第292話「スクワ-2」
さて、三人目を始末してから二日後。
私が次の目標としていた、四番目に貸した金が多い商会の主は、第一王女スクワ・レーヴォルに無条件で貸し付けの証文を破棄することを申し入れ、スクワもそれを受け入れた。
商会の主の命を守る為ではなく、自分の借金が無くなるという表面上の事実だけを喜んで。
いずれにしても証文を破棄した結果として、彼はスクワに対してびた一文貸していない事になった。
ならば私も目標を変えるべきだろう。
「大丈夫です。ご主人様。この場の守りは万全です」
「油断をするな。この事件の下手人の実力は桁違……い?」
と言うわけで、その翌日。
私は屋敷から脱出し、罠と警備を大幅に増員した拠点に籠っていた貸付金額現四位の商人とその側近たちを始末する。
勿論、屋敷の方に忠実なる烏を向かわせて証文を見つけ出し、焼く事も忘れない。
「逃がすな!お……っつ!?」
「さようなら。親愛なるレーヴォル王国の皆様」
そして最後に、土の蛇の口の中に飛び込み、地中に潜り込む私の姿を警備の者たちに見せた上で脱出した。
当然、わざとである。
そう、土の蛇を操る姿を見れば、レーヴォル王国の者ならば全員同じ存在を思い浮かべざるを得ないのだ。
土蛇のソフィア、レーヴォル王国を滅ぼすと明言した妖魔の存在を。
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さて、五番目だった商会の主を始末した翌日から、一気にセントレヴォル中が慌ただしくなった。
一部の貴族や商人は荷物をまとめ始め、騎士も慌てた様子で準備を始めていた。
テトラスタ教の司祭は信者たちを必死に落ち着かせようとし、情報がまるで入って来ない平民たちは怯えるばかりであった。
まあ、三百年以上正確な行方が掴めなかった大妖魔が、いつの間にか滅ぼすと言った国の中心に潜り込んでいて、しかも商人たちを次々に襲っていたのだから、このような劇的な反応を示しても仕方がないのかもしれない。
それにしても混乱のし過ぎではないかとも思うが。
「まったく、揃いも揃ってだらしないわね」
「そうですね。何時かは戻ってくると言っていたのですし、慌てている者はそれだけで無様で無能な姿を晒していると言えますね」
尤も、それは外の話。
貴族街の一角に建てられたセレニテスの屋敷は、屋敷の主であるセレニテスが落ち着いている事に加え、グロディウス家が雇い入れた使用人たちが悉く優秀だったこともあり、普段と変わらず、穏やかな時間が流れ続けている。
この騒動を起こしている張本人が居るので、当然と言えば当然の状態でもあるのだが。
「セレニテス様。グロディウス公爵が参られました」
「分かりました。会いましょう」
「はい」
セレニテスが席を立ち、グロディウス公爵がやってきたと伝えてくれた侍女に案内される形で歩いていく。
そして私も、セレニテスに付き従う形で、後に続く。
「セレニテス様。お久しぶりでございます」
「変わりないようで何よりです。グロディウス公爵」
さて、グロディウス公爵がやってきた理由だが、やはり土蛇のソフィアがセントレヴォルに現れた事を受けてだった。
で、その話によれば、ディバッチ王には城やセントレヴォルの警備を強める気はないらしく、各貴族や商会は自分で自分の身を守るしかないとの事だった。
まあ、今のところは無差別ではなく、特定の条件に従って商会が襲われているだけであるし、ディバッチ王は余計な手間暇と金を掛けたくないのだろう。
ああいや、それどころかだ。
「もしかしてスクワお姉様は……」
「ええ、相手が何を狙っているのかも察せず、借金が無くなることをただ喜んでおります。それと、明言はしておりませんが、ディバッチ王もそう言う匂いを漂わせています」
「何と言う事……」
商人たちが居なくなってくれれば良いと思っているのだろう。
その行為こそが自分たちの首を絞めているとも思わずに。
「土蛇のソフィアの狙いはレーヴォル王国を滅ぼす事。三百年前に奴はそう宣言した上で国外に逃げたと伝えられています」
「そうなると今商人を襲っているのは、まずはレーヴォル王国の資金源を断つためでしょうか?」
悲しそうな演技をしているセレニテスの質問に対して、グロディウス公爵は首を横に振る。
「それだけではないでしょう。王家や貴族に金を貸している商人は他にもいるはずですからな」
「では、何のために?」
「恐らくは先に国を滅ぼされない為です。スクワ様の借金は年々国庫を圧迫するようになっておりましたからな。他にもスクワ様を孤立させるためなど、理由は幾つもあるでしょうが、一番の理由はそれでしょう」
うん、流石は私の子孫。
私の事を良く分かっている。
「セレニテス様。お気を付けくださいませ。何をなさるにしても、命あっての物種。もし身の危険を感じられましたら、ディバッチ王の命令があっても構いません。その場から直ぐにお逃げくださいませ」
「お気づかいありがとうございます。ですが、このような状況だからこそ、逃げるわけにはいきませんわ」
「セレニテス様……」
そうしてセレニテスの身を案じる言葉を残してグロディウス公爵は去って行った。
「セルペティア」
「はい」
「仕上げは何時になりそう?」
「もう少々時間がかかりますので、お待ちください」
「分かったわ」
セレニテスと私こそが国を滅ぼそうとしている張本人だと気付く事も無く。