第287話「蛇と月長石-5」
「順調ねー……」
アービタリ伯爵の死から三日後。
伯爵位にある者が不審な死を遂げると言う大事件は有ったものの、王族が一人増えると言うイベントに比べればその死は軽く、アービタリ伯爵の周囲に居た一部の者が喪に服し欠くだけで、予定通りセレニテスの王族入りの儀式は行われることになった。
「ま、流石にこの状況で騒ぎを起こす馬鹿はいないか」
と言うわけで、現在セレニテスはセントレヴォル城謁見の間で、グロディウス公爵に付き添われる形で王族の儀式を行っており、一介の侍女に過ぎない私は控室で待機を命じられていた。
まあ、万が一に備えて謁見の間の天井に特別製の忠実なる蛇を仕込んで、何が有っても……それこそ王侯貴族と文武百官の前でセレニテスを暗殺しようとするなどと言う有り得ない状況が起きても対応出来る様にしてあるので、セレニテスの身の安全については大丈夫だが。
精神の安全については……何も問題ないだろう。
『ーーーーー』
『ーーーーー』
「まあ、そう言う反応よね」
私は文武百官と王侯貴族たちの様子を窺う。
表向きは全員笑顔で、皇太子、第二王子、第一王女含めて、この場に居る全ての者がセレニテスの王族入りを祝福しているようだった。
が、少し穿って見れば、直ぐに分かるだろう。
心の底からセレニテスの事を祝福しているのは極一部のヒトだけで、大半は心の中でセレニテスの事を嘲っていたり、恨めしそうにしている事が。
「少し前までただの村娘だったのが、突然の王族入り。やっかまれない方がおかしいわ」
恐らく彼らは血筋、生まれ、育ち、そう言ったものでしかセレニテスの事を見れていないのだろう。
「ま、既に格の違いは見せつけられてしまっているようだけど」
尤も、セレニテスに対して彼らが何か言う事は出来ないだろう。
儀式の後含めてだ。
『ーーーーーー』
『ーーーーーー』
『『『ーーーーーーーーーー』』』
そう、察しの良い連中は既に気づいているようだが、セレニテスの礼儀作法、所作、物言いは村娘のものでないどころか、付け焼刃の物であると思う事も出来ない程に洗練されていた。
それこそ、この場に居並ぶ王族……現王、皇太子、第二王子、第一王女よりもはるかに王の器であると周囲に思わせるような振る舞いであり、それが理解出来てしまった者の心を大きく波立たせる様な姿だった。
もしかしたら多少、身内の贔屓目も入ってしまっているかもしれないが……それでも生粋の王族よりも王族らしいと言う評価は覆らないだろう。
それだけの強さをセレニテスは見せていた。
「ふむ、敵影は無さそうだし、少し近づけましょうか」
私は忠実なる蛇を少し動かして、セレニテスの話を聞き取り易くする。
『では、ディバッチ・レーヴォルの名を以って、現時刻よりセレニテス・レーヴォルを我が娘と認め、レーヴォル王国王家の一員であることを認める』
『はい、誠にありがとうございます』
現王であるディバッチの手によって、王侯貴族の名が記された書物の原本にセレニテスの名が記される。
そして、名が確かに記された事を確認した上で、王の近くに控えていた文官がセレニテスの名前を間違いなく書に記す。
つまりこれで、セレニテスは正式にレーヴォル王家の一員として認められたことになる。
『さて、それではセレニテスよ。折角の機会だ。この場に居並ぶ者たちにお前がどのような人物であり、何を目指しているかを話して見なさい』
『ありがとうございます。陛下』
セレニテスは笑顔を浮かべたまま、その場で後ろに振り返り、真っ直ぐに謁見の間に集まった王侯貴族と文武百官の顔を見つめる。
ちなみに、通常の儀式などではこのような事は行われない。
今回、わざわざこのような場が設けられたのは、事前に私が『蛇は罪を授ける』を利用して、夢枕に御使いが立つ形でディバッチに助言を授けたためである。
まあ、他のヒトも御使いソフィールが告げるものである事をいい事に、夢の中でお言葉を授かったとか言っちゃっているので、問題はないだろう。
『では、少しだけ話をさせていただきます』
セレニテスが話を始める。
『皆様の知っての通り、私は王の血こそ引いておりますが、元はしがない村娘です』
セレニテスの言葉に貴族の内の何人かが嘲るような表情を浮かべる。
うん、その顔は表情も取り繕えない馬鹿として覚えたから、覚悟しておけ。
『ですので、兄上、姉上たちのように目指すものも現状では見定まっておりません』
実際は、国……いや、王侯貴族を滅ぼす方向性で完全に見定めている。
『なのでこの場では私が好むものと好まないものだけを話させていただきます』
貴族の何人かが顔色を変えるが……セレニテスは君たちが思ってるような甘い存在ではない。
どちらかと言えば劇薬の一種である。
『私が好むのは主に対して忠を尽くす者です。敵であろうとも味方であろうとも』
主に対して忠を尽くす。
言うは容易いが、実際に出来ている者は少ないだろう。
真の忠とは主を助けるだけでなく、諌める事も出来なければならないのだから。
少なくとも、皇太子たちに付き従い、彼らの求めに応じつつ、それ以上に自らの利益を貪る事に注視してばかりな連中には不可能だろう。
『私が嫌うのは、そんな忠を尽くしてくれる下の者に応えようとしない主です。それこそ畑に鋤きこんでしまいたい程に』
さて、今のセレニテスの言葉を正しく理解できたヒトは……まあ、あまり居ないか。
贅沢を貪るだけで、下の生活に興味がない連中には理解出来ない言葉で話したので当然だが。
それにしても、畑に鋤きこむ……か。
随分と恐ろしい発言である。
なにせ今のセレニテスの言葉を正しく意訳するならば、『無能な主は墓も残せずに死んで、次の世代の養分になれ』と言っているのだから。
『以上です』
『うむ、そうか』
そうしてセレニテスの最初の言葉とともに儀式は終わった。
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