第286話「蛇と月長石-4」
「来たわね」
三日後の夜。
私は服装こそ侍女服のままだが、腰に『妖魔の剣』を提げ、ネリーたちの魂を封じた金の蛇の環を身に付け、靴裏に使役魔法の魔石を仕込んだブーツも履いていた。
そして、傍目には分からないだろうが、今の私はこれらの装備以外にも身体の各部に加工済みの各種魔石を潜ませてある。
早い話が、一介の暗殺者を相手するには少々分不相応なレベルの装備と言う事である。
「予定通り。で、いいのかしら?」
「ええ、予定通りです。彼らにとっても、私たちにとっても」
が、万が一が許されない状況でもあるので、これくらいの装備は当然の物とも言えた。
なにせ、相手は大抵の攻撃はどうとでもなる私ではなく、戦闘能力的にはただのヒトでしかないセレニテスを狙って来ているのだから。
「そう、なら後は任せたわ。気を付けてね。ソフィア」
「全力で臨むのでご安心を」
そうして私とセレニテスが灯りの無い部屋の中で話をしている間にも、屋敷の中に侵入した暗殺者たち六人はセレニテスが居るこの部屋に向けて迷いなく進んでくる。
そう、彼らの予定通りの時刻と進路を通って、警備の兵士どころか侍女の気配もない通路を若干おかしいと感じながらも、自分たちにとっては好都合と判じて一直線に、愚直に、計画が漏れているなどとは思わずに、土蛇のソフィアと言う特大級の想定外が待ち構えているとも知らずにだ。
「ボソッ……(ここだ……)」
「「「……」」」
やがて彼らは木製の扉を一枚挟んだ先にまでやってくる。
そして、周囲に動く気配が無い事を確認した彼らは木製の扉を勢いよく開けると、その勢いのままに部屋の中に雪崩れ込み……
「黒帯」
「「「!?」」」
瞬き一つの間に、全員が私の黒帯の魔法によって全身を縛り上げられ、目以外は一切動かせないようになった。
「ふふふ、流石ね。ソフィア」
六人の暗殺者たちが無力化されたのを見て、セレニテスは事前の打ち合わせ通りに私の名前を話ながら、部屋の蝋燭に火を灯し、暗闇の中に私の姿を浮かび上がらせる。
そう、今や寝物語で聞かされない子供が居ない程になった土蛇のソフィアの姿を、両手の指先から黒い糸のようなものを伸ばし、暗殺者たちを縛り上げている私の姿をだ。
「セレニテス」
「あらごめんなさい。今はソフィアじゃなくて、セルペティアだったわね。ふふふふふ」
勿論、ただ暗殺者たちに驚きと恐怖心を与えるために私たちは話しているわけでは無い。
こうして話している間にも私は暗殺者六人の内の五人に軽い麻痺毒を流し込み、身体を動けなくさせると共に、私が並行して密かにやっているとある作業について勘付けないようにしている。
そして、わざと麻痺毒を流し込まず、動けるようにしておいた暗殺者は……
「……」
「あら」
「いけない子」
口の中に仕込んだ魔石によって、自分の身体に火を点け、焼身自殺を図ろうとしていた。
死ねば情報は奪えない。
そう考えての事だろう。
私が相手でなければ、正しい判断である。
が、私相手では意味が無い。
私は相手が黙秘しようが、死のうが、情報は奪える。
それ以前にだ。
「お仕置きが必要ね」
私の目の前で簡単に自殺できると思わない方がいい。
「!?」
私は笑みを浮かべている暗殺者の顔を踏みつけつつ、使役魔法を発動、暗殺者が魔法によって生み出した火の支配権を奪取する。
そして、自分の身体が燃えるどころか、熱くなる事すらない現象に驚きの色を隠せないでいる暗殺者の身体を炎と黒帯の魔法によって宙に持ち上げる。
「「「!?」」」
「あらあら」
そして、身体が痺れて動けない五人の暗殺者に見せつけるように、私は自殺を図った暗殺者を生きたまま丸呑みにしてやる。
「駄目じゃない。セルペティア。情報を聞き出さないと」
「申し訳ありません、陛下。つい、魔がさしてしまいました」
「もう……まあ、後五人もいるし、彼らに聞けば問題はないか」
なお、ここまでのやり取りはすべて私とセレニテスの予定通りである。
「さて、貴方たちに一つだけ質問するわ。貴方たちの飼い主は誰かしら?それを話したら解放してあげる」
セレニテスは自分たちの目の前で行われた行為に絶句している五人の暗殺者に向けて、威厳たっぷりに、この場の支配者が誰であるかを理解させるように言い放つ。
それと同時に、私は黒帯の魔法を一部解除して、口を自由に動かせるようにしてやる。
麻痺毒についても、本当に少量だったので、痺れは残っていても基本的な効果は既に切れているはずである。
そして、話せるようになった暗殺者五人は……
「ア、アービタリ伯爵だ!」
一人が功を焦るように自分たちの主の名前を挙げ、
「セルペティア」
「はい」
「「「!?」」」
次の瞬間には口を割らなかった四人の前で、アービタリ伯爵の名前を挙げた一人の全身が黒帯の魔法によって血の一滴すらも流れ出ないように音だけを立てて、押し潰されていた。
「我が身可愛さに飼い主の名前を躊躇いもなく話す駄犬に用はありませんの」
押し潰した暗殺者の身体を飲んで処理する私の隣で、セレニテスが笑顔で言い切る。
「ふふふ、でも飼い主の名前は分かりましたし、貴方たちは解放してあげますわ。そして、よく伝えなさい。『次は無いぞ』と」
「「「……!」」」
暗殺者四人は完全にセレニテスに気圧されたのか、何度も首を縦に振っていた。
必死に、助かる事だけを考えて。
「それじゃあソフィア」
「はい」
「「「!?」」」
私は部屋の窓を開けて、そこから誰にも気づかれないように暗殺者たちを屋敷近くの道路に放り出す。
そうして暗殺者たちは這う這うの体で逃げ去って行ったのだった。
「ふふふ、お馬鹿さん……ね」
「本当ですね」
そして翌日。
セントレヴォルの話題は、未明にアービタリ伯爵の家で火災が起きて、アービタリ伯爵の焼死体が上半身の無い四人分の焼死体と共に発見されると言う怪事件一色で染め上げられた。
此処までの全てが、私とセレニテスの予定通りであると言う事実は誰にも知られる事無く。
正に外道