第293話「スクワ-3」
今回かなりエグイ描写がありますので、ご注意ください
グロディウス公爵の忠告から三週間ほど経ち、私のセントレヴォル内での被害者の合計が三桁を超えた頃。
スクワ・レーヴォルの私室に潜ませておいた忠実なる蛇が、その声を捉え、本体である私へと情報を伝えてくる。
「セレニテス様」
「動きがあったのかしら?」
「ええ、折角なので、セレニテス様にも聞いて頂こうと思います」
私は二人きりの室内で、土の使役魔法によって、スクワの部屋の忠実なる蛇が捉えている声をそのまま再現し始める。
『ーーーが無いってどういう事よ!』
真っ先に聞こえてきたのは、声だけでも怒り狂った様子である事が分かる女……スクワ・レーヴォルの声だった。
『も、申し訳ありません。姫様』
次に聞こえてきたのは侍女の声。
だが、侍女が次の言葉を紡ぐ前に、硬い何かでヒトを殴りつけた様な音が。
続けて、侍女を罵倒するような聞くに堪えない言葉の数々が聞こえ出す。
「あらあら、スクワお姉様ってば随分な荒れようね」
「罵倒の中身からして、八つ当たりではなく、侍女に当り散らしても無駄だという事すら分かっていないのかもしれませんね」
「ふふふ、生粋の王族様は大変ね」
ちなみに、セレニテスには見せたくないので再現していないが、忠実なる蛇は既に視覚でもスクワが侍女を鞭のようなもので殴りつけている姿を捉えている。
その姿に品性のようなものは感じられず、まるで子供が駄々をこねているかのようだった。
だが彼女は子供ではない。
その長く伸ばされた赤い髪に、整った目鼻立ち、しっかりと成長した身体の各部を見れば、彼女が大人である事は誰の目にも明らかである。
にも関わらず私室とは言え、このような姿を晒しているのだから……滑稽と言う他なかった。
『いいから手に入れて来いって言うのよ!でなければアンタのその首を、いえ、アンタの家族全員の首を刎ねるわよ!』
『ひっ!?』
「……」
セレニテスの眉間にしわがよる。
なお、現在のスクワの借金は、先週の時点で金を貸していたヒトが居なくなったおかげでゼロになっている。
そう、先週の時点でだ。
今週に入ってから、私が狙う相手は金貸しではなく、スクワと物品の取引を行っている商人に変わっていた。
そして、狙われた商人たちは、金貸したちの末路を知っていたためだろう、一斉にスクワとの取引を止め、自らの命を守る事を優先し始めたのだった。
これでもしもスクワが借金が無くなったことに対して喜び以外の感情を示していたり、死んだ商人たちに対して護衛を付けるなどの誠実な対応を取っていれば、己の身の安全を危ぶめてもスクワとの取引を続けようとする商人も居たかもしれない。
だが、スクワもディバッチ王もそんな対応は取らなかった。
その結果がこれ……スクワの気に入っていた消耗品の補給どころか、一切の取引が行えなくなってしまったのである。
「セルペティア」
「なんでしょうか?」
「スクワを失脚させずに、これ以上困窮させることは出来る?」
「出来ます。が、時間はかなりかかりますね。仮にも王族なので、最低限の衣食住は保証されていますから。それに、スクワを困窮させるついでに国も亡びる一歩手前になるかと」
私はセレニテスの言葉に正直に答える。
実際、スクワを餓死させようと思うと、かなり厳しいものがある。
なにせどれほど子供じみた振る舞いをしていても、スクワが王族であることは紛れもない事実であり、それだけでも利用価値が無いわけでは無いのだから。
『ソフィアめ!土蛇のソフィアめ!妖魔の分際で私の邪魔をするだなんて!腹立たしい!汚らわ……』
「そう……」
セレニテスはスクワの私に対する恨み言を聞きながら、何かを考え始める。
当初の予定ではこの辺りでスクワを失脚させ、王族で無くさせた後に適当な危険地域に放り込む予定だったが、セレニテスは別の策を考え始めたらしい。
まあ、このままスクワを放置していると、碌でもない事になりそうな気配もあるし、別の策を考えるには丁度いい頃合いなのかもしれない。
『絶対に見つけ出して、その首を切って、晒し者に……』
「セルペティア。今から私が言う人物を今すぐに始末して」
セレニテスが幾つかの名前……スクワとその母親の実家の重要人物たちの名前を挙げる。
そして、彼らをどのように殺すのかと言う注文もする。
「かしこまりました。セレニテス様」
セレニテスが求めているなら、私に断る理由はない。
『今すぐに騎士たちを……!?』
『姫様!?』
と言うわけで、私はスクワの部屋に忍び込ませておいた忠実なる蛇を操作すると、尾を天井にくっつけたまま、スクワの首に絡ませる。
『ぐっ……あっ……』
『姫様!?姫様!?誰か!誰か来て!蛇が!蛇が姫様に!?』
私は即座に首筋に噛みつき、肉を溶かすタイプの毒を注入しつつ、スクワの身体をゆっくりと吊り上げていく。
スクワは忠実なる蛇を外そうと、必死に自分の首を掻きむしるが、残念ながら今回の忠実なる蛇は純粋な土製ではなく、芯に鉄線を仕込むことで強度を上げてあるタイプであるため、剣でも斬れる事はない。
『あっ……ぎっ……ひっ……』
もがき苦しんだ結果として、毒も回り始めたのだろう。
スクワは全身の皮膚と全ての穴から赤いものも混じった、様々な物体を垂れ流し始めていた。
『姫様御無事……っつ!?』
そして、侍女が呼んだ騎士がやってきたところで、スクワの見るに堪えない状態になった肢体が力なく垂れ下がる。
もはや、誰の目で見てもスクワが死んだのだと分かる状態だった。
『こんな女、食う価値もない』
私はしっかりとスクワの脈が止まった事を確認した上で、スクワの死体の首を折った後、真下に死体を落とす。
スクワに対する侮蔑の言葉を騎士たちに聞かせながらだ。
『だが、始まりにはちょうどいい』
『始まり……だと……』
そして、この惨劇がまだ続く事をしっかりと伝えてから、私はその場を去り……スクワ以外の人物たちに対してもその死の知らせが届く前に、同様の毒を注ぎ込んで始末したのだった。
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