第307話「フォルス-7」
「ふむ、屋敷の方は無事に片付いたようね」
「早かったわね」
『蛇は骸より再び生まれ出る』によって作り出したヒトの方のソフィアがセレニテスの屋敷に火を点けている頃。
私はセレニテスを抱えた状態で、セントレヴォルの夜の街並みを静かに、けれどとても素早く、セントレヴォル城に向けて移動していた。
「今回は普段のと違って特別製だったもの。これぐらいは当然よ」
「んー……それもあるんだろうけれど。彼女……ヒトの方のソフィアは、ヒトを殺す事に抵抗は無いのね」
「ああ、その事。それなら別におかしくもないわよ。だって既にヒトとして生きていた時間の二十倍は私と一緒に生きていて、『蛇は骸より再び生まれ出る』も三百年は使ってるのよ。ヒトとしての自覚は残っていても、割り切りぐらいは出来ているわ。それに……」
「それに?」
「私の姿の元になった女がそんなに弱い存在だと思う?」
「……。今までで一番説得力のある理由ね」
移動方法は主に土の使役魔法によって足場を作り出す事と、黒帯の魔法の応用で、黒帯を足場やロープにしたりである。
勿論、セレニテスの身体に過剰な負荷を掛けないように、上下の移動は出来る限り抑え、水平方向の加減速もなるべく緩やかなものにするように細心の注意を払いつつだ。
「さて、後は城壁を登るだけね」
やがて私とセレニテスはセントレヴォル城の城壁の下に着くと、黒帯の魔法を城壁の上にまで伸ばし、適当な場所に結びつけた後、黒帯の魔法を巻き上げる事によって登っていく。
「はい、到着」
「ふふふ、あっという間だったけど、楽しかったわ」
「それは良かったわ」
無事に城壁の上に到達した私は、セレニテスを降ろしつつ、周囲に敵影が無いかを警戒する。
が、どうやら大丈夫らしい。
見回りの兵士の気配はあるが、こちらに気づいている様子はない。
「意外と早かったね。ソフィアん」
空跳ねの魔法と凄まじい身体能力によって、妙な動きをするヒトが居ないかを確かめつつこの場にまでやってきたトーコが、私とセレニテスの横に小さな音を立てて着地する。
トーコは息を切らすどころか、汗一つかいていない。
まあ、今のトーコの身体能力ならば、セントレヴォル城の城壁などちょっと力を込めれば飛び越せる程度の塀でしか無いという事なのだろう。
流石の身体能力である。
「ふむ、小生が最後か」
トーコに続く形でシェルナーシュが音も風もなく、多少蛇行しつつ、杖に腰掛けた姿で私たち三人の近くに現れる。
シェルナーシュの使った魔法は……確か、空這いだったか。
詳しい原理は聞いても良く分からなかったが、どうにもシェルナーシュが保有する複数の魔法を利用することによって、速さはそれほどでもないが、低燃費な空中移動を実現した魔法であるらしい。
実際、この魔法によってシェルナーシュは海を完全な独力で越えられるようになったそうだ。
「それにしても警備も何も居ないんだね」
「連日の妖魔騒ぎで、どこもかしこも人手不足だもの。それに今夜に限ってはセレニテスの屋敷に人員を割いているのよ、王族の寝室なんかは警備を緩められないから、しわ寄せは見回りに回すしかないわ」
「つまり、見つからずに来れるのは此処までと言うわけか」
「まあ、この先はそもそも隠れる必要はないのだけれどね。力を信奉する皇太子フォルス・レーヴォルに真正面から仕掛け、撃ち破る事で絶望させてから殺す。と言うのが今回の策だもの」
「ふふふ、実に楽しみね」
「そうね。ウエナシの言葉を彼らがきちんと聞いていたなら、少しは楽しめると思うわ」
無事に全員揃ったところで、私はセレニテスの屋敷が燃えているのを確認してから、『蛇は骸より再び生まれ出る』を解除する。
そして無事に解除できたことを確認した後、他の仕込みに気づかれていない事を確認してから、私たち四人はセントレヴォル城の中に移動する。
「ん?何のお……と?」
城内に移動した私たちは遭遇したヒトは皆殺しにしつつ、フォルスの居る場所に向けてゆっくりと歩いて進む。
勿論ワザとだ。
既に最初に殺した兵士たちの死体は発見されて、報告にもいっているだろうし、見回りの兵士が既定の時間までに帰って来なければ、それだけで敵は警戒の度合いを引き上げなければならない。
マトモに考えればだ。
「んー、ソフィアん。なんか敵の警戒、緩くない?」
「そうねぇ、確かに緩い気はするわ」
が、どうにも敵の警戒が緩いというか、なんというか……歯ごたえが無い。
今も本来ならば二人一組で居るはずの見回りが一人で居たために、叫び声を上げる暇も与えずにトーコが首を刎ねれてしまった。
死体を支えるような真似もしていないので、首を失った死体が倒れるのに合わせて大きな音も鳴っているのだが……そちらに応じる気配もない。
「どう見る?」
「敵が想定外に軟弱だった可能性もあるけれど……フォルスが自分は狙われているときちんと認識できているなら、迎撃態勢を整えているんじゃないかしら」
「逃げた可能性とかはないのね」
「無いわ。地下も地上も私の使役魔法で見張っているし、空間魔法や高度な隠蔽魔法を使えるような魔法使いもレーヴォル王国には居ないわ」
「そう、ならそう言う事かしらね」
「あー……」
「まあ、妥当な一手か」
まあ、何をやっているのかと言う想像はだいたいついている。
むしろ想像通りであってほしい。
でなければ、セレニテスが残念な気分になってしまうし、トーコとシェルナーシュの二人もやりがいが感じられないだろう。
「とりあえずフォルスが居るはずの場所に向かいましょう」
「そうね」
「うん」
「分かった」
考えをまとめた私たちは一見すれば隙だらけに見える姿で、再び城内を進み始めた。