第290話「蛇と月長石-8」
「しかし、一気に事が進んでしまったわね」
グレッドの処刑から数日後。
私とセレニテスは二人きりで、思い思いの事をやっていた。
ただし、セントレヴォル城の中ではなく、登城前に使っていた屋敷の一室で、である。
「グレッド・アバリシオスの件については私も想定外だったわ。まさかあの場であんな真似をするとは……」
勿論、これは異常な事である。
本来ならばセレニテスはセントレヴォル城の城内に自分の領域を与えられ、そこで日々を過ごすべき存在なのだから。
一般的な視点から見た場合、どのような面から見ても、城外の貴族街に用意された屋敷で過ごせと言うのは間違っていると言えるのだから。
「そうね。あの場で私に対して発熱の魔法を使おうとしたことも論外だけれど、それ以上に驚かされたのは、貴方に問い詰められてからの対応ね。まさか自分から絞首台の階段を上がる様な真似をするとは思わなかったわ」
一応城外の屋敷で今後暮らすように命令された際には、城外で暮らさなければならない理由は言われている。
が、あの理由はどう考えても建前で、本当の理由ではないだろう。
本当の理由は……単純にディバッチ王含め、王族たちがセレニテスと一緒に暮らす事を嫌ったからだ。
「まあ、いずれにしても何時かは始末する相手だったわけですし、起きてしまった事は無かった事に出来ません。変化した状況に合わせて策を練りましょう」
「そうね。そうしましょうか」
まあ、問題はない。
セレニテスとしても、あんな家族たちと四六時中同じ空間に居たいとも思えないし、これからやる諸々について、城外にセレニテスが居たという事実があった方が都合がいい状況は腐るほどあるのだから。
「では、まず状況を整理しましょう」
私は自分の作業を、セレニテスは読書をしつつ、二人きりと言う事で気楽な会話を続ける。
「まずディバッチ王はセレニテスの事を嫌っている。これは良いわね」
「ええ、それでいいわ。ま、アイツにしてみれば、気まぐれにやって捨てた女の子供だもの。気に入るはずがないわ」
王であるディバッチ・レーヴォルがセレニテスの事を嫌っている事は間違いない。
でなければ、王の一声でもって他の者たちがどれほど嫌がろうとも、セントレヴォル城の城内にセレニテスを上げられるのだから。
セルペティアの世話をペリドットに任せて旅立った私が言えたことではないかもしれないが、とんでもない親である。
「それに皇太子のインダルも、グレッドが私の行動が原因で処刑された事から、セレニテスに対して恨みを抱いているでしょうね」
「先に手を出したのはあっちなのにね。迷惑な話だわ」
皇太子のインダル・レーヴォルとセレニテスの仲も、もう構築不可能だろう。
自分の味方の中でも重要な人物を、誰も文句を言えない形で始末されてしまったのだから。
まあ、私たちにしてみれば、逆恨み以外の何でもないが。
「第二王子のフォルスについては言わずもがなです」
「もう派手にやっているものね」
第二王子のフォルス・レーヴォルとセレニテスの仲は最初からどうしようもない。
そもそも私の後姿をセレニテスが目撃したあの馬車の事件ですら、元をたどって行けばアービタリ伯爵の裏にフォルスの影が浮かび上がってくるのだから。
仲良くなど出来るはずがない。
「第一王女のスクワについては……」
「あんな贅沢三昧の女を私が好むと思う?」
「私も嫌いなのでご安心を」
第一王女のスクワ・レーヴォルについてはセレニテス自身が個人的に嫌っている。
まあ、これは仕方がないだろう。
今のところスクワからは嫌がらせ程度しかされていないが、スクワが好むのはとにかく贅沢な事であり、その贅沢を維持するための財源にされているのは主に平民たちなのだから。
「見事に全員と敵対的な状況にありますね」
「いずれ全員始末するんだし、敵対的でも問題はないわよ」
「まあ、それはそうなんですけどね」
と言うわけで、見事にセレニテスと他の王族たちとの仲は最悪である。
さらに言えば、宰相たち今の有力貴族たちも、セレニテスの存在を疎んでいるので、正しく四面楚歌である。
私ならばどうにかなる程度の窮地でしかないが。
「ああそうだわ、ソフィア。始末するにあたって一つ注文をしていいかしら?」
「注文?」
さて、状況も分かったところで、これからについてだが、どうやらセレニテスは私の行動に条件をつけるつもりであるらしい。
「始末する順番はスクワ、インダル、フォルス、ディバッチの順でお願い」
「ふむ。理由を聞いても?」
セレニテスの注文は王族を始末する順番について。
「スクワは借金まみれだし、早々に始末しないと私たちが行動する前に国が傾きかねないわ」
「ふむ」
「インダルは……正直どうでもいいけれど、フォルスよりも先に始末した方が、フォルスがより多くの絶望を味わえると思うの」
「ふむふむ」
「で、ディバッチには子に先立たれる不幸を味あわせ、それが自分の行いに原因があることを刻み付けてやりたいの」
「なるほど」
ふむ、理にはかなっている。
実際、この順番で進めた方が、何かと都合がいいだろう。
となれば、私としてもこの提案を蹴る理由はない。
「分かりました。では順番はそれで行きましょう」
「ええ、よろしくね」
そして私たちはお互いに笑みを浮かべたまま、楽しげな声音で、実際の計画を練り始めるのだった。
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