第308話「フォルス-8」
「構え!」
私たちはフォルスの元に向かってゆっくりと、けれど歩みを止めることなく進み続けていた。
そうしてフォルスが居るはずの一角に辿り着いた私たちに向けられたのは、無数の準備が整えられた弩だった。
うん、これはちょっと拙い。
この狭い通路で撃たれたら、躱しようがない。
私とシェルナーシュはともかく、セレニテスにとっては致命的だ。
「う……」
「黒お……」
「液体化」
そう判断した私は黒帯の魔法を発動して、私自身とセレニテスの身を守ろうとする。
だが私が行動するよりも一手速く、シェルナーシュが何かしらの魔法を目の前の兵士たちに向けて放つ。
「て……」
シェルナーシュの魔法の効果は劇的だった。
「またエグイ魔法ね」
「一瞬だったわね」
「ふん」
一瞬にして私たちに弩を向けていた兵士たちと指揮官は身に付けていた物ごと液体に変化し、セントレヴォル城の冷たい石の床に水音を立てながら崩れ落ちると、自然の法則に従って薄く伸びていってしまったのだから。
今は既に元の硬さや状態を取り戻しているようだが……まあ、生きてはいないだろう。
すべて混ざり合ってしまったし。
「体内の魔力をきちんと認識できている相手には効かない、半ば欠陥魔法のような代物だ」
「欠陥魔法ねぇ……」
「だが、そんな欠陥魔法でもこの状況では有用だ。酸性化だと心臓内の血液を酸に変えても、根性がある奴なら一動作ぐらいは出来るが、液体化なら魔法が成立した時点でもう何も出来なくなるからな」
シェルナーシュが私とセレニテスに先程使った魔法……液体化についての軽い説明をしてくれる。
シェルナーシュの説明は割と分かり易いので、その有用性と欠点、似た効果を持つ酸性化の魔法との使い分けについては理解できた。
が、原理については……うん、分からない。
物と物を繋げる力を緩めるとこうなるらしいのだが、その物と物を繋げる力と言うのが良く分からなかった。
ニッショウ国で見た糊みたいなものでも想像すればいいのだろうか?
まあ、原理が分かったところで私には再現できないだろうし、これ以上は気にしないでおこう。
「何々?何の話?」
「たぶん、トーコが聞いても理解できない話よ」
「あ、ならいいや」
と、ここで別のルートから私たちの背後を衝こうとしていた連中を一人で一方的に切り殺してきたトーコが帰ってくる。
返り血の一つすらも浴びていないが、忠実なる蛇の魔法で戦いの様子を見ていた私は知っている。
戦いながら敵の騎士と兵士たちを解体し、身体の一部を例の鍋に収納していくその姿を。
圧倒的な戦闘能力もそうだが、回収している物の量も、明らかにトーコ一人分の体積を超える量を回収している。
収納能力については敵の身体だけでなく何本か剣も回収していたし、収納した物の量から考えると……例の六角六腕六翼の細長い生物が彫られた鍋の能力と言うよりは、トーコ自身が別の空間に物を自由に収納できる魔法を修めていると考えた方がいいか。
聞いても、トーコ自身が気付いていない可能性が高そうなので、聞いたりはしないが。
「とりあえずアタシ的には十分な収穫があったし、後はソフィアんの目的を達するだけかな」
「そうだな。小生も王室付きの魔法使いとやらが研究した魔法の成果を一応確認しておきたい。ソフィアの用事を片付ける為にも、早いところ進もう」
「そうね。私も早くフォルスのことを絶望させてやりたいと思うわ」
「じゃあ、行きましょうか。あの扉の向こうにフォルスが居るわ」
私たち四人はフォルスが待っている部屋に向かってゆっくりと進む。
勿論、フォルスは一人、部屋の真ん中で怯えているわけでは無い。
堂々と、私たちが近づいてきている事を理解した上で、余裕の笑みを浮かべ、こちらの事を待ち構えている。
「じゃ、開けるわよ」
私は右手で扉のドアノブに手をかけてゆっくりと回す。
「こんばんは『蛇は八口にて喰らう』」
「死……!?」
「「「!?」」」
そして扉を開けた瞬間に、『蛇は八口にて喰らう』を発動しつつ左手で『妖魔の剣』を抜剣。
扉を開けた私に向けて攻撃を行おうとしていた連中含め、私の意思に沿って動く刃でもって部屋に居たヒトをフォルス以外全員切り捨てる。
「はいお終い」
「速いな。小生の目ではどう動かしているか碌に見えなかった」
「ソフィアんの思考スピードそのままで動いているからじゃないの?」
「ふふふ、それならヒトの目で追えないのも仕方がないわね」
「………………」
部屋の奥、一人この惨状を生き残ったフォルスは、先程の笑みは何処に行ったのやら、大きく口を開け、呆然としていた。
と言うか、彼らは本気で扉を開けた直後に全力で不意討ちすれば、私であっても殺せると思っていたのだろうか?
いや思っていたからこそ、こんな事をしてきたのだろうけどさ……。
「ふ、ふふっ、ふふふふふ……」
と、フォルスが不気味な笑い声を上げつつ、椅子から立ち上がる。
が、全然怖くない。
彼らの切り札が何かは既に分かっているし。
はっきり言って……
「いいだろう。ならば見せてやる!レーヴォル王家の力というものをな!」
この場は私たちにとって茶番すれすれの物である。