第284話「蛇と月長石-2」
「さて、まずはセレニテス様の今後の御予定についてお話ししておきましょうか」
「分かったわ」
セルペティアとしての自己紹介も終わったところで、私は懐からメモ帳を取りだして開く。
そこにはセレニテスの今後の予定が書き込まれているが……現状で語るべき事柄は少ない。
「これから一月先までは特に今までと変わりません」
「つまり、今まで通りに礼儀作法を学ぶことになるわけね」
「そうなります」
セレニテスは何処かうんざりとした様子で、これまでにやって来たことを思い返しているようだった。
まあ、少し前までは普通の村娘だったのだ、今後の為に必要な事とは言え、慣れない事を無理やり詰め込まされるのは苦痛でしかないのだろう。
尤も、この三か月の様子を見る限りでは、現時点でも下手な王侯貴族より立派な礼儀作法を身に付けているようだが。
「一月後、セレニテス様は此処、グロディウス公爵様の屋敷を出発し、馬車でセントレヴォルへと向かう事になります」
「馬車……ね。護衛の数は?」
「前回の反省を踏まえてか、騎士十二人、兵士も相応の数を付けるようです。勿論、セレニテス様のお世話の為に、侍女も私の指揮下で相応の数が付きます」
「そう、となると馬車で移動している間は暇そうね」
セレニテスはとても残念そうな顔をしている。
そう、退屈そうな顔でも、安心している顔でもなく、残念そうな顔である。
何故、そんな顔をしているのか。
その理由はとても単純だ。
「まあ……この陣容ですと、移動中に暗殺者が仕掛けて来る事はないですね」
「本当に残念。向こうから証拠がホイホイと寄って来てくれると思っていたのに」
「そうですねー」
暗殺者と言う名の使い勝手のいい道具が手に入る機会が少なくなってしまったからだ。
「ですが安心してください。セレニテス様。朗報です」
「朗報?」
だが安心してもらいたい。
この三か月の調査と準備の期間に、私は色々と重要な情報を掴んでいる。
「移動中は確かに安全ですが、セントレヴォルに着いた後、登城の前に一週間貴族街に泊まる事になります。それも今回の為に王の側が用意した屋敷です。そして既に計画が立てられている事も分かっています」
「あら素敵」
そしてその中には、第二王子の一派によるセレニテスの暗殺計画もあるのだ。
ちなみにこの情報を掴んでいるのは、私以外だと第二王子の一派の中でも極一部だけであるため、まあ、色々と美味しい事が確定している計画でもある。
「セルペティア。一応聞いておくけど、その暗殺計画で私の命が危険に晒される可能性は?」
「ゼロとは言いません。が、何もさせる気はありませんのでご安心を」
「分かったわ。なら、色々と期待させてもらうわ。元気な玩具の確保も含めて……ね」
と言うわけで、私とセレニテスの二人は、とても狙われている側の人物だとは思えないような笑みを浮かべる。
仮にこの瞬間の私たちの表情だけを見たヒトが居ても、楽しく談笑している様にしか見えないだろう。
「さて、話を戻しましょう」
私はセレニテスのさりげない要求をメモ帳に記しつつ、話を進める。
「城下の屋敷で一週間過ごした後、セレニテス様は登城し、現王にして父親であるディバッチ・レーヴォル様に謁見することになります。感動の親子対面と言うわけですね」
「感動……まあ、確かにそうなるわね」
セレニテスは私の言葉に含みのある笑顔を浮かべる。
まあ、感動の親子対面には違いないだろう。
感動の方向性は一般的なものとは大きく違うが、説明しなければ分かりはしない。
「そして、その場で儀式を行い、セレニテス様はレーヴォル王家の一員として、正式に認められることになります」
「私のレーヴォル王家入りに反対する者がその場で声を上げる可能性は?それとディバッチが流れを反故にする可能性は?」
「どちらも有り得ません。前者については、王が許さなければ皇太子ですら発言が許されない場ですので、王族以外にはどうしようもありませんし、貴女の異母兄弟たちもこのぐらいの空気は読めます。後者についてはグロディウス公爵家と幾つかの有力な家を敵に回す事になります。まあ、私が許さないというのもありますが」
「あらあら、怖い発言ね」
「ふふふ、私はそれだけの事が出来る札は持っていますので」
実際、謁見の間で儀式が始まったら、止める事が出来る者は居ない。
無理矢理に止めようと思ったら、家が潰れる覚悟で止めるしかないが、現状のセレニテスにはそこまでして止める価値は無いと周囲には思われている。
「ちなみにこの儀式にはディバッチ王以外の王族も一通り参加することになっています」
「つまり、私のターゲットが揃う貴重な場と言う事ね」
さて、そんなセレニテスを王族と認める儀式だが、王族が一人増えると言う事で、レーヴォル王国内に居る貴族は一通り出てくる事になる。
そしてその中にはセレニテスの異母兄弟……皇太子であるインダル・レーヴォル、第二王子であるフォルス・レーヴォル、第一王女であるスクワ・レーヴォルに、彼らとディバッチ・レーヴォルの取り巻きと言う、セレニテスが始末する対象として選んだ人物たちも多数含まれている。
「ええそうです。ただ……」
「分かっているわ。そこでやるのは宣言まで、でしょう」
「その通りです」
つまり、色々と都合のいい場所なのである。
道中で元気な道具を回収出来た時場合には特に。
「ふふふ、楽しみだわぁ」
「ふふふ、そうですね」
そうなった時の光景を思い浮かべたら、私とセレニテスは笑みを浮かべずにはいられなかった。
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