第306話「フォルス-6」
「さて、全員分かっているな」
彼らは整然と、堂々と、自分たちこそが正しい事を示すように、一糸乱れぬ行進をして夜の貴族街を進んでいた。
身に付けているのは対妖魔用の装備として、職人の手で実用性を保ちつつ、一つ一つに精緻な装飾を施された一級品の品々。
掲げられている旗は、皇太子になったフォルス・レーヴォルと、彼の傘下に居る貴族たちの物。
百人以上いる彼らの姿は、誰が何処から見ても騎士のそれだった。
「目標はセレニテスとその侍女セルペティア。そして、連中が匿っているとされる三匹の妖魔、土蛇のソフィア、美食家のトーコ、魔女のシェルナーシュだ」
だが、如何に妖魔騒ぎで不穏な空気が漂っているとは言え、彼らの纏っている空気はレーヴォル王国の王都であるセントレヴォルの中心である貴族街の中では異様で異質だった。
それも、土蛇のソフィアと言う強大な敵を相手にしに行くような雰囲気ではなかった。
どちらかと言えば、己の欲を満たせる事を楽しみにしているような雰囲気だった。
「屋敷の使用人たちは?」
先頭を歩く騎士の少し後ろに居た騎士が、先頭を歩く騎士に向けて舌なめずりするような気配を漂わせつつ、問いかける。
「楽しんでも構わん。が、生き残りは出すな。必ず殺せ。ああ、最後に火を点けるから、心配はしなくていいぞ」
先頭を歩く騎士の言葉に、質問をした騎士も含めて、集団に居る全員が僅かに興奮しだす。
そんな彼らの様子に本来騎士が持っているべきである高潔さや、誠実さなどは一切感じられなかった。
もしもこの場に忌憚のない意見を述べられる者が居れば、その人物は彼らの事を騎士ではなく、こう評しただろう。
騎士の皮を被った盗賊の集団だ、と。
「灯りは点いていない。か」
「警備も立たせていないとはな」
「都合いいんじゃねえか」
「へへへ、こんだけ広い屋敷なら、多少の叫び声は問題ねえな」
「どんな声で鳴いてくれるかねぇ」
「半分でも王族なんだ。ご立派だと思うぜぇ」
「ひひひ、たんまり貯め込んでいるんだろうなぁ」
「公爵様が支援をしているんだ。期待しようぜ」
やがて彼らはセレニテスの屋敷の前に到達する。
セレニテスの屋敷には灯りは一つも灯っておらず、警備の兵も立っていなかった。
彼らの内の何人かはその事に対して違和感を覚えるが、大半の者はこれから自分たちの手の内に転がり込んでくるものを想像する事に忙しく、違和感も何も感じてはいなかった。
「油断をするな。セレニテス自身はどうとでもなるが、侍女のセルペティアは手練れだ。見つけ次第殺せ」
そう、彼らは名目上セレニテスがソフィアたちを匿っているとして屋敷に押し入ろうとしていたが、彼ら自身は誰一人として、この場にソフィアたちが居ると思っていなかった。
彼らは彼ら自身にとっては正当な理由でもって、王族の血を引く者を蹂躙し、自分たちの欲を満たす事にしか興味が無かったのだった。
「では、入るぞ。扉をくぐるまでは紳士的でいろ」
「扉をくぐったら?」
「戦いに勝つためであるならば、あらゆる行為は許されてしかるべきだと私は思っているが?」
「へへへ、流石は隊長。話が分かる」
故に彼らは屋敷の門を無理矢理破ると、木製の扉をこじ開け、越えてはならない一線を越えてしまう。
「では……」
「こんな夜遅くに武装した姿どころか、剣を抜いて屋敷の中に押し入って来るとは。完全に強盗の所業ですね」
屋敷の中に入った彼らに対して、屋敷の奥から一人の女性の声が発せられる。
「今ならまだ間に合いますよ?それ以上奥に踏み込もうと言うのであれば、私も貴方たちを排除するために動かざるを得ませんが」
「この声……セレニテスの侍女、セルペティアか」
声の主はセルペティア……だがソフィアではなく、出発前に『蛇は骸より再び生まれ出る』によって造り出された、ヒトの方のソフィアである。
「殺せ」
先頭を歩いていた騎士の言葉と共に、声がした方向に向けて十数人の騎士たちが駆け出していく。
そして、彼らが駆け出してから数秒後には何か固い物がぶつかり合う音がし、直ぐにそれは聞こえなくなる。
闇の中に駆け出した者たちを見送った者たちは、その音を聞いて、今回の件で唯一の障害であるとされたセレニテスの侍女セルペティアの殺害に成功したと考えた。
だが、その考えは直ぐに訂正されることになる。
「はぁ……まあ、やっぱりそうなるわよね」
「「「!?」」」
闇の奥から聞こえてきたのは、死んだはずのセルペティアの声。
その声を聞いて、彼らは若干慌てた様子で武器を構える。
「警告はしたわ」
やがて屋敷中に足音を響かせながら、闇の中から明かりの中へと一人の侍女服を身にまとった女性が歩み出る。
返り血を全身に浴びた姿で。
「殺せええぇぇ!」
「「「うおおおおおおおおおおおっ!!」」」
セルペティアの姿を見た彼らの反応は早かった。
少しの迷いもなくセルペティアの下に殺到し、剣を振るい、槍で突き、斧を振り下ろし、魔法を浴びせかけた。
間違いなく死んだ。
魔法を使ったために生じた煙で死体の姿こそ見えないが、その場にいる者は誰もがセルペティアの死を確信した。
「まったく」
「!?」
だが、彼らがそう思った瞬間、煙の中から黒い手のようなものが伸ばされ、一番近くに居た男を引き摺り込み、それに伴って何かを咀嚼するような音が周囲へ響き渡る。
「どうしようもない愚か者ね」
「「「う、うわああああぁぁぁ!?」」」
彼らはその音と、音から想像できることに恐怖し、逃げようとした。
だが彼らは一人も屋敷の外に逃げ出す事は出来なかった。
気が付けば屋敷の入り口には黒い壁のようなものが生じていて、セルペティアが居た場所からは幾つもの手のようなものが伸ばされていた。
手に捕まった者から一人、また一人と、何かが咀嚼されるような音と共に姿を消していった。
「さてと。これで私の仕事はお終いね」
そして、セルペティア一人だけになったセレニテスの屋敷に火が放たれた。
12/07誤字訂正