第285話「蛇と月長石-3」
一か月後。
私とセレニテスは護衛の騎士たちに囲まれた馬車で、セントレヴォルへと向かい、道中何事もなく予定通りにセントレヴォルに到着した。
「……」
「外が気になりますか?」
「ええ、気になるわ。表向きは賑やかで、活気に溢れているけれど、その奥からは色々ときな臭い気配が漂ってきているんだもの」
「きな臭い匂いですか……まあ、ヒトが多く集まれば、出て来て当然の臭いではありますね」
セントレヴォルに到着した私たちは、周囲にその存在を示すようにゆっくりと、落ち着きを持ってセントレヴォルの大通りをゆっくりと移動していく。
そして、大通りは平坦な道から坂道に変わり、馬車は俗に平民街と呼ばれる丘の下と、貴族街と呼ばれる丘の上を分けるように築かれた城壁を越える。
「そうなの?」
「ええそうですよ。一定人数以上のヒトを無作為に集めると、必ずそう言う匂いが漂い始めるんです」
「ふうん……となると、門を越えた途端にその臭いが濃くなった感じがするのは……」
「意図的にそう言う人物を集めた結果でしょう。無作為なら、それ相応の濃さで終わりますから」
私とセレニテスは馬車の外に聞こえないように会話を続ける。
勿論、セレニテスの言うようなきな臭い匂いが実際に鼻で捉えられるように漂っているわけでは無い。
だが、どうにもグロディウス公爵家による四か月間の教育の結果として、元々鋭かったであろうセレニテスのその手の気配を感じ取る力は更に強まったらしい。
うん、良い教育をしている。
この辺りについては私の血や考え方を継がなくてよかったと素直に思う。
「セレニテス様、目的地に着きました」
「分かりました」
さて、そうこうしている内に馬車はセレニテスの為に用意された屋敷に到着し、周囲の安全を確保した上でセレニテスは馬車を降りて屋敷の中に入る。
「これは……」
「どうやら屋敷の管理人は優秀な方のようですね」
「そうね。上手くやっているわ」
屋敷の中は綺麗でもなければ、汚くもなかった。
施設類はきちんと使えるようになっていたが、少し手が届いていない箇所もあった。
完璧な整備や管理は行われていない。
だが、わざわざ文句を付けに行くほどではない手の抜き方がされていた。
「完璧に整備をすれば、皇太子、第二王子、第一王女に目を付けられる。けれど、何の整備もしていなければ、己の職務を果たしていないと罷免され、場合によっては罪に問われる」
「えーと、今まで管理していたのはチェイク・マネジティア男爵ですか。このヒトの名前は覚えておくべきですね」
「そうね。彼の為にも距離は保つとして、名前は覚えておきましょう」
この状態ではセレニテスの側から文句を言う事も出来ないし、皇太子たちにも目を付けられることはないだろう。
管理人であったマネジティア男爵は素晴らしいバランス感覚の持ち主と言っていい。
そして、そんな彼のバランス感覚を的確に実行できる部下たちも実に素晴らしいものである。
上から目を付けられたくないようなので、こちらから何かをするわけにはいかないが、彼の名前は覚えておいていいと思う。
「さて、送り主不明のプレゼントも大量に届いているようだし、被害者が出ない内に中身を改めてしまいましょう」
「かしこまりました」
さて、マネジティア男爵の素晴らしさが分かったところで、私とセレニテスはセレニテスの為に用意された部屋に向かう。
「じゃあ、私は離れて見ているから、よろしく頼むわね」
「分かりました」
部屋の中には新しい王族になるセレニテスに贈られたプレゼントが入った箱が無数に置かれていた。
大抵の箱……主に男爵や子爵、王族とのつながりが薄い豪商からの物には、贈り主の名がきちんと記されている。
これらの贈り物はセレニテスに自分の名前を覚えてもらい、今後の繋がりを得る為の物なので、名前が記されているのは当然なのだが。
「ふむ、ドレスですか」
「デザインは良いわね」
ただ、そんな善意ではなくともセレニテスに喜んでもらおうと言う精神からの贈り物に混ざって、明らかに悪意が込められた贈り主の名前も無い箱が幾つか混ざっていた。
「ですが……ああやっぱり、巧妙に隠してありますが、着ると内側に毒針が出てくるようになってますね」
「あら残念」
その中身は毒針が縫い込まれたドレスであったり。
「この髪飾りには、魔薬が仕込まれていますね」
「あらあら」
魔薬の粉を頭から被ることになる髪飾りだったり。
「化粧水は……ふむ、皮膚をただれさせる成分が入ってますね」
「怖いわねぇ」
特殊な毒キノコの粉を混ぜ込んだ化粧水だったり。
「あら危ない。爆薬入りの蝋燭ですか」
「良く造ったわねぇ」
芯に爆薬が混ぜられていて、使ったら火事になるであろう蝋燭だったり。
「これらの化粧品や薬にも水銀などの有毒物が入っていますね」
「本当にセルペティアが居てくれて助かるわ」
遅行性の有毒物満載の化粧品だったり。
「やれやれ、よくこれだけの危険物を揃えられたものです」
「まったくね」
まるで危険物の展示会でも開けそうな品々だった。
この品揃えの前では、流石の私とセレニテスも呆れざるを得なかった。
「セルペティア」
「はい」
「後で使えるかもしれないから、誰かが手を出さないように処理をした上で、保管しておいてちょうだい」
「分かりました」
まあ、いずれにしても種さえ分かってしまえば恐れるほどのものでは無い。
セレニテスの言うとおり、処理をした上で保管しておけばいい。
そうすれば、使うかどうかは分からないが、贈り主の首を絞める事ぐらいには使えるだろう。
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