第302話「フォルス-2」
レーヴォル暦319年五月の終わり頃。
皇太子だったインダル・レーヴォルの死もあって、多少遅れることになったが、遂にとある人物がセントレヴォルに到達する。
「遠路はるばるよくぞ来てくださった」
「いやはや、本当に遠かったですわい」
真っ白の髪に皺だらけの顔、曲がった腰、木製の杖をつくその老人の名は灰羅ウエナシ、ニッショウ国で私が戦った完全なる英雄であり、齢七十を超えてなおその瞳の光には陰りが見えない恐るべき人物である。
「が、老骨に鞭を打って来た甲斐はあったようですのう。これならばまだ間に合うかもしれませんな」
さて、現在の状況だが、遠路はるばるニッショウ国から無理を言ってウエナシにやって来てもらったという事で、王族総出でセントレヴォル城の謁見の間を使い、ウエナシと会っている所である。
そう、歓迎の言葉も出していなかったが、王族総出なのだ。
王であるディバッチ・レーヴォル、新たに皇太子なったフォルス・レーヴォルの二人に加えて、セレニテスもこの場に招かれている。
そして、王族がこのような場に一人で来ることなど有り得ないという事で、それぞれがそれぞれに信頼の出来る部下を数名連れて来ているし、宰相などの国の運営にとって重要な人物も相当数集まっている。
当然、そうやって集まっているヒトの中には、セレニテスの腹心として周囲に認識させてある私の姿もある。
「さて、早速で申し訳ないがウエナシ・ハイラ殿。土蛇のソフィアについて話していただけないだろうか」
「ふむ、分かりました」
と言うわけで、万が一の場合には全力で暴れることになる。
最低でもセントレヴォル城直下の地脈に『蛇は根を噛み眠らせる』は打ち込むだろう。
万が一の事態なので、まず起こらないだろうけど。
「まず初めに言っておく事として、儂の話は参考程度に留めておいてもらいたい。なにせ二十年以上昔の話ですし、奴は妖魔の中でもかなり特殊な存在ですからの。あの時よりもさらに強大な存在になっている可能性も否定できぬ」
ウエナシの言葉に親衛隊隊長などの話を最もよく聞くべき人物等が頷く。
「では、まず容姿じゃが……これは話してもあてにならん。と言うか、奴の真の姿を知る者はほぼ居ないじゃろう」
「姿が分からないだと?何のために……」
「なにせニッショウ国で事を起こした時、奴は儂が知るだけでも文官、女官、衛視、商人、街娘に物乞いと、職種も、名前も、性別も、身長も、年齢も、声すらも変えて、ヒトの間に紛れ込んだのじゃ。それこそ、ソフィアと言う名前が本当の名前かどうかすらも疑うべき事柄じゃろう」
「なっ!?」
ウエナシは自分に対して罵声を浴びせようとした愚か者の事など気にする様子も見せずに、淡々とその内容に驚くディバッチ王たちに対して自分の知っている事を語る。
「過去を探る事で、見極める事も難しいでしょうな。どのような魔法を用いたかまでは分かりませぬが、奴は過去を造れる」
「過去を造れるだと……そんな馬鹿げたことが……」
「言ったじゃろう。ニッショウ国で事を起こした時、奴は文官に化けていたと。儂の国で文官と言えば、高位になればなるほどに生まれから育ちまで事細かに調べ上げられるもの。普通ならどれほどヒトに似た姿を持っていようと、妖魔が入り込む隙間などない」
「ゴクッ……」
「じゃが奴はそんな儂らをあざ笑うかのように、とある家の子供と入れ替わり、その者しか知らぬはずの過去まで把握して入り込み、国政に関われるほどの地位を築き上げたのです。妖魔としての本性を一切見せずに」
「何と言う……」
なお、ここまでウエナシが言っている事は全て事実である。
まあ、ヒトが持っている記憶は生きたまま丸呑みにする事で奪えばいいし、顔などは化粧と魔法である程度はどうにか出来るし、国政に関われるだけの実績を積み上げるのは経験と努力でどうとでもなるので、そこまで難しい事ではなかった。
「はっきりと申しあげましょう。奴を蛇の妖魔として括っているのであれば、今すぐにその考えを捨て為され。奴はヒトを誑かし、騙し、偽る事を得意とする妖魔であり、それこそ情報そのものを司る妖魔と考えても問題はないぐらいですじゃ」
「「「……」」」
余談だが、情報を司る妖魔というものは居ないが、風を操る事で遠隔地の情報を集める事が出来る風の妖魔なら存在する。
私も一度遭遇しただけだが……うん、水の妖魔と一緒で、倒すのがこの上なく面倒な相手だった。
「ウエナシ殿。一体どうやって貴殿はそのような相手を追い詰めたのだ?」
「儂が奴をどうやって追い詰めた……ですか。あまり参考にはなりませんぞ」
「構わぬ」
とまあ、そんなどうでもいい事を考えてしまう程度に、今の私は暇である。
「切っ掛けは些細なものだったのですよ」
と言うのも、此処までの話はただの事実であり、ここから先の話については、私とウエナシとで協議して事実を基に造り出した、レーヴォル王国側に伝えても益がありそうでない、今の私に辿り着くには有っても意味がない情報ばかりだからだ。
「……と言うわけですじゃ。参考になりましたかの」
「なるほど……」
さて、何故そんな協議を私とウエナシが出来たのか。
その理由は極々単純である。
今の礼も言えないレーヴォル王国は、ニッショウ国のヒトである灰羅ウエナシにとって都合の悪い国だからである。
さて、何故喋らないんでしょうね?
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