第298話「インダル-4」
「魔王か貴様は」
「『妖魔の剣』なら持ってるわね」
皇太子インダル・レーヴォルをどう始末するのかについて、三人に話した直後に私とシェルナーシュの間で交された言葉がこれである。
なお、セレニテスとトーコの二人はと言うとだ。
「流石はソフィアね。それでこそだわ」
「ソフィアんのエゲツなさも相変わらずだねぇ」
見事に私を絶賛する方向に傾いている。
「冗談はさておいて。これでも手加減と言うか、後の事を考えて、私たちの表向きの顔を特定されないようにきちんと策は練っているのよ」
「これでか……」
「これでよ」
実際、一切の手加減なくインダルを殺そうと思ったら、先程私が語った策から二段か三段はエゲツない策は出せる。
が、それをしてしまうと、私たちの表の顔が明らかになり、どういうルートを辿るかは実際に事が起きなければ分からないが、インダル・レーヴォルからフォルス・レーヴォルに話が伝わってしまう可能性もゼロではない。
そうして話が伝わってしまうと、色々と面倒な事態を引き起こす事になるだろう。
最悪、セレニテスを連れてセントレヴォルから逃げ出す必要すら生じかねない。
「そして、表向きの顔を隠さなければいけないのに、土蛇、美食家、魔女の三人が今回の件に関わっている事は示さなければいけないと。やっぱり大変なのね、策を考えるのって」
「まあね。そう言うわけで、さっき言った策になるのよ」
そう言った理由もあり、インダルを殺すための策は、少々手緩くせざるを得なかったのである。
まあ、こればかりは仕方がないし、セレニテスの賛成も得られているので問題はない。
「しかし小生たちが関わっている事を示す事が、そんなに重要なのか?」
「重要よ。主に妖魔を集めるという意味で」
「ふむ……」
ただシェルナーシュにはまだ疑問があるらしい。
なので私は、首を傾げているシェルナーシュに、今セントレヴォルで起こっている数々の事件について話す。
これらの事件の犯人が人妖であり、私が彼らに対して助言をしている事を含め。
それを聞いたシェルナーシュは納得がいったのだろう。
少し考えた後に一度大きく頷き、それから口を開く。
「なるほど。そう言う事か。土蛇、美食家、魔女。三人が揃っている状況であれば、土蛇一人しか居ない状況よりもより多くの妖魔を呼び寄せる事が出来る。そいつらが集まれば、多少の助言をしてやるだけで、小生たちは危険を冒す事なく食料確保と敵対勢力の排除を行う事が出来る。今よりもさらに効率よく」
「おー、流石ソフィアん」
「まあ、他にも色々と狙ってはいるけれど、だいたいはそう言う事ね」
シェルナーシュの答えはだいたい正しい。
が、それだけではない。
実際には他にも色々と今後の為に狙っている事が有るのだが、そちらについては……セレニテスを驚かせるためにも、今は話さないでおこう。
「だいたい?」
「他の妖魔たちにできない芸当をやって見せて、今後彼らに対して指示を出しやすくするという意味もあるのよ」
「なるほど」
シェルナーシュにも、トーコにもだ。
「それでソフィア。インダルお兄様については何時?」
「そうね……だいたい一週間後。と言ったところかしら」
私の言葉にセレニテスは笑顔を浮かべ、トーコは驚いた様子を見せ、シェルナーシュは目を細める。
「随分と急だな」
「フォルスの方から、ちょっと嫌な動きの音が聞こえて来ているのよ」
「フォルスって言うと、もう一人のお兄ちゃんだっけ」
「……具体的には?」
私は三人の聞く体制が十分に整っている事を確認した上で、話を進める。
「フォルスは一人の男を私対策にニッショウ国から呼び寄せようとしているの」
「男?」
「男の名前は灰羅ウエナシ。かつて私を負かした事も有る完全なる英雄の一人よ」
私は三人に灰羅ウエナシについて分かっている事と、どのような戦いをニッショウ国で繰り広げたのかを話す。
「小生の子孫の一人か……」
「狐の妖魔の血を引いた先天性の英雄かぁ……」
「妖魔を自在に操れる使役魔法……羨ましい」
私から話を聞いた三人の表情は硬い。
だがそれも当然の事だろう。
フォルスたちの話や、私自身の情報網を駆使して集めた情報が確かなら、歳は七十を超え、身体能力は衰え、使役魔法も最盛期と比べれば衰えたが、それでもなお思考は明晰であり、対妖魔に関しては一流の指揮能力と指導能力を有していると言っていい当代随一の英雄なのだから。
助言役としてフォルスの陣営に加わわれば、相当厄介な存在になるだろう。
「ソフィアん、こっちに来る事自体は阻害できないの?」
「厳しいわね。船を沈めたぐらいで死んでくれるような英雄ではないもの」
「フォルス・レーヴォルの陣営自体を揺さぶって、満足に働けないようにするのはどうだ?」
「助言を与えている妖魔たちにそれとなくやらせてるけど、どこまで効果があるかは怪しいわね。ニッショウ国でも破られてる策だし」
「ちっ、本当に厄介ね」
「まあそれでも何とかはなると思うわ。向こうは歳を取って衰えているし、こっちはあの時よりも戦力が充実しているから。ま、この件については私に任せておいて、こっちに来る一か月後までには何かしておくわ」
「頼むわね。ソフィア」
「ええ」
そうして一抹の不安を抱えつつも、この夜の会議は終わった。