第296話「インダル-2」
さて、現在のセントレヴォルは中々に騒がしくなっている。
だがそれも仕方がない事だろう。
一糸乱れぬ動きで貴族や商人の屋敷に侵入し、屋敷の住人と金品を奪い取っていく正体不明の盗賊団。
夜の路地裏で男を誘い、誘いに乗った愚かな男を闇夜に消し去る謎の娼婦。
昨日まで平穏無事だった家族が、翌朝には蜘蛛の糸で絡め捕られ、全身の体液を吸い尽くされた上で発見される。
セントレヴォルを脱出しようとしたテトラスタ教の司祭が、無数の妖魔に襲われて無残な姿を晒す。
等々、今までのセントレヴォルでは決して起こり得なかったであろう事件が次々に起きているのだから。
「ふぅ、みんな働き者で助かるわ……」
表向き、これらの事件全てに共通する事柄は存在しない。
蜘蛛の件や、司祭の件など、妖魔の仕業であることが確定している事件もあるが、盗賊や娼婦などは碌な手掛かりも得られていない状態である。
だが、これらの事件には一つの共通項がある。
と言うか……
「まあ、言う事を聞かない連中は始末したから、当然の結果なんだけどね」
どの事件も、私が助言を与えた妖魔または人妖が起こした事件である。
そう、盗賊団の正体は、厳重な警備のかいくぐり方や、鎧を着た騎士を非力な者が倒す方法を教えた鼠の妖魔六人が率いる盗賊団である。
娼婦の正体は、どうやればヒトを誘えるか、誘ったヒトを痕跡を残さずに消せるかを教えた鳥の妖魔である。
蜘蛛の糸の下手人は、如何に人外の部分を隠し、ヒトの世界に紛れ込むのかを教えてあげた蜘蛛の妖魔である。
司祭の件については、セントレヴォルの周囲で何処が襲撃に適しているのか、どういうヒトを襲った方が旨味があるのかを普通の妖魔に教えただけであるが、それでも私が助言をした事には変わりない。
「ああ、順調って素晴らしいわぁ……」
と言うわけで、どの事件にも私こと土蛇のソフィアが一枚噛んでいるのである。
なので、彼らが襲うターゲットについても、実はセレニテスの要望を満たす関係で、大半は皇太子インダル・レーヴォルと関係があるヒトだったりする。
「さて、息抜きはこれぐらいにしておきましょうか」
勿論、彼らが何時までも無事であることは有り得ない。
私が直接現場に出て指示を出しているのならともかく、今回私がしているのはあくまでも助言だけであり、彼らが助言を守らなかったり、ヒトの側が彼らに気づかないように対抗策を仕掛けてきたりすれば、何人かは上手く逃げおおせるかもしれないが、大半は狩られる事になるだろう。
だがそれでいい。
彼らが狩られたなら、土蛇のソフィアが操る土の蛇が現れて、討伐の証明である強力な魔石をヒトの手から奪い取るだけの話なのだから。
手駒が尽きる事もない。
妖魔はセントレヴォルの内と外の両方で何処からともなく生まれ、セントレヴォルに惹かれて集まってくるのだから。
第二王子は歯噛みをしつつであっても、妖魔に襲われた貴族や商人、司祭を調べ、不正を取り締まり、皇太子の勢力を弱らせ、セレニテスの要望を叶える一助を行ってくれるだろう。
つまり、セルペティアの正体にさえ気づかれなければ、どう転んでも美味しい流れでしかないのである。
「書類の続きを書かないと」
さて、ここまでは屋敷の外の話である。
私は茶と茶菓子を片付けると、この場で書いている事が露見してはいけない書類を仕上げていく。
書類の内容は……簡単に言えば、とある人物の来歴と言ったところか。
私がセレニテスの侍女になる際に偽造した諸々の親戚みたいなものである。
「よし、こんなところね」
何故そんな物を書く必要が有るのか。
決まっている、その正体を露見させるわけにはいかない人物を、新たに私とセレニテスの傍に入れる為だ。
「問題は二人がこの内容を覚えきれるかだけど……まあ、三百年以上生きて来て、この程度のフリも出来ないなんてことはないわよね」
私は二組の書類を持って、屋敷の外に出ていく。
外で私たちの監視をしている第二王子の手の者にも、警備の騎士たちにも、屋敷の使用人たちにも、それこそ通りすがりの一般人にも気づかれないように。
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コラム 『三大人妖』
三大人妖と呼ばれる、ヒトに酷似した妖魔……人妖の中でも、特に強い力を持つ三人の存在を諸君らは知っているだろうか?
彼女らはヘニトグロ地方以外でも有名な存在であり、各地方でそれぞれがそれぞれに大事件を起こし、当時の現地に多大な被害を与えている。
それこそ空想上の出来事ではないかと思われるほどの規模で。
だが、彼女らが存在し、様々な事件を起こしているのは明確な事実である。
例えば土蛇、蛇の人妖ソフィア。
ソフィアはナックトシュネッケ大陸にかつて存在していた王国を、たった一晩で滅ぼしたとされているが、最近の調査でこの王国が実在した事、一晩とは言わなくても、何らかの魔法が用いられ、ほんの数日で崩壊したことが判明している。
そして、同様の事件を残りの二人……美食家と魔女も起こしている。
その内容は……
歴史家 ジニアス・グロディウス
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