第295話「インダル-1」
「はぁ……やっと終わったわね」
「そうですね。セレニテス様」
スクワの死から一月。
ようやく、葬儀などの後始末が終わり、私とセレニテスは連日の各種行事から解放されることになった。
「まったく、顔の筋肉が固まりそうだったわ」
「お疲れ様です」
セレニテスはそう言うと、いつもの屋敷の部屋で、私以外の目が無いのを良い事に顔のコリをほぐすように揉み始める。
まあ、ただの侍女でしかない私と違って、セレニテスは完璧な王族を演じなければならなかったのだから、疲れるのも仕方がない事だろう。
「で、どうするの?」
セレニテスは部屋の外に繋がる扉に目を向ける。
そう、スクワの死によって少なくない変化が私たちの周りでも起きている。
扉の外では、一月前から国が派遣してきた警備の騎士たちが、今日も真面目に職務に励んでいるはずなのだ。
それも、第二王子フォルス・レーヴォルの派閥に属する騎士団長が送り込んできた、警備と言う名の監視を行う騎士が、だ。
「どうしようもありませんね」
「あら珍しい」
「彼らに対してこちら側から何かをする事は、そのままセレニテス様への疑惑に繋がりますから」
勿論、彼らは真摯に純粋にセレニテスを土蛇のソフィアから守るためにやってきている。
勤務態度も至極真面目で、屋敷の使用人たちとの折り合いも悪くない。
ただ彼らが報告を行う対象がフォルスの味方であり、彼らから得た情報がフォルスに横流しされることが確定してしまっているために、警備と言う名の監視になってしまっているだけなのである。
「ただ、どうかする必要もありませんが」
「まあ、貴方にとってはそうよね」
まあ、私に限って言えば『蛇は骸より再び生まれ出る』などの魔法によって不在を誤魔化したり、忠実なる烏の魔法によってその場を離れずに事を為せるので、彼らの存在はさほど問題にはならない。
それどころか、私がこの場を離れていない事を証明する人材として活用できるだろう。
「私が我慢するしかないか」
「そうなります」
と言うわけで、セレニテスには申し訳ないが、多少の窮屈さは我慢してもらうしかないだろう。
「それで、次の一手はどうするの?」
さて、騎士についてはここまでにしておくとして、話はこれからについてである。
「既に手は打っています」
「ふうん……」
私は窓の外に目を向ける。
空には忠実なる烏の魔法によって作られた烏人形が複数体、普通の鳥に見える様に空を飛び、セントレヴォル中を探索している。
「具体的には?」
「今回の事件で土蛇のソフィアがセントレヴォルに居る事は広く知られました。そうして名が広まった以上、セントレヴォルには今まで惹かれなかった様々な者が惹かれてやってくることになります」
「流れの騎士とかかしら?」
「それもあります」
「それも?」
「私が探しているのは……」
私が今セントレヴォルで探している者は、土蛇のソフィアを狩ろうとする者や、セレニテスの脅威になる者だけではない。
いや、むしろこれらの者については、ついでに探しているだけだと言ってもいいだろう。
私が主として探している者、それは……。
「ヒトに酷似した姿を持つ妖魔です」
人妖と呼ばれることもある妖魔たちである。
「彼らを集めて何をするの?」
「私は助言をするだけです。彼らが少々長生きを出来る様に」
人妖は、私、トーコ、シェルナーシュのように、一目では妖魔だと認識できないような容姿を持つ妖魔である。
彼らは私たちがそうであるように、普通の妖魔に比べて身体能力は劣る傾向にある。
だがその代わりに考える力を持っている。
彼らは本能のままにヒトを襲い、貪るのではなく、ヒトに紛れて、自分がそうだと知られずに喰らう事が出来る。
その力が次の目標を効率的に殺すには必要だった。
「ふうん、でも本当に集まって来るの?」
「これでも私の名は広く知られていますから。それに、既に何人かはセントレヴォルの中に入って来ています」
「へぇ……」
勿論、彼らは最終的には追い詰められ、討たれる事になるだろう。
だがそれで問題はない。
私にとって必要なのは、彼らが土蛇のソフィアの指示の下に行動を起こし、少なくない被害をセントレヴォルに与えたと言う事実だけなのだから。
「それと、私の古い友人たちがレーヴォル王国内に居るのであれば、今回の件を聞き付けて、セントレヴォルにまで来てくれるはずです」
「古い友人……それは楽しみね」
それと、こちらは完全に来てくれれば良いな程度の考えであるが、今回の件で私がセントレヴォルに居る事を察し、トーコとシェルナーシュの二人が来てくれないかと思っている。
あの二人もレーヴォル王国の設立には一枚噛んでいるし、来てくれれば協力して事に当たりたい所である。
まあ、世界は広いので、居ない可能性の方が高そうだが。
「そう言うわけですので、セレニテス様。しばしお待ちください。もうしばらくしたら、とても愉快な事になりますから」
「期待しているわ」
そうして私はセレニテスに向けて微笑みながら、忠実なる烏を彼らの居る場所に向かわせ……ちょっとした助言を囁いた。
行動が完全に悪の組織のそれである