第301話「フォルス-1」
一方その頃、セントレヴォル城の一室。
「ふんっ!ふんっ!」
「がはっ……も、申し訳……げひゃ!?」
「なぁにが申し訳ないんだぁ?このノータリンが。なぁにがおめでとうございますだ?このウスノロが」
そこでは、片方がもう片方を一方的に殴り続ける音と、少量の液体が周囲の床に飛び散る音が響き渡っていた。
「あ……ぐ……」
「ちっ、気絶しやがったか」
音の主の内、殴っていた方の正体は第二王子であるフォルス・レーヴォル、皇太子インダル・レーヴォルが死んだことによって、王位継承権を得たヒトだった。
そして、彼に殴られて気絶し、周囲の者たちによって急いで部屋の外に運ばれていったのは、彼の取り巻きの貴族の一人だった。
「随分と荒れておられますね。フォルス様」
「お前か。ふん、荒れたくもなる」
自らの椅子に座ったフォルスは、騎士風の男に対してそう吐き捨てるように呟く。
そんなフォルスの様子に、騎士風の男以外の部屋に居る者たちは軒並み怯えていた。
「土蛇のソフィアにご自身の獲物を盗られたからですか?それとも、インダル様が亡くなられた事に対して何かしらのご感傷でも生じましたか?」
だが、騎士風の男は彼らの様子など意にも介した様子を見せず、淡々と言葉を紡ぐ。
いっそ傲慢だと言ってもいいその態度に、部屋の者たちは次が彼が殴られるかと思って身構える。
「お前、分かって言っているだろう?」
「バレていましたか」
「何時からの付き合いだと思っている。まあいい、少し頭は落ち着いた」
だがそうはならなかった。
フォルスは彼の言葉を流すと、話を進める。
「兄上が死んだことそれ自体はどうでもいい。どうせ何時かは始末して、玉座を頂くつもりだったからな。問題は土蛇のソフィアが兄上を狙っていると分かっていたにも関わらず、姿の捕捉すら出来ず、一方的に兄上とその護衛たちが殺されたという事だ」
「手がかりが何も無い状態と言うのは確かに厳しいですね。インダル様よりもフォルス様の方が警備は厳重ですが、それはあくまでも我々基準での話ですからね。土蛇のソフィアたちにとって大した差はないのかもしれません」
「そうだ。だからこそ、死んでもいい囮である兄上に襲い掛かったところを抑えたかったが……ちっ、次に俺が目標になると分かっていながら、万全の態勢を取らなかった親衛隊隊長の首については挿げ替えるのも検討しなければいけないかもな」
「っつ!?」
フォルスの言葉と射殺すような視線に、件の親衛隊隊長の体が一度だけビクリと震える。
それと同時に、親衛隊隊長の周囲に居たものたちも、少しずつ彼から距離を取るようにゆっくりと動く。
「さて、親衛隊隊長よ。貴様は今回の件についてどう責任を取る?」
「ひっ……」
フォルスが椅子から立ち、ゆっくりと親衛隊隊長に近づいていく。
その手は既に腰の剣に来ており、何時でも抜ける体勢にあった。
「フォルス様、今は余計な人材の消費は控えるべきかと」
だが、その剣が抜かれる少し前に騎士風の男がフォルスを止めるような言葉を放つ。
「……」
「……。ちっ、仕方がないな」
フォルスは騎士風の男としばし見つめ合った後、手の位置を戻し、自らの椅子に再び座り直す。
そして、フォルスが椅子に座るのに合わせて、死の恐怖から免れた為だろう、親衛隊隊長は全身を脱力させて、その場にへたれ込む。
「それにしてもフォルス様。『次は俺が目標になる』ですか。それはどういう意味ですか?」
「そのままの意味だ。田舎娘……セレニテスは土蛇のソフィアの目標にはならない。今回の兄上が殺されるまでの一連の事件で俺はそう確信した」
「ほう、根拠は?」
騎士風の男の問いに、フォルスは腕を組みながら、憮然とした態度でそう答える。
「大半は勘だ」
「勘ですか」
「そうだ。だがな、俺の勘はこう言っているのだ。セレニテスは土蛇のソフィアと繋がっている。セレニテスと例の侍女……セルペティアの思惑通りに事は進んでいる。とな」
「なるほど」
この二人の間にはそれ相応の信頼があるのだろう。
勘を根拠としているにも関わらず、フォルスの言葉に騎士風の男は迷いなく頷き返す。
「そして、現に今回の件で奴らはまだ損害らしい損害は何一つ被っていない」
「後ろ盾であるグロディウス公爵の配下には妖魔討伐の際に多少の被害は出てますが?」
「セレニテスはグロディウスの爺何ぞ味方だと思ってはいないだろう。奴の目を見た事が有るか?あれの目の奥は淀んでいるなんて次元じゃない。獣よりももっと悍ましい何かが潜んでいるぞ。どんな人生を送って来たかは知らんが、あんな目をしている奴が、ヒトなんぞ信用するはずがない」
「なるほど」
騎士風の男の疑問に対して、フォルスは迷いなく断定する形で言葉を返し、騎士風の男は自分ではそう感じた事は無かったが、フォルスがそう言うのであれば間違いないのであろうと再び頷く。
そして、フォルスの言葉はそれほど外れていると言えるものでも無かった。
フォルスが感じたそれは、ソフィアがセレニテスの瞳の奥に感じたものと同じものだったからである。
「ではセレニテス様については……」
「例の老人が来て、話を聞き、準備が整ったら、直ぐにでも適当に難癖をつけて殺しにかかる。アレの周囲には必ず土蛇のソフィアの手掛かりがあるはずだからな」
「かしこまりました。では、そのように出来るよう準備を進めておきましょう」
だが彼らは気づいていなかった。
既にソフィアと言う名の蛇は必要な手を打ち始めている事に。