第288話「蛇と月長石-6」
「私は……」
「これから是非とも……」
「そう言うわけですので……」
さて、儀式も無事に終わったところで、次のイベントはセレニテスを主役とした舞踏会兼晩餐会である。
と言うわけで、現在セントレヴォル城のホールでは多数の王侯貴族が集まり、平民への重税によって材料を得て、トーコが聞いたら怒りそうな方法で調理された料理と酒に舌鼓を打ちつつ、私視点で下らない話に華を咲かせ、これだけは出来が良いと言える音楽に合わせて、時折ミスがある踊りを踊っていた。
「ふふふ、そうですか。ところで……」
まあ、今の私はセレニテスの侍女である。
なので、いざという時の肉壁になってもらう騎士と一緒に、セレニテスの背後に控えている以外に見た目上はやることがない。
「先日のドレス。とても素敵な柄と仕掛けでしたわ」
「そ、そうでしたか……」
なお、見た目上はやる事が無いだけで、実際には会場内で不審な動きをする者が居ないかを見張ったり、誰と誰が会っていて、どんな会話をしているかを調べたりもしている。
それと、セレニテスの元に挨拶に来ている貴族が誰の派閥であるかや、その人物がセレニテスに何を贈ったのかを髪の毛の間に隠せるサイズの忠実なる蛇を使って教える事も私の仕事である。
「ええ本当に素敵でした。今度、同じ柄と仕掛けのドレスをお姉様に贈ってみたらどうかしら?きっと、喜んで手に取ってくださいますわ」
「は、ははははは……」
ちなみに、贈り主の名前が贈り物に無くても、配達者の動向や、それぞれの貴族の趣味嗜好、扱っている物などを把握しておけば、誰が贈り主であるのかを調べるぐらい私にとっては容易い事である。
あの手の贈り物の贈り主が、第一王女の派閥に属している誰かなのは事前に分かっていた事であるしね。
「で、では、これにて私は失礼させていただきます」
「ふふふ、そうですか」
来た時よりも若干青い顔をして、セレニテスの前から貴族が去っていく。
ちなみに、今回の舞踏会にはセレニテス以外の王族は出て来ていない。
これは、セレニテスよりも上の地位にある者……つまりは王位継承権が上に居る者とその家族が居ては、セレニテスがこの場の主役になれないためである。
「初めまして。セレニテス・レーヴォル様。私、グレッド・アバリシオスと申します」
と、どうやら次の貴族……それも相当な愚か者が来たか。
「貴族位は子爵でございますが、テトラスタ教会の方では枢機卿をさせていただいております」
その男……グレッドは、暴食によって太った身体を法衣で隠し、テトラスタ教の信者たちから巻き上げた金品で作った宝飾品で全身を着飾っていた。
まあ、早い話が今のテトラスタ教の癌の一人であり、私が始末してしまいたいヒトの一人である。
そして、皇太子の派閥の有力者の一人でもあるので、セレニテス視点でも潰したい相手である。
「そう言うわけですので……」
グレッドがセレニテスに向けて、脂ぎった手を向けて握手を求めようとする。
対してセレニテスも不快感を笑顔の仮面で隠しつつ、握手に応じようとした。
そんな二人の姿を見て私は……
「セレニテス様に触るな」
「なっ!?」
「セルペティア!?」
間に分け入る形でグレッドの手を掴み、動きを止めた。
「「「ーーーーーーーー」」」
「き、貴様……侍女の分際で……」
「黙れ」
「!?」
会場全体が騒然とし、全ての視線が私たちの方に向けられる中、私は全身から魔力を放出してグレッドに威嚇を行う。
鈍そうな男なので、どこまで効果があるかは分からないが、少なくともこれでしばらくは黙るだろう。
グレッドの後ろに居る付き人たちには……出し続けておこう。
静かにしてもらっていた方が好都合だ。
「セルペティア……貴女一体何を……」
セレニテスが内心では私が行動した理由を理解していると言う目を向けつつ、私に問いかけてくる。
まあ、セレニテスなら、私が直接動くのはどういう時か理解しているのも当然だろう。
「この男が握手に乗じて発熱の魔法をセレニテス様にかけようとしていたので、止めさせていただきました」
「なっ!?ふざけるな!?濡れ衣だ!?」
と言うわけで、左手を使って私の手を引き剥がそうとしているグレッドの事など意に介した様子もなく、私は会場中のヒトに聞こえる様に動いた理由を話す。
「発熱?」
こちらの質問は本当にセレニテスが疑問に思っての質問である。
マイナーかつ使い道が腐っている魔法なので、知らないのも当然だが。
「接触した対象に病気のような発熱を起こす魔法です。と言っても死に至る様な高熱ではなく、多少寝込む程度の熱ですが」
「だから儂は知らんと……」
「ちなみにこの魔法は相手にかけてから、実際に熱が起きるまでに数時間ほどかかります。なので、妖魔討伐にも使えない完全にヒトだけを対象とした嫌がらせ用の魔法ですね」
「くそっ!離せ!?離せえっ!?」
そう、本当にこの魔法は腐っている。
発生させる熱と、発生までにかかる時間の関係上、ヒトを救う事にも、妖魔を倒す事にも使えない、ヒトを害することにしか使えない魔法なのだ。
そして、そんなヒトを助けることにどうあっても繋がらない魔法であるが故に。
「そして、私の記憶が確かなら、発熱の魔法は百年ほど前の枢機卿会議で、一般にはその魔法の魔石を所持する事すらも禁止された魔法だったはずです」
テトラスタ教の教えに反する魔法であるとされたのである。
「「「!?」」」
「っつ!?」
「さて、グレッド枢機卿」
そんな魔法の魔石をテトラスタ教の枢機卿足るものが持っていて、しかも使おうとしていた。
こんな状況になれば、グレッドに向けられる貴族たちの目が一気に胡乱気な物になるのも当然の事だろう。
だが申し訳ない。
「何故貴方は無数の装飾品の中に紛れ込ませる形でこんな物を持っていて、使ったのですか?」
「……」
本番はこれからである。
ソフィアの前で事を起こそうとしたのが運のツキです