっている……」
トーコが家屋に火を点け、私が使役魔法によって操る事で人々が予想するよりも遥かに速く燃え広がる火事が起きているセントレヴォルの市街を。
シェルナーシュの魔法によって上空から降り注ぐ大量の瓦礫によって、あっけなく壊されていくセントレヴォルの街並みを。
城壁を使役魔法によって破壊することで都市の外から招いた妖魔たちと、都市の中に潜んでいた人妖たち、それに私が再燃する意思の魔法によってヒトへの攻撃性を高めた上で再現した妖魔たちが、セントレヴォルの人々を蹂躙する姿を。
『蛇は根を噛み眠らせる』によってセントレヴォルの下を流れる地脈を弄る事で、再燃する意思の魔法の効果時間を延長すると共に、この地で死に絶えた人々の怨みだけを具現化した土人形たちが暴れまわる姿を。
そして、これらの惨劇を引き起こした張本人である私こと土蛇のソフィアと、この状況で笑顔を浮かべている村娘姿のセレニテスの姿を。
見せつける。
土の中と言う私が間違いなく知覚出来る領域を通って、逃げ出そうとした愚か者たちに。
「セ、セレニテス!?何故お前がここに居る!?」
「何故?そんなもの決まっています」
セレニテスが片手に持った血が滴る包みを、彼らに見せ付けつつ、自分の前に包みが解ける様に軽く放り投げる。
「ひっ!?」
「なっ!?」
包みの中身……フォルス・レーヴォルの頭を見た彼らから悲鳴のような声が上がる。
「御子息の死を伝えに来たのです。ディバッチ王」
そんな中で、セレニテスは何でもない様子でフォルスの死を告げる。
「お、お前はいったい……お前は一体何者だというのだ!セレニテス!」
ディバッチ王が恐怖で体を震わせながら、セレニテスに向かって叫ぶ。
「私自身はしがないただの村娘。ただのセレニテスです。この上なく悲しい事に、貴方の血を引いていますけどね。ディバッチ王」
「ただの村娘にこんな事が……」
「ですが、彼女は違います」
ディバッチ王の言葉を遮る形で、セレニテスは言葉を続け、私に前へ出る様に視線で促す。
「お初にお目にかかります。私の名前はセルペティア。セレニテス様の侍女です」
セレニテスの前に出た私は、周囲の混沌とした状況など意にも介していない完璧な侍女の礼をディバッチ王たちに向けて行う。
「ですがそれは仮の姿」
「まさか……」
私は周囲の燃え盛る家屋と地面から使役魔法で炎と土を集めると、炎の中で侍女服だけを焼き払って脱ぎ、下に予め着ておいた妖魔としての衣装を表に出す。
「私の名前はソフィア。貴方たちヒトが付けた通り名は土蛇。レーヴォル王国三百年の歴史を終わらせる妖魔よ」
そして、炎と土を自分の周囲から吹き飛ばし、二匹の巨大な蛇として私の背後に従えるように再形成しつつ、私はディバッチ王たちに向けて挨拶をする。
「さあ、今日をレーヴォル王国終焉の記念日にしましょう。セレニテス」
「ええそうね。今日で全てを終わらせてしまいましょう。ソフィア」
今日で全てが終わりだと言う宣言を含ませて。
相変わらずの演出家根性である
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