第310話「フォルス-10」
「さて、セレニテス。どう始末する?」
フォルスの心は完全に叩き折られた。
両腕もないし、魔法の心得もない。
後天的英雄に目覚めるのは私の経験上、意地汚くとも最後……いや末後でも諦めずに足掻くようなヒトであるので、絶望しきっているフォルスが目覚める可能性はほぼゼロである。
「そうねぇ……」
と言うわけで、後はセレニテスのやりたいようにやらせるだけである。
だから私はセレニテスにフォルスをどうするかを尋ねた。
「一先ず殺すのは確定として……」
セレニテスは私の問いかけに答えようと、わざとらしく顎に指を当て、首を少し傾ける。
そして、具体的にどうやってフォルスを殺すのかを口にしようとした時だった。
「……」
フォルスのすぐ近くに転がっている死体の指が動いた……気がした。
勿論、気のせいである可能性も高かった。
だが、死体の指が僅かに動いたと感じ取った瞬間には、私、トーコ、シェルナーシュの三人は動いていた。
「ほいっと!」
トーコの投じた剣が死体の頭、胸、肝臓の部分に突き刺さり、死体を床に繋ぎ止める。
「酸性化!」
シェルナーシュの魔法が発動し、死体とその周囲に存在している液体を強力な酸に変え、死体を溶かし始める。
「黒帯!」
そこに私は黒帯の魔法を伸ばし、死体の両腕に『英雄の剣』と『ヒトの剣』を突き刺して、死体に残っていた魔力を吸い取っていく。
「……。目覚めたの?」
「確定じゃないけれどね。でも、一瞬だけど指が動いたように見えたわ」
私たちの行動の理由を察したセレニテスが、私の背後に移動しつつ問いかけてくる。
「確かこのヒトはソフィアんの『蛇は八口にて喰らう』で頸動脈を切られてたはずだよね」
「そうね。確実に頸動脈は斬ったわ。出血量も致死量は間違いなく超えているわ」
「それが動いたとなると、再生系か?いや、死体を操作している可能性もあるか。周囲に敵の気配は……無いな」
トーコが慎重に死体の顔を確認する。
その顔は、フォルスが最も信頼している側近のそれであり、苦悶の表情を浮かべた状態で固まっている。
なお、実を言えば、私はこの男の頸動脈ではなく、首そのものを斬るつもりだった。
シェルナーシュの酸性化と液体化の使い分けについての話ではないが、首を完全に斬り落とした方が、タイムラグなしに確実な無力化が図れるからである。
「ソフィア」
「私も敵の気配や姿は捉えていないわ。けれどそれは敵が隠れているのではなく、居ないからよ」
「そう、なら安心しておくわ」
シェルナーシュが何かしらの魔法によって周囲の感知を行うと同時に、私も使役魔法などによって周囲の状況は確かめている。
私の探知能力が絶対的なものであると言う気はないが、先程の指が動いた瞬間も含めて、何かが私の探知網に触れた覚えはない。
トーコもこの手の勘はかなり良いはずであるし、私たち三人が誰一人として感知出来ていないのであれば、本当に何もいないと判断していいだろう。
「さて、だいぶ脇道に逸れてしまったけど、フォルスについてはどうしましょうか?」
が、何も居ないと分かっても緊張を解いたりはしない。
気を抜くのは全てが終わってからで十分である。
「首を刎ねて。首から上が有れば、教えるのも簡単になるわ」
「分かったわ」
私は『妖魔の剣』を抜き、フォルスの首を刎ねる。
この状況に絶望しきっていたフォルスの身体は最後の抵抗をする事もなく、自然の理に沿って倒れ、床に転がる。
「さて、これからどうしましょうか」
私はフォルスの頭を掴むと、セレニテスに問いかける。
「どうするって?」
「行くか帰るか。って話よ」
現王であるディバッチ・レーヴォルの子供は、セレニテス以外全員死んだ。
なので当初の予定通りであるならば、この後はディバッチ王の下にこの首を持って殴り込みに行くことになる。
が、私は敢えてセレニテスに選ばせる。
自らの脚で幕を引きに行くか、私に引き摺られて幕を引きに行くかを。
「よく言うわ。行く以外の選択肢なんて用意してないくせに」
「あら」
「バレバレだね。ソフィアん」
「バレバレだったな。ソフィア」
「うっさいわねぇ」
だが私の言葉にセレニテスは何処か呆れた様子でそう返してくる。
どうやら私の意図はバレバレだったらしい。
「安心して。ソフィア。私は約束を違えたりはしない。そして、自分がやった事から逃げ出すつもりもないわ」
「その言葉の意味分かってる?」
「この先に起きる悲劇は全て私のせいであり、私と貴方に捧げられた供物であるという事でしょ。最後まで当事者として、私は見ているわ」
「よろしい。ならば当初の予定通りいきましょう」
「ええ、そうしましょう」
セレニテスは踵を返し、部屋の外に向かって歩き始める。
セレニテスを追い抜かしてトーコが、セレニテスの横に着く形で私が、後ろに控える形でシェルナーシュが移動して、揃って部屋の外に出る。
「さあ行きましょう。レーヴォル王国最後の日を」
そして、ディバッチ王を追い詰めるべく、私たちは活動を始めた。
今更普通の英雄じゃ相手にもならないのです